プリミティブ・リーグ 2
マリエラの投じた三球目は内角高めの厳しいコースを付く。だが、ジェノは腕を折りたたんだコンパクトなスイングでボールを捉え、綺麗に弾き返した。
ボールはマリエラの頭上を越え、センター方向へと飛んで行く。
「ヒット、ってところですかね」
転々と外野を転がるボールを見た京平の言葉に、ジェノも頷いた。
「まあ、そんなもんだな」
「ばっとはどうだい?」
大声で聞いてくる職人の声に、ジェノは親指を立てて答えた。
「いいね。前のより当たった時の感触はいい。もうちょっと打ってみないと分からないけどな」
「そうかそうか、じゃあ、続けて打ってみてくれ」
盛り上がる職人達を尻目に、マウンドではマリエラががっくりと膝をついてうなだれている。まるでサヨナラホームランを打たれたかのような姿だ。
「流石、ジェノ様!」
一方ティファナは飛び上がって喜び、ジェノを讃えている。
ボールは外野に控えていた球拾い役の冒険者によって拾われた。因みにこの仕事、薬草採取と言った初心者向けの他の仕事より遥かに高い報酬が提示されており、巷では人気急上昇中である。
「……せめて投げて返せるくらいになってくれないとな」
「そうすっね」
ボールを持った冒険者は、マリエラの元へと走っている。慣れてなければ狙った所に投げるというのは案外難しい。変な方向へ投げられるよりかは、確実に走って持ってきてくれる方が安全なのだ。
「……講習会でも開くっすか?」
「ぼーる投げられても冒険には生かせないだろ……」
「投擲上手くならないっすかね?」
「投擲メインで戦う冒険者がどれだけいるかって話だな」
「そうっすね……じゃあ、投擲上手い人雇うってのはどうっすか?」
「そのレベルの人間がこの仕事するかって話になるな」
「……そうっすね」
ようやくボールがマリエラの元に返った。マリエラはため息をつきながら立ち上がると、ボールをティファナに投げて寄越した。
「……しょうがないですわね。ジェノ様が打って下さることを祈るばかりですわ」
「おっと、そうは問屋が卸さないっすよ。アタシには秘策があるんすよねー」
不敵な笑みを浮かべながらマウンドに向かうティファナの姿を、少し不安そうに見るマリエラ。
「どうせろくでもない事だろう」
ティファナがマウンドに立つのを見て、ジェノがバットを構える。
「お願いしますわ、ジェノ様」
「行くっす」
ティファナがダイナミックなフォームで左腕を振り抜くと、ボールはジェノの胴体めがけて一直線に飛んできた。
ジェノはもんどりうって倒れるが、ボールを躱す事には成功する。そのボールを何とか捕ったマリエラが、非難の声を上げた。
「ちょっと、ジェノ様を死球で殺そうなんて、何考えてるの!」
「いやいや、アタシのへなちょこぼーるでジェノ様が死ぬことなんかないっすよ」
京平が一番困ったのが、このゲームに対する意識改革だった。運動と言えば訓練であり、スポーツは?と聞いてみれば、相当悩んだ末に馬上槍試合や剣闘という答えが帰ってくる世界である。
極端な話、勝ちたければ相手を直接倒してしまえばいい世界なのだ。彼女達が二言目には、直接ぶつけた方が早くない?とか、直接殴った方が早くない?と訊いてくるのもやむを得ないのかもしれない。
それでも何とか説明に説明を重ね、野球のルール内で戦う事を理解してもらったのだが、死球に関してだけは、文字通り打者を殺しにかかる為にボールをぶつける技だと、故意に曲解している節があった。
服についた土を払いながら立ち上がったジェノは、冷たい視線をティファナに向けた。
「いい度胸じゃないか、ティファナ。これは後でお仕置きが必要だな」
そう言うと、改めてバットを構える。
「ごめんなさいっす!もうしないっす!」
慌てて謝ったティファナだったが、その相好が一瞬崩れたのを京平は見逃さなかった。
あっ、ダメだ……この人も変態だ……
そう思い慌てて視線を逸らした先には、その手があったかと悔しがるマリエラの姿があった。
まあ、異世界だしな。
現実逃避気味にそう思う京平の目の前で、ジェノはティファナの二球目を綺麗に打ち返した。マリエラの時と同じような打球がセンターへと飛ぶ。
「ヒットっすね」
京平の宣告に、先程とは違い首を捻るジェノ。
「もうちょっと上がると思ったんだけどな……」
ぶつぶつ呟きながら職人達の方へ歩いて行ったかと思うと、バット片手に何か相談を始めた。
「いやー、やっぱジェノ様抑えるの難しいっすね」
ニヤニヤ笑いながらマウンドを降りてきたティファナを、マリエラが睨みつける。
「だからってあんな汚い手を」
「言ったっしょ。秘策があるって。フフ、アタシ、お仕置きされちゃうんすよねー」
そう言ったティファナの表情は、どう見てもお仕置きされようとしている物ではない。
「とは言え、すとれーととやらだけでは、もう厳しいっすね。えっと何て言ってたっすかね、あれ?」
「へんかきゅーですわね。どうでしょう、キョウヘイさん。そろそろ、そのへんかきゅー、教えていただけませんか?」
二人に頭を下げられた京平は、困ったように頭をかいた。教える気が無かったわけではない。単純に持ち球が少ないだけだ。
「カーブくらいしかちゃんと投げられないんですよ。聖ならもっと色々投げられるんですけど」
聖もどちらかと言えばストレートで押すタイプだが、それでも京平よりかは遥かに持ち球は多い。
「ヒジリさんすか……」
二人が顔を見合わす。
「……レリーもヤキュウに引きずり込むしかないっすね」
「そうですわね。引きずり込んでさえしまえばきっと……」
何やら悪い顔で頷きあっていた二人だったが、すぐに京平に向き直った。
「とりあえず、そのかーぶとやらを教えてくださいっす」
「とりあえず、そのかーぶとやらを教えてくださいませ」




