プリミティブ・リーグ 1
翌日、聖はレリーに連れられて修行の旅へと旅立った。ジェノ曰く、熟練の冒険者でも二の足を踏むレベルの依頼を幾つか受けていったらしく、暫くは冒険生活だそうだ。
だから師匠は選べと言ったんだとジェノは笑っていたが、京平が不安げな表情を浮かべると、主がついているから大丈夫と請け合ってくれた。
そして京平の方はと言うと……
「よし、来い!マリエラ」
「いきますわよ、ジェノ様」
マリエラは両腕を大きく振りかぶったかと思うと左脚を高く上げる。そのまま大きく前へ踏み込み右腕を振り抜いた。
その手から放たれた球状の物がジェノめがけて飛んでいく。ジェノは手の中の得物をギュッと握り締め、自分に向かってくる球を睨みつける。だが、球の軌道が僅かに外れていると見てとると、自信を持って見逃した。球は唸りを上げてジェノの横を通り過ぎ、その奥に座っていたティファナの手の中に収まった。
「ストライク」
京平の宣告にジェノが噛み付く。
「おいおい、今のは外れてたろうがよ」
「いえ、今のはギリギリ入ってました」
「マジかよ。良く見えてんな」
そう言いつつ、地面に置かれた五角形の板との位置関係を改めて確認する。
「ティファナちゃんよ、その、みっと、はどうだい?」
少し離れた所では、数人のむさくるしい男連中が食い入るようにジェノたちの様子を見ていた。そのうちの一人が質問を飛ばす。
「いや、これ凄いっすね。全然、手が痛くないっすよ」
ティファナの右手には、少々不格好だがキャッチャーミットにしか見えない物がはまっていた。マリエラに球を投げ返すと、そのまま左手でミットを叩いて見せる。
「これなら何球でもいけるっすよ」
返球を受けたマリエラの左手にはまっているのは、グローブそのものだ。
「いいですわね、このぼーる。とっても投げやすいですわよ」
マリエラの言葉に男連中は盛り上がり、そのままの勢いでジェノに野次を飛ばす。
「ジェノよー、見てるだけじゃ、ばっと、の性能が試せんぞ。ちゃんと当ててくれや!」
「うっせーなー。結構難しいんだよ」
そう言いつつ二度三度と素振りをすると、改めて構えなおす。
「よし、来い!マリエラ」
「いきますわよ、ジェノ様」
二球目を投じようとするマリエラを見ながら、京平は呆然と呟いた。
「……どうしてこうなった……」
事の発端はこうだ。
聖の出発を見送った後、京平の希望通りこの世界をジェノに案内してもらう事となった。ジェノがいるという事は当然マリエラやティファナもいる訳で、常に邪魔者感があったがファンタジー世界を見て回るという体験の前では些細な事だ。
とは言え、この街は然程大きくはない。すぐに見所らしきところは見尽くしてしまう。
「どうしましょうか?王都にでも向かいます?」
「別に行ってもいいけど。広くて豪華ってだけで、結局こことそんなに変わらないだろ」
マリエラの提案だったが、ジェノが面倒そうに却下する。
その代わり実施されたのがジェノによる魔法実演だった。原理なんかも教えてくれようとしたみたいだが、京平の理解が追いついていかない。その事にイラついたジェノに魔法で狙われたのもいい経験と言えよう。
マリエラやティファナからはパラディンの話を聞くことが出来た。聞けば聞く程、聖の進む道の困難さを感じないではなかったが、きっと聖なら何とかするだろう、と思い込むことにした。
そして意外にもジェノはジェノで、京平達の世界について知りたがったのだ。自分の説明でどれくらい理解してもらえたかはわからないが、とりあえず野球にだけは異様に食いつかれた結果が目の前の状況だった。
マリエラが投じた二球目をフルスイングしたジェノだったが、バットは空を切りボールはティファナのミットに収まった。
「へいへーい、どうしたどうしたジェノ!」
野次が一層の盛り上がりを見せる。
「チッ、簡単に言ってくれる」
三度バットを構えたジェノに、ティファナが声をかける。
「ちょっと、ジェノ様。マリエラに抑えられるのはやめてくださいっす」
「当り前だ。そう簡単に抑えられてたまるかって」
「マジでお願いするっすよ。何せ、ジェノ様一日独占権がかかってるんで」
「は?何だそれ?」
初めて聞く話に思わず声を荒げるジェノだったが、ティファナは全く動じない。
「ジェノ様を抑えた方が今度一日独占出来るって事で話ついてるんすよ。だからまあ、マリエラに抑えられると困る訳っす」
「全く……また勝手な事を。ただまあ、そういう事なら……」
真剣な表情でマリエラを見据える。
「どっちにも抑えられるわけにはいかないな」
話を聞いたジェノ達の動きは早かった。その日のうちに職人達を呼び集め、京平の説明の元に道具を作らせ始めたのだ。その時集められたのが、現在野次を飛ばしている男連中であり、各分野で親方や匠と呼ばれる者達だった。
未知のオーダーに最初は戸惑った職人達だが、そこは物作りに命を懸けてきた男達である。すぐさま試行錯誤しながら試作品を作り上げた。
早速その試作品を使って早速野球の真似事を始める三人。最初こそ動きはぎこちなかったものの、京平のアドバイスを聞きつつ少し練習をすると、どんどんと動けるようになっていった。流石は一流の冒険者と言ったところなのだろうが、改めて彼女達の身体能力の高さに驚かされる京平だった。
そして道具の方も、三人が使ってみての意見がフィードバックされ、どんどんと改良されていく。
「異世界でPDCA回るの見るとは思わなかった……」
京平がそんな感想を抱くほど、現在のバージョンは自分の知る道具に近しい物になっていた。
「道具の歴史が数日で……」
何せ三人共、京平の相手をする以外は暇らしく、日がな一日野球をやっていると言っても過言ではない。そして職人達も道具の性能向上に尋常じゃない程の情熱を燃やしているのだ。進歩発達しない訳がない。
そんな職人達が唯一悔しがったのが現物を見られない事だった。現物さえあればもっと上手く作れるのにと心底悔しがる様子を見た京平は、次に来る機会があれば持ち込む努力をすると約束を交わす。
「よし、今すぐ還って取ってこい」
その様子を目にしたジェノにそう詰め寄られてしまうが、マリエラ達のとりなしでその場は何とか事なきを得たのだった。




