夜にして君を想う 5
「でも、ヴァンパイアの頃も龍の巫女だったんですよね?その頃はどうしてたんですか?」
「どうって……まあ、吸えるところからそれなりに」
聖の質問に答えたジェノの視線はレリーから外れない。
「えっ?もしかして……」
「もしかしなくてもよ。平気で仲間の血を吸うとか、頭おかしいでしょ」
「仕方ないでしょう?それ以外に方法なかったんですから。それに、吸わせてくれてたあの人だって、『血の欲求に負けては駄目、欲望を抑えて冷静になってから吸いなさい』って、ガミガミガミガミどれだけ口うるさかったことか。まあ、お陰で欲求をコントロールする方法も覚えましたし、美味しい血も吸えてたからいいんですけど」
「血に美味しいとかあるんですか?」
聖の質問はよっぽど間抜けに聞こえたらしい。ジェノはまじまじと聖を見つめ、そして呆れたように答えた。
「当り前だろう。美味い不味いがあるからこそ、高位のヴァンパイアは相手を選り好みするんだよ。そうじゃなかったら、どんなヴァンパイアも無差別に襲ってきてとんでもない事になるぞ」
「あー……」
言われてみればその通りだと、聖は間の抜けた感じで頷いた。
「高位になればなるほど、無駄にこだわり持つ奴増えるからな」
「ジェノさんは何かあったんですか?」
「ある訳ないだろ。それこそ選り好みしようがない状況なんだから」
「でも、私からはほとんど吸わなかったし」
レリーの言葉にジェノが胡乱な目を向ける。
「吸ったら嫌な顔したでしょうが」
「当たり前じゃん」
「じゃあ、吸っていいよって言ってくれる人から吸うに決まってるでしょ。だいたい、腐ってもパラディンだけあって、主の血ってホント美味しくないんですよ。あの人と比べたら雲泥の差。勿論、主が泥ですからね」
「は?吸っておいてその言い草は酷くない?」
「だから殆ど吸ってないでしょうが。いくら私だって泥吸うほど物好きじゃないんですよ」
いつものようにレリーと言い争いを始めたジェノの隣で、マリエラが全力で悔しがっていた。
「当時私がジェノ様の傍にいれば……どれだけでも血を吸っていただけましたものを……それこそ干乾びるまでも……」
「変態みたいだからやめろ」
ジェノに突っ込まれたマリエラは、それでも無言で悔しさを表現し続ける。その姿を見ていた聖は、ある事に思い当たる。
「えっ?でも、マリエラさんもパラディンなんですよね?じゃあ、美味しくないんじゃ……」
「愛があれば、血だって美味くなるんだよ」
ジェノは当然だろといった表情を浮かべていたが、マリエラは少々腹に据えかねたのか軽く聖を睨む。その視線に聖は思わず首を竦めた。
「その……やっぱりヴァンパイアは女性を好むものなんですか?その、ジェノさんもマリエラさんを……」
黙ってしまった聖に代わって京平が質問を投げかけるが、その訊き難さにうまく言葉が繋がらない。中途半端になった質問の意図が分からず怪訝そうな表情を浮かべたジェノだったが、すぐに笑い出した。
「それは、それぞれによるとしか言いようがないな。男がいいって奴もいれば、女がいいって奴もいる。ま、私の場合は、選択肢がな……」
そう言って視線をレリーに向ける。
「目の前に男がいたとして、そいつが既に主に愛を説かれているのか、これから説かれる可能性があるのか、いちいち面倒くさくて考えてられないだろ?じゃあ、最初っから主に愛を説かれない方を選んでおけば面倒がなくていい」
ジェノの言葉に何故かレリーはドヤ顔で胸を張ってみせた。
「ま、何にせよ、最後は結局そいつの好み次第さ。血が美味いかどうかのね」
そう言ってニヤッと笑ったジェノの顔は、ヴァンパイアだった頃を彷彿とさせるような妖艶さと凄味があった。
「ね?これでも幼馴染をヴァンパイアにしたいと思う?姿形は人に近いかもしれないけど、中身はホントにおかしいでしょ」
レリーの問いに、流石に言葉に詰まる京平。人とは違うという事実を、まざまざと聞かされてしまったのだから、当然と言えよう。
「そもそも眷属にされたら、自由なんて無いも同然だぜ。主人にも上位のヴァンパイアにも逆らえねぇ、クソみたいなもんだよ。そのくせ、血の欲求に駆られる、日の光には焼かれる、銀の武器はとんでもなく痛ぇって馬鹿みたいに弱点が増えやがる。マジでろくでもねぇ存在だぜ」
ジェノの言う事はもっともなのだろう。だが、それでも京平は自分の思い付きを捨てられないでいた。
「それに、その子の病気すら癒せない君達に、ヴァンパイアになったその子を救える?」
レリーが痛い所をついてくる。確かに彼女の言う通り、ヴァンパイアになった高坂を助ける方法は想像すら出来ないでいた。
「どうしてもって言うんなら、せいぜい、いいヴァンパイアでも探してみるんだな。もしかしたら、助けてくれるかもしれないぜ」
「ちょっと、ジェノ!」
レリーの非難の声に、ジェノは肩を竦め付け足した。
「ま、いいヴァンパイア、なんてのがいれば、の話だけどな」
「……ジェノさんのような、ですか?」
絞り出すような京平の言葉に、一瞬キョトンとした表情を見せたジェノは、すぐにニヤッと笑った。
「ああ、そうだ。私が世界で唯一のいいヴァンパイアさ。残念な事に今ではもう人間だけどな。だからもう、この話はおしまいって訳」
そう言うと、話は終わりとばかりに横になる。




