あるいはクプヌヌという名の狼 2
だが、頼みの綱のレリー達も攻めあぐねていた。どこから斬りかかろうと確実にクプ腕によって防がれ、足を止めようものならヌヌネネーが降り注いでくる。クプ腕は斬れども斬れども生え、たまに届いた本体への攻撃はククネプに阻まれる。
それでも、少しずつパターンを変え、フェイントを入れて惑わし、繰り返し攻撃を続けた二人は、ようやく生まれた一瞬の隙を見逃さなかった。
「ジェノ!」
「分かってますって」
クプヌヌの背に取り付いたジェノは、その背にロングソードを突き立てた。ククネプを刺す空しい手応えが伝わってくるが、構わず全体重を剣に掛け、深く押し込んでいく。やがて剣先はククネプの層を貫き、クプヌヌの本体へと届いた。固い物に当たる手応えを意に介せず、そのまま力尽くで押し込み続けると、やがて慣れ親しんだ肉を斬る感触が手に届く。
「そうそう、これよこれ」
狂喜の声を上げ、そのままさらに深く刺そうと体重をかけるジェノ。だが、クプヌヌも大人しくはしていない。滅多矢鱈とクプ腕を振り回し、ジェノを払い除けようとする。
ジェノはその攻撃を器用に避けながらさらに深く刺していく。その傷はクプヌヌに初めて痛みを感じさせ、戸惑い怒り狂わせた。反射的に大量のクプ腕を生やし、大暴れする。その何本かはジェノの真下から生え、こればかりは流石のジェノも避けきれずまともに食らってしまい、激しく吹き飛ばされた。
「ジェノ様!」
「ジェノさん!」
聖達の辺りまで飛ばされたジェノは、そのまま激しく地面に叩きつけられる。思わず駆け寄ろうとした聖だが、レリーの鋭い声に止められた。
「ヒジリ!君の役目は?」
無数に生えたクプ腕の大半はレリーに襲い掛かっていたが、聖達に向かってくる数も増えていた。当然マリエラだけでは捌ききれない。
「くそっ」
慌ててクプ腕を止めにかかる聖。到底ジェノの元に駆け寄れる状況ではなくなっていた。
「自分の役目を全うして。その子達守れなかったら、その身を懸けたジェノが浮かばれない」
レリーの不吉な言葉にその場の全員がギョッとする。だが、当のジェノはそんなレリーにブツブツと文句を言いながら、よろよろと立ち上がっていた。
「勝手に殺さないでくれます?この程度でどうこうなるほど、ヤワじゃありませんって」
そうは言うもののダメージは大きいようで、首に至ってはおかしな方向に曲がってしまっている。立ち上がりはしたものの、足元がおぼつかないのかフラフラする様子を見せていた。
「自由自在すぎるだろ、あの触手……」
そう毒づく言葉も心なしか力が無い。
「ジェノさん、その、首が……」
凄惨なその姿に絶句していた京平だったが何とか言葉を絞り出す。
「ん?ああ……」
そう言われたジェノは無造作に髪を掴むと雑に首の位置を直す。だが、流石にすぐという訳にはいかないらしく、そのまま暫く手で固定させている。
「……治るんだ……」
京平が呆然と呟く。その姿は最早人間の所業とは思えない。
「まだ背中斬れてないよ」
そんなジェノに容赦なく声をかけるレリー。クプヌヌの背に剣を突き立てる事は出来たが、切り裂くには至っていない。その剣も、今は柄の中ほどまでククネプに埋もれてしまっている。
「……ハイハイ、斬りますよ、斬ってきます」
二度三度と首を回して治り具合を確かめたジェノが、フラフラとクプヌヌに向かっていく。
「代わろっか?」
「結構です。レリーは囮としてそこでゲロ浴びててください」
「えー」
クプ腕を避け、何とか体に取り付こうとするジェノだったが、我を忘れたクプヌヌに近づくのは容易ではない。幾度となく弾き飛ばされ、その都度傷を増やしている。もはや再生も追いついていない様子だ。
そして、気がつけばレリーも防戦一方となっていた。無秩序に飛び交うクプ腕とヌヌネネーに手を焼いている。
「きりがないなー、もう」
レリーがうんざりしたように言う。手を焼いてはいるが、まだ余裕はある。
だが、聖達は限界を迎えつつあった。それでも聖達は気力で耐えようとしていたが、恐怖で精神をすり減らしたアン達には、その気力すら残っていなかった。譫言のように神に助けを求める祈りを呟いている。その心が壊れかけているのは、誰の目にも明らかだ。
「ああ、くっそ、またやり直しかよ」
クプヌヌの背の剣に手を掛けようとした所でクプ腕に弾かれ、聖達の元まで飛ばされるジェノ。気を取り直し再度クプヌヌへ向かって行こうとするが、ふとアン達の姿が目に入り足を止める。
「おい、シスター、シスター!」
いつもの調子で声をかける。その声の冷たさに現実に引き戻されるアン。怯えた表情のまま声をかけてきたジェノへと顔を向ける。
「お前、名前は?」
声音は相変わらず冷たいが、その表情は意外と穏やかだ。その事に少し安心するアン。
「アンです」
「OK、アン。とりあえず、その辛気臭いお祈りはやめにしな」
「えっ?」
意味が分からず戸惑うアン。ジェノは構わず言葉を続ける。
「別に神を信じるなとは言わない。こうやって私らが助けに来たのは何かの縁、それこそ神の結んだ縁かもしれない。だけど、今、お前達を助けようとしてるのは神じゃない。人間だ」
そう言ってアンを見つめる。
「お前達と同じ人間が、命を懸け、その身を挺し、お前達を守ろうと戦っているんだ。そんな時に、お前達が吐く言葉が『神様、助けて』で、いいのか?」
「……それは」
アンは口籠る。ジェノの言わんとしている事が分からない訳ではない。だが、事あるごとに神に感謝し、神に助けを求めてきた習慣は、簡単には覆せない。




