ダンス・ウィズ・ウーズ 6
レリー達と同じように、京平もまた不安を感じていた。レリーから撤退の指示が飛んだが、あれが本当にクプヌヌだとしたら、すんなり逃げられるとは思えない。
妙菫はクプヌヌについて何と言っていただろうか。必死に思い返してみる。
『あいつら、知性や知能は無さそうなくせして、狡猾なんだよねー。生まれついての狩猟者、いや悪魔だな。砂漠の悪魔。アタシ達を殺す、な』
確かそう言っていた。奴らは感覚で罠を張り、獲物を狩るのだ、とも。
もしクプ腕が伸縮自在だとしたら。それをいつ伸ばすのが最も効果的か。
何も知らない獲物が逃げる時だ。
クプヌヌは元の世界では圧倒的強者である。その姿に恐れ戦き逃げる者の姿も数多く見ているに違いない。戦いの心得があれば逃げ方も心得ているだろうが、そうでなければ闇雲に逃げようとしてしまうだろう。その姿は、クプヌヌにとってまたとない獲物の姿だ。
レリー達は言うに及ばず、自分達も指示があれば何とかその通りには動けるだろう。だが、アンや子供達は。精神的に追い詰められた状態で逃げるとなった時、落ち着いて行動できるだろうか。
答えは否だ。
レリーの指示を聞いた子供達は今まで抑えていた逃げたい思いが一気に溢れ、とにかく怪物から離れようとしたのだ。
アンが、マリエラが慌てて捕まえようとするが、その手をすり抜け子供達は走り出してしまう。
「まずい」
京平の目はクプヌヌの表皮の変化を捉えていた。微かに蠢動する丸い点がいくつも浮かんでいる。あれがクプ腕の伸びる予兆だとしたら、最悪の事態を招きかねない。不幸中の幸いとでもいうべきか、クプ腕の大部分は体に纏わりついているジェノに向かいそうだが、一部はアンや子供達に向かって伸びそうである。
京平の知る限り、クプ腕は突き刺そうとするか叩き潰そうとするか、そのどちらかの動きをしてくるはずだ。近くにいるジェノはともかく、離れて行こうとしている相手に対してモーションの大きい叩き潰す動作をするとは考えにくい。
突き刺す動きなら、軌道は読み易い。
子供達へ向かいそうなクプ腕に対しては、間にマリエラがいる。聖へ向かいそうな分に関しては本人がどうにかするか、もしくはレリーが何とかしてくれるだろう。
ジェノは自分に向かってくるのを相手にするので手一杯になりそうだ。
となると、必然的にアンに向かう分をどうにか出来るのは京平という事になる。
「またかよ」
聖が刺された時のクプ腕の速度を思い出し、アンとの距離を測る。今ならまだ間に合う。
「嫌な予感しかしねぇ」
さっきはギリギリの所でアウルベアの爪で左腕を斬られた。今回はどうなるだろうか。
それでも躊躇なく走り出す京平。マリエラに声をかけ、背後に注意を促す。
「京平?」
急に走り出した京平に驚いた聖が声をかける。おそらくクプヌヌの変化に気付いているのは京平だけだ。
「聖も気を付けろ、クプ腕が来る!」
京平がそう言った瞬間だった。
クプヌヌの胴体から四方八方へと細長い触手のようなものが伸びる。
「マジか」
京平の声に反応した聖は、一直線に向かってきたクプ腕を盾で受け止めた。衝撃で吹き飛ばされそうになるが、何とか持ちこたえる。
「二回も刺されてたまるか」
そのまま刀を振りかざしクプ腕に斬りつけようとするが、その腕は素早く胴にしまわれてしまう。
マリエラは子供達に向かってきた分を、盾とその身で受け止めていた。相当な衝撃だったのだろう。苦痛の声が漏れる。だが、後ろへは逸らしていない。
そして京平は、クプ腕がアンに突き刺さろうとする直前、その体を抱きかかえ地面を転がっていた。その背をクプ腕が掠める。
「ほら、やっぱり」
切り裂かれた背中から血が噴き出す。致命傷には遠いが、軽くもない。
「あー、くそっ。後一歩だ。後一歩がいつも足りねぇ」
またギリギリの所で攻撃を躱しきれなかった悔しさを隠し切れない。痛みを忘れているかのような悔しがりようだ。
その様子を見ていたレリーは驚きの声を上げていた。彼女にしてみれば、京平はアンをギリギリの所で助けたのだ。レリーもジェノも、今の攻撃に対しては自分の身を守る事しか出来ていない。
「大丈夫か」
ジェノが飛んでくる。かなりの数のクプ腕に狙われたはずなのに、ほとんど傷を負っていない。素早く魔法で京平の傷を癒す。
「すいません」
「気にするな」
二人は揃ってクプヌヌへと視線を向ける。京平には新たなクプ腕の予兆が見えたが、ジェノに気付いた様子はない。
「来ます!」
京平の声に反応したジェノは、向かってきたクプ腕を手にした剣で切り捨てた。
「分かるのか?」
「ええ、まあ。こう、丸く小さく微かに震えている部分があると思うんですけど……」
京平の言葉に、ジェノは目を凝らす。
「レリー、分かる?」
「分かんない」
向かってくるクプ腕を斬り飛ばしながらレリーが答える。
「斬りながらだとそんな余裕ない」
「確かにそうですね」
二人ともクプ腕が伸びてくるのを確認してからでも、十分に反応出来ている。無理に予兆を見る必要はないのだろう。
クプヌヌは縦横無尽にクプ腕を振り回し一行に襲い掛かってくる。こうなってしまってはそう簡単に逃げる事は出来ない。
やむなく足を止めたレリー達だが、いざ迎え討つとなったら負けてはいない。一本一本確実に、向かってくるクプ腕を切り落としていく。
お互い決め手を欠き、戦闘が一時膠着する。ならば、クプヌヌが次にとる手段を京平は容易に予想出来た。




