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神が来りてホラを吹く 8

 嫌々ながら神の動きに合わせて右手を振り下ろす京平。その瞬間、その意識はどこかに吸い込まれるかのように遠のいていく。

 炎天下で脱水症状になる時のような嫌な感覚。

 くそ、これも説明しておけよ、と京平は心の中で神に悪態をつく。

 何とか耐えようとするが、聖同様耐え切れずに膝から崩れ落ちた。咄嗟に手をつき、倒れ込むことだけは何とか回避する。


 ガチャン。


 その拍子に足元で何かが割れたような音がした。


「?」


 慌てて目を開ける。

 その視線の先には、奇麗に割れた陶器らしきものがあった。


「茶碗?」


 思わずその破片に手を伸ばしかけた京平だったが、その先の違和感にその手が止まった。


「……布?」


 床についた手の感触は厚手の毛織物のようだ。カーペットか何かだろうか。だとすると……

 辺りを見回そうと顔を上げた京平は、その光景に息を呑んだ。

 一面の金世界。壁も天井も眩いばかりに金色に光り輝いているのだ。

 その圧倒的な光景に、流石の京平も呆気にとられ目を奪われてしまった。


「これはこれは、えろう珍妙な格好をした乱入者はんですなぁ」


 のんびりした口調。だが、その奥に隠されていた剣呑な響きは、京平を我に返らせるには十分だった。嫌な予感がするが、無視をするわけにもいかない。恐る恐る、声の方へ顔を向ける。

 黒い頭巾を被り木蘭色の道服を身に着けた男性が、少し離れた所に座っている。

 その前には釜や茶碗など、茶道具らしきものが並べられている。おそらく茶人なのだろう。

 おそらくと思ったのは、その人物には京平の知る茶人とは明らかに違う点があったからだ。

 それは恐ろしい位にまで鍛え上げられた肉体。本来ゆったりとした見た目のはずの道服が、筋肉ではち切れんばかりになっている。 京平の知っている茶道には不要な筋肉だ。


「ほんまですなぁ。神聖なるチャドウ・ファイトのリングに土足で入り込むとはええ度胸どす」


 今度は背後から声がかけられる。振り返った先には、もう一人茶人らしき人物が座していた。

 彼もまた、やはり筋骨隆々な見事な体躯をしていた。


「そうどすなぁ、サウザンド・リキュウサン。これは、ちょっとしばいたらんとあきまへんな」

「きつーいお灸を据えてやるとしまひょか、ナウウェル・ソウキュウサン」


 マッチョでパチモンぽい茶人達、チャドウ・ファイトなる単語。気になることは幾つもあったが、今何より問題なのは、土足で茶室にいる事だろう。二人のマッチョ茶人も、その事にいたくご立腹のようだ。

 京平には神の嫌がらせとしか思えなかったが、これが自分の引きの結果だったとすると、この先本当にろくでもない世界をたらい回しにされる可能性すらある。

 そんな心の内を知ってか知らずか、呑気な神の声が京平の脳内に響き渡った。


「それでは、ワールドクエストを発表しよう。

 一つ。一期一会を大切にせよ。報酬、チャドウ・ファイト・セット。

 一つ。チャドウ・ファイトで一勝せよ。報酬、ボウル・オブ・クエスチョン。

 一つ。リキュウズ・セブン・デッドリー・シンズを相手に勝ち抜け。報酬、フラット・スパイダー。

 以上だ。君の健闘を祈る!」


 気になる単語が増えた。だが、それらに思いを馳せている余裕はなさそうだった。

 二人のマッチョ茶人が京平を挟み込むようにして茶器を構えている。


「それでは、チャドウ・ファイト、レディー・ゴー!」


 どこからか聞こえてきた掛け声を合図に、二人のマッチョ茶人が京平ににじり寄りだす。

 リングアナまでいるのかよ、そう呟いた京平は、とりあえず目の前のサウザンド・リキュウとやらと相対する。

 だが、チャドウ・ファイトについて何も分からない状況では如何ともしがたい。

 とりあえず身構えてみたものの、絶望的な面持ちでリキュウを見つめることしか出来なかった。




「なるほどなぁ。こっちはこういう感じか」


 現世では聖が何か分かったかのように一人頷いていた。


「何がです?」


 ワールドクエストを読み上げた神が、手帳をポケットに直しながら問いかける。


「いや、残ってる方は残ってる方で、訳の分からない神様の独り言を聞かされる羽目になるんだなって」

「そうですか?今回のは割と分かりやすかったと思うのですけどねぇ」

「……何だよ、チャドウ・ファイトって」

「さあ?それは私には何とも」


 聖と神がそんな会話を交わしていると、京平がのたうち回りながら現世に戻ってきた。


「京平さんも早いですね。まあ、聖さんほどではありませんが」


 神が呆れたように声をかけるが、京平はお茶まみれの咳をするばかりで反撃できない。


「……チャドウ・ファイトでやられたのか?」


 聖の言葉に無言で頷く京平。口の端からこぼれたお茶をぬぐうと、慌ててトイレの方へと走って行った。

 すぐに激しく吐く音が聞こえてくる。

 それを聞いた聖は顔を顰めた。


「とんでもねぇな、チャドウ・ファイト」

「そうですねぇ」


 神は無責任に頷いて見せる。


「どうやったらあんな事になるんだろうなぁ」

「……腹パンされた」


 フラフラしながら戻ってきた京平の言葉に、聖は納得だという風に頷いて見せた。


「ファイトした訳だな」

「まあ、一方的にやられただけだけどな」

「で、結局何なんだよ、チャドウ・ファイトって」


 聖の問いに、京平は少し考えこんで答えた。


「いや、よく分からんが、茶を吐いたら負けだということは分かった」


 京平のその言葉に、聖は首を傾げた。


「意味が分からん」

「俺もだよ。とりあえず凄い勢いで茶を飲まされて、その後吐くまで腹パンされ続けた」

「ますます意味が分からん」

「……全くだ。その上、こっちは茶を点てる手段すらないから、マジで一方的にやられ続ける羽目になった」

「地獄だな」

「地獄だよ」


 京平は思い出したくもないといった風に頭を振る。


「しかし、そこではそのチャドウ・ファイトとやらでリキュウズ何ちゃらってのを倒さないとダメなんだろ?」

「リキュウズ・セブン・デッドリー・シンズですね」


 神が口を挟むが、二人は無視した。


「セブンって事は七人なんだろうなー」


 聖のその言葉を聞いた京平はうんざりしたような表情になった。


「ああ、それ、きっと利休七哲だ」

「利休、何だって?」

「利休七哲。千利休の七人の弟子の事だよ」


 それを聞いた聖は、なるほどと大きく頷いて見せた。


「そうか。つまり師匠と戦いたかったら、弟子の俺達を倒してからにするんだな、的なやつだな」

「……弟子だけでお腹一杯だろ。色んな意味で」

「そう?どうせなら師匠とも戦ってみたくない?」

「今さっき、そいつにぶん殴られてきたばっかりなんだよ」

「え?いきなり師匠と戦ったのか。すげーじゃん」


 当事者でなければ暢気なものである。


「でもまあ、確かに師匠を倒せってのはクエストにないしな」

「……」


 聖の言葉に京平の表情が曇る。


「どうした?」

「……いや、ちょっと嫌な予感がしてな……」

「どんな?」

「七哲倒した後に次のクエストが解放されるとか」

「ああ、確かによくあるね。次の難易度のクエストが出てくるやつ」

「だろ」


 そう言いつつ京平が神の方へと顔を向ける。神はわざとらしく顔をそむけると、上手くもない口笛を吹きだした。


「……あるな」

「あるね」


 京平はリキュウのパンチを思い出し、無意識に腹をさすっていた。

 実際に受けた事は無いが、ボクサーのパンチを受けたようなものだろう。見た目通りとんでもない威力だった。

 我ながらよく数発耐えたものだと思う。今となっては一発目で大人しく吐いておけば良かったとしか思えないが。


「それで、手に入るのが何だっけ?フラ……何とか」


 覚える気があるのか無いのか、そもそも神の話を聞いているのかいないのか、聖の記憶は適当だ。


「フラット・スパイダーですね」


 いちいち答えてくれる神は、それはそれで律儀であるが、人間達は感謝した様子もなく無視する。


「そのフラ何とかって、何かの役に立つのかな」


 結局覚える気のなさそうな聖。だが、京平はその響きにピンとくるものがあった。

 千利休がサウサンド・リキュウなら、フラット・スパイダーは……


「平蜘蛛か!」

「びっくりした。何だよ急に大声出して」

「平蜘蛛だよ、平蜘蛛。あの織田信長も欲してやまなかった名器。そんな物が手に入る……」


 興奮気味に話していた京平だったが、神の顔を目にした瞬間、スッとその興奮が冷めていくのを感じた。


「……この神の転生だもんな。きっと平らに潰された蜘蛛とか出てきて終わりだな」

「さすがにそれは誹謗中傷が過ぎるというものです。転生先はわたくしの管轄外ですから、どうこう出来るものではありませんよ。向こうの担当者がフラット・スパイダーという名前でどんな物を用意しているかは、わたくしの与り知らぬところ」


 悲しそうな態度を大袈裟にとって見せているが、人間達は気にする様子もない。


「となると、まずはまともにチャドウ・ファイトが出来るようになるところからだな」


 何故かやる気を見せ始めた聖。それを聞いて呆れる京平。


「……何でやる気になってるんだよ……」

「だって、俺がその世界を引く可能性だってある訳だし」


 確かにその通りだが、何も馬鹿正直に付き合わなくても、と京平は思う。

 どう考えてもパラディンとは程遠い世界っぽいのだから、仮に引いたとしても聖ならさっさと帰って来るのも手だ。


「何だったっけ?一期一会を大事にせよだっけ?あれで手に入るチャドウ・ファイト・セット手に入れたらいいんじゃない?」

「一期一会を大切にせよ、ですね」


 聖の言葉に対し神が細かく訂正を入れてくるが、やはり人間達はそれを無視した。


「漠然としてるよなあ」

「……確かに。まあ、土足で茶室に足を踏み入れる羽目にならなかったら、もしかしたらあの二人との一期一会を大切に出来たのかもしれないけどな」


 京平が恨めしそうに神を見る。


「おっと、流石にそれは言いがかりと言うものですよ。チュートリアルで靴を履くようアナウンスしろと言ったのはあなた方なんですから」

「……そういうブーメランが返ってくるのは予想してたが、言わずにはいられない程、作為的なものを感じてるんだよ」

「ガチャの結果ですよ、ガチャの結果。さっきの世界にだって、ちゃんと土足でも大丈夫な場所があったんですから、そっちを引けば良かったのですよ」

「……場所?もしかして、世界だけじゃなくて場所もガチャの対象なのか?」

「当然でしょう?何度か行かれる可能性があるのですよ。毎回同じ場所からスタートしていたら、同じような体験しか出来ないじゃないですか」

「マジか……」


 顔を見合わせる二人。だからと言ってティラノの眼前に転生させたり、土足で茶室に転生させたりする必要はないだろうと思うが、言っても無駄だろう。


「自分の引きの弱さをわたくしのせいにされても困ります」


 ガチャである以上、引きが弱いだけだと言われてしまうと返す言葉もない。


「さて、これでお二人ともチュートリアルが終わった訳ですが」

「悪意しか感じないチュートリアルだったけどな」


 京平の言葉を今度は神が無視する。


「どうします?早速、本番の仮転生やっちゃいますか?」


 その言葉に二人は顔を見合わせる。その思いは一致していた。


「いや、今日はやめとく。これ以上やると心身共にもたん」


 その返答に、神は残念そうな表情を見せる。


「そうですか。意外と軟弱ですねー。チュートリアル後に本番は難しい、と。メモメモ」


 ムッとした人間達だったが、言い返す気力も尽きつつあった。


「じゃあ、また明日と言うことで。今日はゆっくり休んでください」


 そう言うと、二人に一礼して神は玄関から帰って行った。


「……明日も来るのか」

「そりゃ、来るだろう」


 神が来ない事には転生のしようもない。うんざりしたような京平に対し、聖はどことなくやる気だ。対照的な二人の表情だが、幼馴染を救うためにはやるしかないと言う思いは一致している。


「じゃ、俺も今日は帰るわ。また、明日」

「おー、お疲れ。また、明日な」

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