パニック・ハウス 5
改めてアン達の元へ急ぐ京平。後を追う女性は、その道すがら京平に質問を投げかけた。
「で、お前はあんな所で何してたんだ?」
「えっ」
質問の意図が分からない京平がキョトンとした表情を浮かべる。
「いや、まるで迎え討たれるみたいだったんで気になってな」
「みたい、じゃなくて迎え討つつもりだったんですけどね」
肩を竦めて答える京平。
実際には全く気配に気付くことが出来ず、何も出来なかったのだが。
「じゃあ、せめてもっと気配は隠せよ。あれじゃ階下からでもまるわかりだ」
呆れたような女性の声。
「ですよね」
自分なりに隠れたつもりだったが、やはり通用するようなレベルではなかったらしい。
「よくその程度で迎え討つ気になったな」
「せめてシスターと子供達は守れればと思ったんですけどね」
京平のその自嘲気味な答えに、女性は少し驚いたような表情を見せた。
「……お前らの世界ってのは、そんな奴ばっかりなのか?」
「えっ?」
やはり質問の意図が分からず、間抜けな声を上げてしまう。
「いや、何でもない。さっさと案内しな」
「はい」
廊下を進み、元の部屋に戻ってきた京平は、アン達の姿を探す。すると、部屋の隅で身を寄せ合いながら不安げにこちらを見ているアン達と目が合った。
「もう大丈夫。助けが来ました」
京平のその言葉に、三人の表情が微かに明るくなる。
「さ、行きましょう」
部屋の外で待っていた女性と合流する。女性はアン達を一瞥し怪我の無い事を確認すると、さっさと歩きだした。
「行くよ、表に仲間が待ってる」
後に続く京平達。一階へ降りると、焼け焦げたカーペットが燻っていた。ベアトラップは全て綺麗に壁際へと吹き飛ばされている。
「……マジか」
どうやったのかは分からないが、割と時間がかかった罠があっさり突破されていた。やったであろう女性は事も無げに廊下の真ん中を歩いていく。
変わり果てた廊下の姿に怯えの表情を見せるアン達だったが、それでもしっかりと女性の後についていく。
玄関ホールにたどり着くころには、開け放たれた扉の間から外で待つ人影が確認出来るようになっていた。聖の姿も見える。
「京平!」
聖が手を振ってくる。一人前に武装しているその姿からは、ファンタジー世界を満喫している様子が感じられて少し腹立たしい。
一緒にいるのはロングソードを携えた薄着の少女とフルプレートを着込んでいる人物。館に入ってきたローブ姿の女性と合わせて四人で助けに来てくれたようだが、よく分からない組み合わせだ。
「ジェノ、凄い音がしたけど?」
薄着の少女がローブの女性に声をかけた。京平も聞いたさっきの音は外にまで聞こえていたらしい。
「ああ、別に大したことじゃないです。罠を避けて通るのが面倒だったので、吹き飛ばしました」
「また、首飾り無駄に使って」
少女の非難めいた口調にも、ジェノは全く悪びれる様子はない。
「いいじゃないですか。こんなもの帰ったらいくらでもあるでしょ。使ってなんぼですよ」
「あれ、火球の首飾りかな」
聖が京平に近寄ってきて、興奮気味に話しかける。
「……感動の再会の第一声がそれか」
気持ちは分かるが、何となくもやっとする。
「その、世界に馴染んでます感が羨ましいよ。人が死にそうな目にあってる時に、美人二人に囲まれてさ」
嫌味の一つも言いたくなる。
「これが三人なんだなー」
聖は真面目な顔で訂正すると、フルプレートの人物に目を向けた。
「マリエラさんも美人だ」
そのマリエラは子供達の前にしゃがみこんで何やら話しかけている。上げた面頬から覗く顔は確かに美人だ。
「ほー、マリエラさんねぇ。随分親しげじゃないか」
「まあな」
そう格好つけてみたものの、実際には羨ましがられるほどではない。そもそもマリエラとは交わした言葉も少ないし、そして何より三人が三人とも見た目に反比例するかの如く、とんでもない中身をしているのだ。
それでもレリーと上手くいっていれば自慢出来たのだろうが、そこは残念な結果に終わっていた。
仕方がないので大変自慢で押し切る事にする聖。
「ま、アウルベアとタイマンしたしな」
「俺もした」
それを即座に斬って捨てる京平。
「かなりの怪我をした」
「俺もした」
「ここまで飲まず食わずで……」
「俺もそうだ」
悉く切って捨てられる聖。
「……無事に会えて良かった」
「最初にそれを言うべきだったよな」
兎にも角にも、ようやくの再会を喜ぶ二人。
「で、助けに来てくれた美人さん達、誰?」
「龍の巫女だって」
「何それ厨二。素敵」
そんな会話を続ける二人を横目に見ながら、レリーとジェノは今後について話し合っていた。
「全員見つかったってことかな?」
「ニワ、シスター、それに子供が二人。聞いてた話の通りなら全員ですね。他に居るという感じでもないですし」
「どう?みんな疲れてるみたいだけど、休んでく?」
「いや、ゆっくりでもいいんで進みましょう。嫌な感じは消えてないですし」
ジェノの表情は渋い。
「そか、分かった」
レリーは素直に頷いた。そこにはジェノへの信頼が見て取れる。
「マリエラ、行くよ」
ジェノの言葉にマリエラは子供達を励ましながら、一緒に歩き出す。
「さ、ヒジリ達も」
レリーに促され、聖と京平も歩き出す。子供達の事を考えてか、行きとは違いマリエラが灯りを掲げている。お陰で格段に歩きやすいが、目立ち具合も格段に上がっているだろう。
「大丈夫なんですか?」
聖は、後ろを警戒しながら歩くレリーに訊いた。先頭のジェノは光と影の狭間を行き来している。後続がついてこれるよう、定期的に光の輪に入ってきているようだ。
「大丈夫ではないかな。でも、子供達は暗闇を歩けないし仕方ない」
レリーも警戒を怠っていない。その表情はいつになく真剣だ。
「ヒジリ達も気を付けて」
無言で頷く二人。隣り合っている危険が命がけな事は、二人とも身に染みて分かっている。
暫く無言の行軍が続く。アンと子供達も分からないなりに何か感じ取っているのか、黙々と歩いている。そんな三人を気遣ってか、マリエラだけは時折声をかけていた。
「あの人、いい人だな」
その様子を見た京平が聖に声をかける。
「確かに。こうやって見ると、凄くまともな人なんだよな」
既にマリエラのまともじゃなさの一端に触れている聖は、出発の時の様子を思い出していた。アレさえなければいい人なのに、と言われるタイプなのだろう。
「?なんだそれ」
「多分、そのうち分かる」
レリーもジェノもマリエラも、冒険に入ってからは至極まともだ。その姿は間違いなく一流の冒険者のそれだ。それは会ったばかりの聖にも分かる。だからこそ、普段のまともじゃない姿が際立って感じられるのだ。
無事に帰れたら、京平もきっと知るだろう。
とは言え、その三人が危険を感じている状況である。無事に帰れたら、の言葉をこんなにも重く感じるとは思ってもいなかった。
「そうかー……何かその俺だけ知っているぜ感が凄くムカつくが、楽しみにしておくよ」
「スタート地点はそれぞれのガチャの結果だろ?」
少々棘のある京平の言葉だったが、聖に引きの悪さを指摘され、ぐうの音も出なくなる。
「ま、そのうち京平にも当たりが来るって」
何の慰めにもならない言葉をかける聖。その時、前方でジェノの足が止まるのが見えた。気付いた全員の足が止まる。
ジェノから消灯の指示が飛び、それに従うマリエラ。辺りを闇が覆い、静寂が支配する。
声を押し殺し、身を潜める一行。永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、ジェノの緊迫した声だった。




