パニック・ハウス 2
京平の転生先はこの館の中だった。
人の気配はしない。激しい争いでもあったのか、あちらこちらで調度品は打ち壊され、さらには血の染みらしきものも見える。武器防具の類も散らばっているのが目に付くが、幸いにも持ち主らしき姿はない。天井は大半が崩れ落ちており、真上に見える太陽から暖かな日差しが差し込んできていた。
パーティーだの冒険だのと言うワールドクエストが聞こえてきた事と、目にしている風景を合わせて考えると、ファンタジー世界の可能性は大いに感じられる。
だが、相変わらずスタート地点の引きは悪そうだ。もう少しまともな場所からスタート出来ないものかとウンザリしながらも、使える物がないかと辺りを物色しだす。大小さまざまな剣が転がっているが、大半は錆び付いており使い物にならない。それでも、まだ使えそうなショートソードとダガーを一振りずつ選び腰に差す。
残念ながら鎧の類はどれもボロボロだった。引き千切られたチェインメイルや原型が分からない程歪んだプレートメイルなど、いったい何をどうすればこうなるのか、考えたくもなかった。
部屋の捜索を終え、廊下に出てみる。そこは天井が健在のせいか薄暗く、不気味な雰囲気を作り出していた。
幾つか並んでいる扉を、慎重に一つずつ開けていく。特に何も見つからない部屋が続く中、最後の部屋は少し様子が違った。部屋の主の趣味だったのか工作室のようになっており、工具に混ざって様々な物体も放置されていた。ベアトラップや箱罠と言った京平にも用途の分かる物から、全く用途の分からない物、造りかけと思われる物まで様々だ。散らばった紙は何かの設計図のようにも見えるが、京平には読むことが出来ない。仕方なく図だけを眺めてみるが、やはりよく分からない。
それでも何か使えそうな物がないかと諦めずに部屋を漁っているとクロスボウが見つかった。保存状態もよく問題なく使えそうに見える。さらにボルトの束も見つけ出した京平は、さっそく試しに近くの棚に向けて撃ってみる。
鋭い音と共に木の棚板にボルトが突き刺さる。ほぼ狙った位置に命中しており、思った以上の威力もありそうだった。
「流石、魔術師でも使える強い味方だな」
これなら十分使い物になると満足した京平は、クロスボウ片手に館の探索に戻る。
廊下の突き当りには下り階段があった。降りていくと、上階と同じような扉の並んだ廊下がある。階段はさらに下に続いている。
とりあえず廊下を進んでみると、突き当りにはバルコニーへの出口があった。既に扉はなく、壁の一部も崩れており、外へは簡単に出られた。
眼前には鬱蒼とした森が広がっている。見渡した限り、人の住んでいそうな気配はない。
少し落胆しつつ館の内部へ戻る。今度は扉を開けて一部屋ずつ中を見ていくが、やはりめぼしい物はない。
さらに下の階へと降りる。階段はこの階で終わっていた。廊下の先に目をやると、少し大きなホールになっているように見える。おそらく玄関ホールだろう。
玄関ホールへと足を進める京平。玄関扉は両開きでそれぞれ一枚の立派な岩で造られているようだ。だが、それよりも目を引くのは扉の前の大きな穴だ。底には鋭い槍が穂先を上に向けて並んでいるのが見える。
「落とし穴か……」
穴さえ隠せれば今でも使えそうだ。暫く考え込んでいた京平だったが、二階へ戻ると物干し竿のような長い棒を数本とカーペットを持ってきた。穴の上に棒を渡していき、その上にカーペットをかける。不自然な凹凸が見えるが、穴を隠せている。不注意に駆け込んできたりしたなら、落ちるかもしれない。
穴を避け玄関扉へと向かう。軽く押してみるが、当然びくともしない。今度は全身の力を込めて押す。重い音を立てて少しずつ扉が開いていく。何とか自分が通れるくらいの隙間を作った京平は、そこから外へ出てみる。そこにはバルコニーから見た通り、森が広がっていた。
森へ入ってみようとした京平だったが、そこで日がだいぶ傾いている事に気付いた。ここがどのような世界かまだ分からないが、夜の森は危険に違いない。
館へ戻り、今後について思案する。とりあえずここで夜を過ごすしかないだろう。
そう思い準備に取り掛かろうとした京平だったが、微かに聞こえた音に足を止める。耳を澄ましてみると、館の外から何かが吠えるような声が聞こえてきた。




