神が来りてホラを吹く 7
「早くね?」
京平がツッコむより早く、消えた時と同じように突然、聖の姿が現れる。
肩で息をしているが、今回は取り乱した様子はない。
「どうだった?」
恐る恐る声をかける京平に、聖は疲れ切った表情で答えた。
「靴を……履いていこう」
その一言でだいたいを察した京平は、みるみるやる気を取り戻し、早速神に噛みつく。
「おい、チュートリアルだろ、チュートリアル。重要なことは説明しろよ」
だが、一度詫び石を出してしまっているだけに、今回は神も簡単には引かない。
「は?普通出掛ける時は靴を履くと思うんですけど。そんな事子供でも知っている常識だと思うんですけど。それとも何ですか。あなた達は一から十まで説明しないと分からない幼児かなんかですか」
「はぁ?そもそも転生云々って言ってる時点で常識の範囲外の出来事だろうが」
「そんな事ありませんー。最早、転生は常識と言っても過言ではありませんー。令和の時代のスタンダードですー」
「それはフィクションの話だろうが」
「本当にそう思いますか?もしかしたら、あなたの隣人も、そのまた隣人も、実は転生者かもしれませんよ」
「怪奇番組みたいなこと言ってんじゃねー。いや、待て」
神との低レベルな言い争いの最中、その言葉に引っかかりを感じた京平は冷静さを取り戻した。
「……転生って、そんなに起きている事なのか?」
「まあ、京平さんが思っている以上には」
「まじかよ」
自分の中の常識が音を立てて崩れ去っていく気がする。
「先ほども言ったではありませんか。三方良しな転生はなかなか無い、と。少なくとも、こうやって『おねがいリンカーネーション ~希望の世界をみつけてみませんか~』という企画が立ち上がる程度には、問題のある転生が存在するという事ですよ」
「そういや、この企画、何人くらい体験してるんだ?」
「えっ?お二人が初めてですけど」
「えっ?」
「とりあえず、なんとなく企画が出来たんで、とりあえずやってみて、こうやって問題があればブラッシュア……」
そこまで調子よく話していた神だったが、口を滑らせたことに気付き慌てて口を噤む。
「問題があれば、何だって?」
「ナンデモアリマセン」
「問題だと認識したんだよな」
京平が詰め寄る。
「あー、そうですよ、そうですとも。人間は転生の際に靴を履く必要がある事にも気づかない程愚かなので、チュートリアルで説明する必要がある、と認識しましたー」
「何で逆切れ気味に言ってるんだよ。問題だったなら詫びろよ」
「説明不足でサーセン。反省してまーす」
どこからどう聞いても反省している者の台詞ではない。
「は?誠意は言葉でなく金額だろ。詫び石出せよ、詫び石」
「その何かあったらすぐに詫び石要求するのは良くないと思いますー。特に今回は、靴を履く必要がある事にすら思い至らない人間と説明不足だった私で、過失割合はせいぜいフィフティフィフティですー。詫び石案件と言うほどではありませんー」
「……靴を履き忘れただけで、こんなにディスられる日が来るとは思わなかったよ……」
二人の言い合いを聞いていた聖が、呆れたように呟く。
「まあ、今回の事は貴重なご意見として今後の運営の参考とさせていただきます、と言うことで」
さらっと幕引きにかかる神。
「何もしない運営の常套句だな」
「そんな事ありません。ちゃんと京平さんのチュートリアルの際には、靴を履きましたか?と聞く予定です」
「この期に及んで確定でなく予定なのか……」
「まあ、素で忘れるかもしれませんし」
どこまで本気なのか分からない神の答えに、すっかり毒気を抜かれてしまった京平は、改めて聖の様子を見てみる。
前回ティラノに喰われたと言って戻ってきた時もそうだったが、今回も外見的にはダメージがあるようには見えない。
「今回も早かったな。何に喰われた?」
「早くねーし。喰われてねーし」
聖は心外だというように答える。ワールドクエストクリアとまではいかなくとも、せめて何かしらの成果を上げよう、と砂漠の世界を数時間は彷徨っていたのだ。結局、彷徨っただけで終わったのだが。
「そうは言うが、せいぜい十分くらいしかたってないぞ」
京平はそう言って壁掛け時計を指す。確かに、聖が旅立った時間からは長針が少ししか動いていない。
「嘘だっ!数時間は粘ったぞ」
時計を確認し、愕然とする聖。あまりの暑さに感覚がおかしくなっていたのだろうか。
「ああ、それは、向こうとこちらで時間の進み方が違うんですよ。基本でも最大十日の異世界体験を行えるんですよ。十日も現世に居なかったら行方不明事件として大変な事になってしまうじゃないですか。現世にも迷惑をかけない転生を目標としているのに、仮転生の段階で問題を起こしてどうするんですか。少し考えたらわかる事だと思いますけど」
事も無げに言った神だったが、二人からの鋭い視線に気づき、わざとらしく頭を下げて見せた。
「説明不足でサーセン」
人間達は大きなため息を吐く。薄々分かってはいたが、この神は面倒な人種だ。
「で、その様子だと結局クプヌヌとやらは見つからなかったのか?」
京平の問いに聖は力なく頷いた。
「ああ。だいぶ粘ったんだがなー。人っ子一人見つからなかった。どこまで行っても砂漠、砂漠、砂漠。暑いし、熱いし、地獄だったよ」
「マジかー」
京平は天を仰ぐ。
「やっぱり、どこか物陰見つけて十数分待つべきだったかな」
「まあ、現実だと五時間は待たないとダメですけどね」
「もう四国の話はいいんだよ。お前は四国無双の神か何かか?」
呆れた感じの京平に、神は胸を張って応える。
「何を仰います。わたくし、転生の神、ですよ」
「知ってる。だったら、こっちに話を戻せって」
そう言った京平に、神は不思議そうな視線を向けた。
「こっち、とは?」
「だから、俺達のチュートリアルに話を戻せって言ってるんだよ」
神の表情がますます不思議そうに変わっていく。
「いえ、わたくし、最初っから聖さんのチュートリアルについて話しているのですが」
「は?」
今度は京平の表情が訝し気に変化する。
「ですから、聖さんの場合、実際に五時間ほど待てば夜になりましたので、日中動き回るよりかは楽だったのではないかと」
「マジでっ?後少し粘れば夜になったのか。なら、もう少し粘ればよかった」
心の底から悔しがる聖。まだ文句を言い足りない京平だったが、そんな聖の姿を見ていると、どうでもよくなってくる。
「まあ、まだ、チュートリアルだしな」
ひとしきり悔しがった聖は、そう自分に言い聞かせる。
確かに聖の言う通りまだ始まったばかりではあるが、前途多難な幕開けな気がしてならない。
「さて、聖さんのチュートリアルが終わったわけですが。次、京平さん、どうします?」
神はさらっと聖のチュートリアルの終了を宣言し、京平の様子を窺う。
「……行くしかないよな」
分からない事だらけだが、結局のところ神が言ったように百聞は一見に如かず、なのだろう。
「では、早速行きましょうか。あ、靴を履くのをお忘れにならないように」
笑顔で告げる神を軽く睨みつつ、京平は玄関へと向かう。小さな作り付けの靴箱を開け、しばし考えこむ。
結局、履き慣れたスニーカーを手にして、部屋へ戻った。
テーブルの上の新聞を床に敷き、その上で靴を履く。
「用意できましたか?」
神の問いに無言で頷いて見せる。
「では、参りましょう。転生先に願いを込めて。レッツ、異世界ガチャ!」