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理屈を捨てよ冒険に出よう 3

「それじゃ、灯りを投げ込むんで、それを合図に」


 ジェノが松明のようなものを取り出した。その先端は魔法で明るく輝いている。

 次の瞬間、前方の雰囲気が変わるのが聖にも分かった。


「なんだ、気付くのかよ」


 事も無げに言うジェノだが、彼女の手の中の灯りは相当な光量である。これでは気付くなという方が難しい。


「じゃ、いきますよ」


 三人の反応を待たずして、松明を放り投げる。狙い違わず敵の中心に落ちた松明は、その姿をはっきりと浮かび上がらせた。

 熊の胴に梟の頭。名前の通りの怪物がそこにいた。鳥類特有の感情を感じさせない七対の目が、聖達を見つめている。

 まだ熊の顔の方がマシだ、と聖は思う。熊の顔ならもう少し感情が読み取れる気がするが、鳥の顔からは全く何も感じられない。

 ジェノはよくこれで殺気立っていると見て取れたものだと、感心してしまう。


 まず動いたのはジェノだった。音も無く飛び出していくと、一番近くにいたアウルベアに黒い剣を突き立てる。だが、致命傷には至らない。

 痛みに吠えたアウルベアはその爪で引き裂こうとジェノに掴みかかる。ジェノは胴を蹴りつけた反動で距離を取り、その爪を易々と躱す。

 梟の頭がジェノの動きを追うが、相変わらず感情は見えない。ジェノはそのまま注意を引き付けつつ、群れの中へと移動していく。


 次はレリー。ジェノが狙ったのとは別のアウルベアに走り寄ると、片手で振りかぶった剣をその頭めがけて振り下ろす。その刀身は敵の頭に当たった瞬間、眩く輝いた。唐竹のように綺麗に両断されるアウルベア。レリーは切り捨てたアウルベアには目もくれず、ジェノの後を追った。


「あれがパラディンの力の一つ、聖なる一撃ですわ」


 マリエラに教えられるまでもなく想像はついていた。確かにゲームでは強い能力だと認識していたが、こうやってビジュアルで見せられるとえげつない。


「早くヒジリさんも使えるようになるといいですわね」


 そう言われても、全く使えるようになる気がしない。改めて自分の進むべき道の困難さに気付く聖。


 マリエラはゆっくりと敵の方へ進み出ると、剣で盾を叩き、一頭の注意を惹く。ジェノとレリーは群れの中で、それぞれ二頭を相手にするように動いていた。


 残る一頭が聖を見据えている。三人のせめてもの配慮だろうか。群れの中では一番小さそうな個体だ。

 それでも、聖にとっては十分な脅威に違いなかった。まだ距離があるにも関わらず、その威圧感で足が竦んで動けない。その様子を見て取ったのか、その一頭が聖に向かって走り出す。それでも動けない聖。


「心で負けるな。気合」


 レリーのアドバイスは精神論もいいところだったが、逆にそれが功を奏した。


「そうだ、気合!」


 今時精神論など流行らないかもしれない。それでも聖も京平も、それは時に力になると信じていた。体格や技術で劣るなら、せめて気合だけは勝とうと試合前には言っていたものだった。

 アウルベアはもう目前に迫っている。避けるのは間に合わない。盾を構え、その腕に力を籠める。

 ガン、という激しい音と共に凄まじい衝撃が聖を襲う。爪の一撃を盾で受け止めた聖だったが、その激しさに意識が一瞬飛んでしまう。


 誰かがどこかで自分を呼んでる気がする。


 朦朧とする中、必死で自分を繋ぎ止めようとする聖。

 そうだ、ホーム……ホームを守らないと……

 聖の意識は、かつての記憶、ベースカバーに入った本塁で巨漢のランナーに吹き飛ばされた時の記憶と混ざってしまっていた。

 やばい、負ける……

 その一点は聖が最後に失った一点だった。

 何とか踏み止まり、目の前のランナーに触れようと左手を伸ばす。その手が、激しい衝撃を受け弾き飛ばされた。


「ナオエ!」


 また誰かが呼んでいる声が聞こえる。誰だろう。チームメイトはおろか、高坂も松永も自分をそんな風には呼ばない。


「ヒジリ!」


 ああ、師匠だ。と、知っている声が聞えてきた事に安心する聖。いや待て、師匠?師匠って誰の事だ?

 そこで漸く自分の意識が混濁している事に気付き始めた。


「前!」


 徐々に意識がはっきりしてくる。気付けば眼前に巨大な梟の顔が迫っていた。

 これは殺気立ってるわ。

 半ば他人事のように思う。ジェノはあの距離でよく分かったものだと感心する。

 ジェノ?そうだ、ジェノ。師匠のレリーの従者。


 何とか自分を取り戻した聖だったが、同時に置かれている状況が悪化している事も認識した。二撃目は偶然にも盾で防いでいたが、既に詰め寄られてしまっている。最早逃げる事も無理な位置だ。

 咄嗟に右手の刀を振るう。その剣先は運よく敵の肩口に深く喰い込んだ。肉を包丁で切るのとは違う嫌な感覚が聖を襲う。それは、クプ腕に刃を突き立てた時の比ではなかった。その感覚に思わず剣を引くと、その傷口からは派手に血が噴き出し、聖を赤く染めた。傷の痛みで激しく吠えるアウルベア。

 肉を斬った感覚、目の前で激しく血を吹き出す刀傷、むせかえるような血の匂い、怪物の絶叫。

 五感の内の四つを今までに経験した事のない異質な感覚に支配された聖は、パニックに陥ってしまう。

 数値で表されるのではない現実のダメージ。その余りの生々しさにどうしていいか分からなくなってしまっていた。


 痛みに我を忘れたアウルベアは、力任せに腕を振り回す。本能的に盾でその攻撃を防いでいる聖だったが、それ以上の行動は取れない。呆然とした表情で前を見つめている。

 レリーが、ジェノが声を掛けるが、反応はない。二人とも自分の持ち分は早々に倒してしまっている。傷一つ負っていない。マリエラはと言うと、律儀にも聖の手本になろうと、最初の間は盾で攻撃をいなす事に専念していた。だが、聖に自分を見ている余裕が無い事を見て取ると、こちらもまた傷一つ負うことなくさっさと倒してしまった。


 そんな三人が見つめる中、聖はただただアウルベアの攻撃を受け続けていた。傷の痛みに我を忘れたアウルベアが単調な攻撃を続けている上に、過剰なまでに身に着けたマジックアイテムの効果で何とか守り切れている聖だったが、このままではいつか倒されるのが目に見えている。

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