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理屈を捨てよ冒険に出よう 2

 森に着いたのは、夜も更けてきた頃だった。南の空に浮かんでいる月が辺りを仄かに照らしている。それは聖が知っている月より僅かばかり大きい。

 微かに虫の声は聞こえてくるが、生き物の気配はしない。

 四人は森の外れで馬を降りる。ジェノが馬の首筋をポンポンと叩くと、像へと戻り地面に転がった。


「で、ここからどうします?」


 拾い上げた像をしまいながらジェノが訊く。この森の中で子供達が迷っていて、噂が正しければアウルベアもいる。


「そだね」


 少し考える仕草を見せたレリーは、次の瞬間きっぱり言い切った。


「正面突破」

「ですよねー」


 ジェノもあっさり同意する。


「えっ?隠れながら行ったりとかは……」


 聖の言葉にレリー達の視線がマリエラの方を向く。二人の視線を感じたマリエラは照れたように少し身をよじる。微かに金属が擦れあう音がしたが、静かなこの空間では十分な音量だ。


「ああ」


 聖も納得する。確かにマリエラが動く度に鎧はガチャガチャ鳴っていたが、想像していた程ではなく、気がつけばすっかり慣れていた。

 だが、静かな森の中を移動すれば目立つのは間違いない。


「心配すんなって。敵にしろ子供にしろ、先に見つかったら向こうから寄ってくるだけの話だ。何の問題もない」


 ジェノが軽く言う。確かに彼女達の実力なら何の問題もないだろう。だが、聖はど素人である。少なくとも聖の知っているアウルベアは、最初の冒険で戦う相手ではない。


「ジェノならそんなヘマしないから大丈夫」


 不安が顔に出ていたのだろう。そんな聖を安心させるようにレリーが声をかけた。


「必ず先に見つけてくれる。でしょ?」


 そんなレリーの言葉からはジェノへの信頼が感じられた。なんやかんやで二人はいいコンビなのだろう。


「まー、鋭意努力はさせていただきますよ」


 肩を竦めて答えるジェノ。軽口を叩いているが、実際にはレリーの言う通りジェノが先に見つけるのだろう。


「それじゃ、行くとしますか。マリエラ、後ろは頼む」


 そう言ってジェノがまず森に足を踏み入れる。


「承知いたしましたわ」


 聖達に先に行くよう促すマリエラ。聖は改めて森に目をやる。鬱蒼と茂った樹木が月明りを遮り、不気味な暗闇を作り出している。


「さ、行こ」


 逡巡している聖を勇気づけるようにレリーがその背中をそっと押し、一緒に歩くよう促す。そんなレリーはいまだに手ぶらだ。


「レリーさん?」


 聖の視線に気づいたレリーはニッコリ笑って見せた。


「アウルベアなら鎧はいらない。剣も呼んだらすぐ来るし」


 レリーの実力なら確かにそうかもしれないが、一見華奢な少女が無防備な姿でうろうろしているのは見ていてドキドキする。

 そんな聖の心情を知ってか知らずか、レリーが軽い足取りで森へと入っていく。そうなると聖は後を追うしかない。

 さらにその後をマリエラが鎧の音を立てながら追ってくる。聖はうるさいはずのその音が聞こえてくる事で、少し落ち着いている事に気付いた。


「背中を守ってくれる人がいるのはいい事」


 レリーが言う。


「ジェノが後ろだったら音がしないから、いつの間にか居なくなってそう」


 確かに先頭を行くジェノは、一見無造作に歩いているようで、ほとんど音を立てていない。それに比べ聖を含めた三人は、足音やら木に擦れる音やらなんやかんやと音を立ててしまっている。

 そのジェノはたまに立ち止まり辺りを確認しては、また先へと歩いていく。

 この薄暗がりの中、聖はジェノの背中を見失わないようにするのが精一杯である。一度でもはぐれてしまったら、もう見つける事は出来ないだろう。


「ジェノさんてどれくらい見えてるんですか?」


 横を歩くレリーに訊いてみる。後ろから見ている限り、ジェノの歩みに迷いは見えない。


「んー、だいぶ……少なくとも暗闇の中では絶対戦いたくない」


 レリーにそこまで言わすという事は、相当見えているに違いない。

 そんなジェノのおかげか、何かに見つかる事もなく小一時間程奥へと進んだ頃、そのジェノが足を止め、後続に止まるように指示をする。三人はそれに従い足を止めると、息を凝らして次の指示を待った。

 暫く前方を凝視していたジェノだったが、やがて静かに来い、と三人を呼ぶ。


「いた?」


 そっとジェノに近づいたレリーが小声で訊く。


「いましたね」


 前方から目を離さずジェノが答える。聖もジェノの視線の先へと目を向けるが、何も見えない。


「どれくらい?」


 レリーは目を細めている。何かいるのは分かるが、詳細を捉えるまでは至らない。


「七頭」

「結構いるね」


 大変という感じではなく、面倒といった感じの口調のレリー。


「ええ……それに、随分と殺気立ってます」

「そなの?……飢え?」

「飢えてるのは間違いないですが……」


 ジェノは何か考えを纏めようとするかのように言葉を続ける。


「気が付きました?ここまで獣一匹見てないんです。その代わり、薙ぎ倒された木とか焦げたような木とか、アウルベアには無理な痕跡がね」


 そう言ってレリーに向き直ったジェノは、いつになく真剣な表情をしている。


「何かずっと嫌な感じがしてしょうがないんですよ。何て言うか、こう、今までに感じた事のない気持ち悪さというか」


 その言葉からはジェノの戸惑いが感じられる。


「多分、奴らが殺気立ってるのはそのせいもあるんじゃないかと」

「うん。私も感じてない訳じゃない」


 頷いたレリーは、その手に剣を呼び出す。


「でも、とりあえずは目の前の敵」


 前方に視線を戻す。それを見たジェノはやれやれといったように頭をかいた。


「確かに。じゃ、さっさと片づけますか」


 そう言ったジェノは呪文で手の中に黒い剣を生み出した。マリエラも剣を抜き、盾を構える。聖はそのマリエラの姿を見て、同じように構えた。


「五、一、一でいいですよね」

「珍しく仕事熱心」


 こんな時でも軽口を忘れない二人。


「いやいや、ここは師匠としていい所を見せないとダメでしょう」

「剣と盾はマリエラに任せた」


 レリーは仕事放棄も忘れない。


「じゃ、主は何を教えるんです?」

「んと……心意気?」


 マリエラが思わず吹き出す。ジェノからは必死に笑いをかみ殺している様子が伝わってくる。


「じゃあ、せっかくなんでその心意気を見せてくださいよ」

「分かった。三、二、一、一」


 そこには聖もしっかり含まれている。それに驚いたのは聖だけではなかった。


「こいつにも回すんですか?大丈夫なんです?」


 ジェノが訊く。聖に回すつもりのなかったジェノは、確かに三つにしか分けていない。


「ヒジリもパーティーの一員」


 きっぱりと言い切るレリー。


「それにこれはいつかは越えないといけない壁。なら早い方がいい」


 確かにそうかもしれないが、そこにあるのは余りに高い壁だ。


「そうかもしれませんけど。厳しくないですか?」


 さすがのジェノもそう思ったらしい。聖に対しての同情を隠そうとしない。


「大丈夫。だって、ヒジリはマンティコアの攻撃を耐え抜いた男」


 何をもって大丈夫と言うのか分からないが、少なくともあの時の聖はマンティコアに対して全く手傷を負わしていない。レリーが助けに来なければ、死んでいたのが自分だという事は聖が一番よく分かっている。


「恐れちゃダメ。一番大事なのは心」


 さっきの言葉通り、心意気について教えてくれるレリー。


「まあ、主の弟子なんで、私は構わないんですけど……」


 ジェノはそう言いながら、そっと聖の肩に手を置いた。


「死なないように頑張れ」


 そのジェノの予想外な応援の言葉は、すっと聖の心に染み入った。少しだけ勇気が出る。


「やってみます」

「うん、その意気」


 聖の返事に、レリーは笑顔で応えた。

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