君を僕が見つけた日 11
「で、どんなの?」
レリーに促された聖は、小さな声で太郎坊兼光の受け取りを要求する。するとやる気の無さげな神の声が聖の耳に届くと同時に、その手の中に一振りの刀が現れた。
「シミターみたいだけど、ちょっと違うね」
そう言いながら手を差し出してきたレリーに、聖が刀を渡す。レリーは刀を受け取るや否や、慣れた手つきでスッと抜き払い、天にかざした。
「へー、こんなの初めて」
そう言いながら、刀を存分にためつすがめつしたレリーは、やがて鞘に納めると聖に放って寄越した。
「いい武器だね、ジェノが好きそう。それ使う?」
頷く聖。現世では手にする事すら無いであろう真剣である。せっかく受け取ったのだから使わない手はない。
「じゃ、振ってみて」
レリーに促された聖は、刀を鞘から抜くと剣道の授業を思い出しながら二度三度と振ってみる。が、今一つしまらない。
「うーん」
それはレリーにも伝わったようで、腕組みをしながら難しい顔で聖の素振りを見つめている。
そこで、思い切って野球のスイングのように振り回してみる事にした聖。すると、ブン、と風を切るいい音がする。
「いいね」
レリーが褒めてくれた事もあり、何度か素振りを繰り返す。やはりスイングはこの形がしっくりくる。
「うんうん。斬る前に斬られそうな気もするけど、いいんじゃないかな」
斬られたらダメなんじゃと思うが、今の実力では何を言われても仕方がない。
「危ないから盾も持とうか」
そう言って盾を渡してくる。早速、野球のスイングを封じられてしまった。
「鎧は、これくらいかな」
細かく編み込まれた鎖帷子のような物を渡される。金属とは思えないくらい軽い。
「ミスリルだから、動きやすいと思う」
着てみると、厚手のジャンバー程の着心地しかない。確かにこれなら動きが阻害される事もなさそうだと、ゲームでお馴染みのマジックアイテムにテンションを上げる聖。
その後もレリーは、指輪、マント、手甲等々、次々とマジックアイテムを手渡してくる。聖はそれらを渡されるがままに装備していく。
「……どれだけ付けるんですか?」
その量の多さに思わず問いかけた聖を、レリーは真剣な眼差しで見つめながら答えた。
「勿論、付けられるだけ」
そう言いつつさらに数点のアイテムを追加してくる。マジックアイテムのクリスマスツリー状態になった聖は、感動を通り越えて呆れてしまっていた。
「どれだけバフ掛かってるんだよ……」
一般人なのだから万全を期すに越したことはないのだろうが、それにしても付け過ぎだろうと思う。魔力感知の呪文を使われたならどのように見えるのか、気になって仕方がない。
「うん、こんなもんかな」
一通りコーディネイトが済んだ聖を見て、レリーが満足そうに頷く。
「じゃ、行こっか」
レリーはそう言ってさっさと歩きだす。
「えっ?レリーさんの準備は?」
「ん?ジェノがやってくれる」
そう言えば従者って言ってたっけと思い当たるが、聖が見ていた限りジェノに従者感は殆どなかった。確かに聖に対するよりかは、丁寧にレリーに接しているようにも見えなくはなかったが、それでも主従という感じではない。とは言え、レリーが言うのだから大丈夫なのだろう。
そう思いレリーの後について外へ出る。
「おー、まるで一端の冒険者じゃないか。馬子にも衣裳だな」
外では先に用意を済ませたジェノとマリエラが待っていた。マリエラは兜こそまだ被っていないもののフルプレートで身を固めている。それに対し、ジェノは腰にシミターを携えてこそいるが、見た目は先ほどの格好に薄手のローブを羽織っているだけで、およそ防具と呼べそうな物は身に着けていない。その代わりという訳ではないだろうが、首元は真っ赤な宝石を連ねた首飾りで飾られており、彼女の妖艶さを増していた。
「その格好で行くんですか?」
ジェノに対し質問するのは勇気がいるが、思わず訊いてしまう。
「ん?何か文句あるのか?」
やはり冷たく返された。
「いや、危なくないのかなって……」
だが、聖がめげずに質問を続けると、答えは返してくれる。
「ふん。避ければ済む話だろ。鎧なんか着てたら鬱陶しくてしょうがない」
その答えを聞いた聖の頭に、そもそもジェノは何者なのかという疑問が浮かんでくる。魔法を使い、鎧を着ないというのは魔術師っぽいのだが。
「レリーさんはパラディンですよね?」
今度はジェノに直接ではなく、レリーに尋ねる事にした聖。
「うん。慈愛の聖騎士」
気に入っている二つ名なのだろう。
「じゃあ、ジェノさんは?」
「ジェノ?バード」
事も無げに答えるレリー。
「バード?」
聖は想像してなかった答えに素っ頓狂な声を出してしまい、ジェノに睨まれる。吟遊詩人という言葉から感じられる華やかさは、ジェノからは全く感じられない。
「うん。人の心を抉ったり、人の心を抉ったり、人の心を抉ったりするのが得意」
大事な事だから指折り数えつつ二度どころか三度言ったレリー。
「酷い言い草ですねー。それじゃまるで私が悪魔みたいじゃないですか」
人の心を抉る事自体は否定しない。
「似たようなもんでしょ」
「ひどいなー、流石にそれは傷つきますよー」
お互いに感情の籠らない台詞の応酬。普段から似たようなやり取りをよくしているのだろう。
「バードだって言うんなら楽器の一つでも演奏してから言えばいいのに」
至極真っ当なレリーの指摘も、ジェノには全く通じない。
「分かってませんねぇ。楽器になんか頼っている間は、所詮二流止まりなんですよ」
全バードを敵に回しそうな一言をサラッと言ってしまう。
「そんなだから、異端視されるのよ」
「天才ってのはいつの世も理解されないもんですからね」
「はいはい」
今度はレリーが軽くジェノをいなす。
「で、マリエラはパラディン」
そのまま不毛な会話を打ち切ると、マリエラも紹介する。紹介されたマリエラは、聖に対して笑顔で会釈する。
レリー達に比べると随分と普通に見えるマリエラだったが、ティファナに言わせれば周りにまともなパラディンはいないらしい。だとすると、やはり彼女にもどこかおかしな部分があるのだろう。
「さっきのティファナもパラディン」
ティファナの言う『周り』に彼女自身も含まれていたのだろうか。含まれていたならまともじゃないし、含まれていなかったとしても自分だけまともと言う人間はやはりまともじゃない。
この世界でいきなり三人ものパラディンと知り合えた聖だったが、結局まともなパラディンとは知り合えていない事になる。
「そうそう。剣と盾の戦い方なら、マリエラを見ればいいよ」
確かにマリエラは腰にロングソード、背中にシールド、と聖とほぼ同じ装備を身に着けている。
「見て、盗んじゃえ」
早速、師匠としての仕事放棄である。
「えっ?レリーさんは?」
「私、盾使わないから」
確かにマンティコアを一刀両断にした時も片手で剣を振るっていた。
「魔法使う時の為に片手空けときたいし、それに何か片手の方がかっこいい」
ほらな、と言わんばかりにニヤニヤと聖を見ているのはジェノ。突然の指名に困惑気味なのはマリエラ。
「まあ、見ていただく分には構いませんけど。お役に立てるかどうか」
「あ、いや、こちらこそ、何かすいません」
二人顔を見合わせて力なく笑う。こうやって見ている分には、本当にごく普通のお嬢様と言った感じである。




