君を僕が見つけた日 10
「ちょっと待つっすよ。マリエラも一緒に行くんすか?」
ティファナの非難めいた質問に、マリエラは取り繕った笑顔で答える。
「ええ。まあ。そういう事になってますわ」
「それはずるいっす。なら、アタシもついていきたいっす」
「それはダメ」
レリーが冷静に止める。
「その子を孤児院まで連れて帰る人が必要」
「じゃ、じゃあ、一緒に出発するのは」
「それもダメ」
頭を振るレリー。
「その子はもう限界。ゆっくり休ませてあげないとダメ」
確かに一昼夜かけてこの街までやってきているのだ。体力はとうに限界を迎えているだろう。今は気力を振り絞って成り行きを見守っている状態だ。
「確かに……」
一瞬諦めかけたティファナだったが、すぐに打開策を思いつく。
「それならマリエラが残ってもいいって事っすよね?」
「うん。おっけー」
レリーもあっさり同意する。結局、自分に矛先が向くのを察したマリエラはジェノに助けを求める。
「でも、もう、私と行く事になりましたものね、ジェノ様」
流れで頷きかけたジェノだったが、ある事に思い当たりニヤリと笑った。
「でもまあ、私はどっちと行くのでも構わないけど」
「そんな!」
明らかにさっきのレリーへの援護射撃に対する意趣返しだろう。マリエラはそれが分かっているだけに強くは言えない。
「ふっふーん。さ、どうするっすか?」
流れは自分にあると言わんばかりのティファナ。
「仕方ありませんわ。じゃんけんで勝負いたしましょう」
「いいっすよ。勝っても負けても恨みっこ無しの一回勝負っす」
二人は暫し睨み合い、そして同時に掛け声を掛ける。
「最初はメイス!ジャンケンポン!」
マリエラは指を揃えた手のひら、ティファナは人差し指一本、をそれぞれ出した。
「やりましたわ」
勝ったのはマリエラらしい。
「仕方ないっすねー。じゃ、ジェノ様の事は任せたっすよ」
悔しそうではあるが、ティファナはあっさりと身を引いた。
「勿論です」
マリエラはニコニコしながらジェノの手を取る。
「今のは?」
レリーに小声で訊く。
「じゃんけん。知らない?」
聖の知っているじゃんけんとは少し違う。
「いや、知ってるのと少し違ったので……」
「そなの?」
レリーは右手をマリエラのように揃えた手のひら、左手をティファナのように人差し指一本の形にして見せる。
「レイピアは盾を貫けないから盾の勝ち」
左の人差し指で右の手のひらを突く。
「でも、相手がメイスなら横をすり抜けて突き刺せるからレイピアの勝ち」
右手を握り拳にし、それを掠るように左の人差し指を突いて見せる。
「で、メイスは盾で守っても構わず殴れるからメイスの勝ち」
最後に左手を揃えた手のひらにすると、右手の拳でパンと叩いた。
「なるほど」
レリーの説明に頷いて見せる聖。無理やり感がない訳ではなかったが、そもそも自分の知っているじゃんけんも無理やり感満載だ。
「では、参りましょう」
マリエラがジェノを伴って部屋を出ていく。ティファナはそんな二人を見送りながら少年に優しく声を掛けた。
「もう大丈夫っすよ。何てったって、世界で一番強い人達が助けに行ってくれるんすから。だから、安心して眠るっす。で、寝て起きたらアタシと一緒に皆の所に帰るっす。その時には友達も先生も帰って来てるっすよ」
その言葉に少年は安心したように笑って、そのままティファナの腕の中で気を失うように眠ってしまう。
「まあ、アタシが見つけてきた子っすからね。最後まで面倒見ろって事っすね」
そう言って照れたように笑って見せるティファナ。
「じゃ、この子はアタシがちゃんと見とくんで、そっちはお願いするっす」
ティファナの言葉にレリーが頷く。ティファナはそっと少年を抱き上げると、静かに部屋を出て行った。
「さ、ヒジリも用意しないと」
「用意ですか?」
聖の間の抜けた返答に、流石のレリーも呆れ気味だ。
「丸腰で行く気?」
「あ……」
「こっち」
二人はまた別の部屋へと移動する。そこは、何やら様々な物が乱雑に積まれた部屋だ。武器や防具らしき物も見える。
「ここは?」
整理整頓とは無縁そうなこの部屋は、最近誰も足を踏み入れてないのか埃っぽい。レリーは小さく咳をしながら中へ入っていく。
「戦利品の部屋」
そう言いながら辺りを物色し始めるレリー。
「冒険で手に入れたアイテムとか、ここに放り込んでる」
「整理とかは?」
思わず口に出た聖の言葉に、レリーは小首を傾げた。
「……何でもないです」
まさに文字通り放り込んでいるのだろう。無造作に積まれたアイテムの山は、レリーが何か見つける度に崩れ落ちたりしている。
「得意武器は?」
人生において聞かれる事があるとは思ってなかった質問の一つである。
「ない、ですね」
「元の世界でも?」
「ええ、まあ。そもそも武器自体が必要なかったですし」
少し不思議そうなレリー。戦闘が生活の一部になっている彼女にしてみれば、そもそも武器が不要という世界が想像つかない。
「強いて言うなら、バット、ですかね?」
聖はボールしか打ったことがないが、世間では殴り合いに使う人もいるアイテムだ。
「バット?」
やはり通じない。この世界に野球は存在していないらしい。
「ええ、まあ。野球っていうスポーツで使う道具なんですけど」
「ヤキュウ……なんか凄そう」
レリーの中で何か大きな誤解が生まれた瞬間である。
「その、バットってどんなの?」
「木か金属の長い棒です」
「クラブ?メイス?」
「いや、何て言うか、もっと棒です」
「……剣にしよっか」
バットの形状を思い描くことを諦めたレリーは、そう言うとロングソードを聖に投げてよこす。受け取った聖は、そのずっしりとした重さに驚く。
「どう?使えそう?」
レリーに促され、ゆっくりと鞘から刀身を抜きかけた聖だったが、その刃の鈍い光を目にした瞬間、ある事に思い当たり思わずしゃがみこんだ。
「?どしたの?」
そのまま項垂れる聖に、レリーが不思議そうに声を掛ける。
「いや、ちょっと自分の間抜けさについて反省を……」
あの時は、動転していたというのもあるだろう。それでも欠片ほども思い出さなかったのは迂闊としか言いようがない。
「……武器、あったんですよね……」
太郎坊兼光と一声かければ、手元に名刀が現れたはずなのだ。刀があれば、マンティコアとの戦いの様子も変わっていたかもしれない。
頭を抱える聖だったが、すぐに、だがと思い直す。
いくらなんでも、刀で棘を打ち返すのは至難の業だ。あの棘を打ち返すことが出来なかったとしたら、もしかしたら親子が逃げる事も出来なかったかもしれないし、その後の展開もなかったかもしれない。何より自分自身が生き残る事すら出来なかったかもしれない。
「だいじょぶ?」
聖の顔を覗き込むレリー。吸い込まれるような瞳に見つめられ、聖の顔が紅くなる。あの時、棒で戦った自分がいたからこそ、こうやってレリーと出会うことが出来た。なら、結果オーライと言えるだろう。
「え、ええ。大丈夫っす」
「そ」
その返事を聞いたレリーは、スッと聖の側から離れてしまう。思わず残念がる聖だったが、何とか顔には出さずに済んだ。




