君を僕が見つけた日 9
「孤児院からの依頼だとしても折り合いつくかどうかってところっすからね。子供の独断じゃあ、けんもほろろもいいところっすよ」
ティファナが軽い調子で毒づくが、そこに非難の色は無い。その場にいた彼女から見ても、冒険者達の判断は正当だったのだろう。
「でまあ、たまたまその場にいた、アタシがこうやって連れてきた訳で」
「たまたまって、また昼間から呑んでたんですの?」
呆れたように言うマリエラに、ティファナは悪びれた様子もなく答える。
「情報収集っすよ、情報収集。いいじゃないっすか。おかげでこの子とも出会えたんすから」
ティファナの腕の中で少し落ち着いた少年が、握りしめていた袋をおずおずと差し出してくる。それを受け取ったマリエラは、テーブルの上にそっと中身を広げた。
僅かな銅貨の他は、綺麗な石やおもちゃの指輪、小さなぬいぐるみと言った子供達の宝物であろう小物だった。
友達が、先生が、帰ってこなくて居てもたっても居られなかったのだろう。子供達は一縷の望みをかけて宝物を少年に託したのだ。
聖にはその子供達の気持ちが痛い程分かった。自分もまた、一縷の望みをかけてこうして異世界へ転生してきているのだから。
子供達の宝物を見つめる聖は、知らず知らずのうちに拳を固く握りしめていた。
これがゲームならこんなに熱いシチュエーションはない。これでこのシナリオにプレイヤーが乗ってこなければ、マスターはテーブルをひっくり返して帰っていいレベルだ。
しかし、現実はそうではない。子供達の気持ちや宝物に、命のリスクを冒す価値は無いのだ。
それでも、と聖は思う。それでも何とかしてあげたい、と。だが、今の聖にはその力はない。子供達も、高坂も、救う事は叶わない。余りにも無力だ。
それなら、と聖は思う。自分に出来る事はなんだろうか、と。今は自分も誰かに頼るしか出来ない。なら、少年の為に頭を下げる事が自分に出来る事じゃないだろうか。
レリーは簡単な冒険に行こう、と言っていた。だから京平を探してくれという話をしたのだが、これを子供達を探してくれに変えられないだろうか。
もしかしたら、今回は京平に会えなくなるかもしれない。だが、事情を話せば京平も分かってくれるだろう。
そんな聖を見つめていたレリーは、小さな微笑みを浮かべる。聖は自分の考えを纏めるのに必死で気付いていない。
やがて意を決してレリー達に声をかけようとした聖だったが、それより早くジェノが動いた。
「確かに、これじゃどうしようもないな」
ジェノにしてみれば何気ない一言なのだろう。それは聖にも分かってきた。だが、彼女の言葉は何故だか絶妙に冷たく心に響く。
少年の顔が引きつる。思わず抗議の声を上げようとした聖だったが、ジェノが言葉を続ける方が早かった。
「行くよ、マリエラ。お前、鎧着るのに時間かかるんだから、さっさとしないと」
マリエラはその言葉に嬉しそうに返事をし、立ち上がる。
「はい、ジェノ様」
「えっ?ジェノ……」
状況の変化についていけず中途半端にジェノに呼び掛けてしまった聖は、案の定ジェノに噛みつかれる羽目になった。
「お前にジェノ呼ばわりされる筋合いはないと思うんだが」
今までになく鋭い目で睨まれる。割と本気で腹を立てているようだ。
「あ、すいません」
その様子にレリーが何かに気づいたようにポンと手を叩いた。
「そだ、紹介とかしてなかった。えっと、彼女がジェノサイド。みんなだいたいジェノって呼んでる。私の従者」
「ジェノ……サイド?」
名は体を表すというが、流石にジェノサイドは酷すぎやしないだろうか。そう思った聖だったが、そのインパクトに気が付けばオウム返しに呟いてしまっていた。
しまったとばかりに怯えた目をジェノに向けると、彼女は呆れたように大きなため息をついている。
「誰がジェノサイドですか。どっちがジェノサイドするかって言ったら主の方でしょうが」
「私レリーだもん。ジェノじゃない」
「私だってジェノサイドじゃないんですよ」
もう一度ため息をついたジェノは、改めて自己紹介をした。
「ジェノクレスだよ、ジェ・ノ・ク・レ・ス。まあ、長いし面倒だしジェノさん、でいいけど」
自分の名前を長いと言ってしまうのもどうかと思ったが、口には出さない。
「で、そのジェノの愛人のマリエラとティファナ」
紹介された二人は、それぞれ聖に手を振ってみせる。恋人をすっ飛ばして愛人とか、気になる点はあるがやはり黙っておく事にした。
ジェノに対しては、口は禍の元、という言葉が色々な意味でしっくりくる気がしてならない。
「で、この子が異世界から転生してきたナオエ・ヒジリ。私の弟子」
紹介されて頭を下げる聖。
「弟子?何のっすか?」
驚きを隠せないティファナ。彼女達にとっては、聖が異世界から転生してきた事よりレリーの弟子になった事の方がセンセーショナルらしい。
「パラディン」
胸を張って答えるレリーだったが、それを聞いたティファナは憐みの目で聖を見た。
「確かにレリーは凄いパラディンっすけど、師匠はもっといい人がいると思うっすよ」
揃いも揃って師匠としてのレリーを否定する辺り、何か問題があるのかと少し不安になる。
「だいじょぶ。任せて」
レリーの自信もそれはそれでどこから来ているのか分からない。
「まあ、アタシらの周りにはまともなパラディンなんていないっすから、別にレリーでもいいかもしんないすね」
そういうティファナの視線はマリエラに向けられている。その視線に気づいたマリエラは一瞬ムッとした表情を見せたが、すぐに笑顔に戻りジェノの方に視線を向けた。
「さ、参りましょう、ジェノ様。急ぎませんと」
「そうだな」
ジェノと共に急いで部屋を出ていこうとしたらマリエラだったが、ティファナが慌てて二人を止めた。




