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君を僕が見つけた日 5

「よくある事だから気にしない」


 そう言って聖の肩に手をやる。

 暖かな力の波動とでも言うのだろうか。聖が感じた事のないような力が、レリーに触れられた所から拡がっていくのが分かる。その波の拡がりとともに、負っていた傷が塞がっていく。


「!」


 初めて目の当たりにするその力に、聖は言葉も出ない。彼女の力の源泉が何かは分からないが、自分達が探し求めている力が存在する世界ではありそうだ。

 遂に、本当に、当たりの世界を引けたと、聖はレリーの力に身を任せつつ感動に打ち震える。

 やがて波が全身に行き渡ると、傷は全て癒え、痛みや疲労もすっかり消えてしまっていた。


「はい、おしまい」


 レリーは軽く背中を叩くと、聖から離れる。


「あ、ありがとうございます」


 礼を言おうと頭を上げた聖の視界に、タオルを取り去ったレリーの姿が飛び込んでくる。


「すいません!」


 慌てて謝った聖だったが、せめてその姿だけは目に焼き付けておこうと視線は外さない。

 レリーはそんな聖を気にすることなく、隅に置いてあった物入から着替えを取り出し、手早く身に着けていく。


「ああ、着替えが、早い……」


 ノースリーブのシャツにショートパンツ姿へと着替えを終えたレリーは再びベッドに腰かけ、落ち込む聖へと目をやる。


「もっと見てたかった?」


 組んだ足に肘をつき、聖を見つめている。その姿はまさに異界の美という言葉に相応しく、聖の目は惹きつけられてしまう。黒で統一された服から伸びる白い手足が、妙に艶めかしい。


「それで旅の目的は?行きたい所があるなら案内するよ」


 レリーに問われ、またもや答えに窮する聖。おそらくレリーはいい人だ。話をしても大丈夫な気がする。問題があるとすれば、自分の話が荒唐無稽な事だろう。異世界からパラディンになる為にやってきた、という話を誰が信じるだろうか。

 少し考え込んだ聖だったが、すぐに意を決して話し始める。悩んだところで仕方がない。今、レリーを信じられないならば、この先誰と会っても信じられないに違いない。


「パラディンに会いたいんです」

「パラディン?」


 驚いた表情を見せるレリー。その驚きように不安を覚える聖。


「えっ?あー、いないですか?パラディン」


 レリーはそれには答えず、得意気な顔で小さく胸を張りその胸を軽く掌で叩く。だが、聖にはその仕草の意味が理解出来ない様子で首を傾げている。

 レリーは咳払いをしてもう一度同じ動作を繰り返すが、聖は首を傾げたままだ。


「もう。どして分からないかな。私がパラディン」

「えっ?レリーさんが!?」


 予想してなかった状況に理解が追いつかない。


「慈愛の聖騎士って呼ばれてる」

「ジアイノセイキシ?」

「うん。遍く者に愛を説く。慈愛の聖騎士!」


 なるほど慈愛か、と納得しかける聖だったが、さっきのは自分の思っている慈愛ではなかった。


「で、パラディンに会ってどうするの?」


 色々な意味で想定外なパラディンとの遭遇に呆然としている聖に、レリーが問いかける。


「それは……」


 口ごもる聖。

 目の前の少女から感じる力は相当なものだ。実際にその力の一端は身をもって体験している。マンティコアを一刀両断にした腕にしろ、自分を癒した力にしろ、駆け出しというレベルではないだろう。


「私で良ければ話聞くよ」


 そんなパラディンが話を聞いてくれるというのだ。これを千載一遇のチャンスと言わずして何と言えよう。

 慈愛、という言葉の意味の認識の違いに一抹以上の不安を感じない訳ではない。だが、そんな不安も霞んでしまう程、レリーに惹きつけられる何かがあるのも事実だ。


「実は……」


 意を決して話し始める聖。


 自分は異世界の人間である事。

 不治の病に侵されている幼馴染の事。

 パラディンの持つ癒しの力ならその病を治せるかもしれないと考えた事。

 そして転生の神の力を借りてこの世界にやって来た事。


 順を追って話してみて、我ながら滅茶苦茶な話をしていると思わざるを得ない。

 そもそも『聖騎士王(パラディンおう)』になると言い出した時点で正気じゃないと言われても仕方がない話だ。さらに転生の神まで出てきては、まともに取り合ってもらえなくても文句は言えない。

 だが、そんな聖の話をレリーは真剣な表情を崩すことなく聞き終えた。


「なるほど。病気の幼馴染」


 そして何かに納得するかのように一つ二つ頷く。


「それで、ヒジリはどしたいの?」


 レリーはそう言うと真剣な眼差しでじっと聖を見つめる。

 意外とあっさり受け入れられたのは拍子抜けであるが、信じてもらえたのならばこの機を逃すわけにはいかない。


「パラディンになって、幼馴染を、高坂を助けたい。だから、俺を弟子にしてください」


 そう言って真剣な面持ちで深く頭を下げる。そんな聖を、レリーは慈愛に満ちた笑顔で見つめていた。

 見込みはある。短い時間ではあるが、出会ってからの言動を見ているとそう思える。


「いいよ。弟子にしたげる」


 彼女自身、自分でも驚くくらいあっさりと了承した。今まで誰かを育てる等とは考えた事もなかったのにである。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 喜びを爆発させる聖を見ながら、レリーはどうしたものかと頭を悩ませる。

 弟子にするとは言ってみたものの、具体的にどうしたらいいかは全く思いついていない。


 レリーは所謂天才だった。誰もが驚く程の天賦の才を持って生まれた少女は、自然とパラディンになる道を進んでいた。

 特に誰かから何かを学んだという記憶はない。パラディンである父の背中を見て育った少女は、見様見真似でその技を習得していったのだ。

 いざ、人を教えるとなった今、何をどうしたらいいのか、さっぱり分からない。


「……とりあえず、習うより慣れよ、だね」


 その技を磨いたのは冒険生活の中でだ。冒険に連れ出せば、聖の素質も開花するかもしれない。

 乱暴な考え方だが、他にいい案も思いつかない。


「一緒に、簡単な冒険にでも行こうか」


 レリーの口調は散歩に行こうかといった感じの気楽さだったが、彼女の簡単のレベルが推し量れない聖は即答しかねた。

 マンティコアを一刀両断する彼女である。いきなりあのレベルを要求されるとなると無理ゲーだ。

 そこで、ふと一つの案に思い当たる。


「あ、それなら一つお願いしたい事があるんですけど」

「なに?」


 転生してきてから気にはしていたものの、展開の速さに等閑にしていた京平の行方の件だ。


「一緒に転生したはずの友人を探すのを手伝って欲しいんです」


 人探しならそこまで危険な目に逢う事もないのではと思うのだが、問題は京平の居場所について皆目見当がつかない事だ。

 この世界がどれくらいの広さなのか分からないが、何の手掛かりもなく人を探すのは相当難しいだろう。

 そもそも自分がマンティコアの目前に放り出されたように、京平も危険な場所からスタートしている可能性もある。その場合、既にこの世界から居なくなっている事すら考えられる。


「友達も来てるんだ。どして一緒じゃないの?」


 レリーが疑問に思うのも至極当然だろう。


「転生先はランダムなんです」


 聖の答えがピンと来なかったレリーが小首を傾げる。


「……どこへ飛ばされるか、転生してみないと分からないんですよ」

「どして?」


 聖の答えに納得のいかない様子のレリー。


「……転生させてくれる神様がそう言うんで」


 あんなのでも神であることには違いが無い。その神がそう言う以上、聖達にはどうしようもない。


「そっか、それは面倒だね」


 心当たりでもあるのだろうか。神、という言葉が出た途端、レリーはあっさりと納得した。


「じゃ、あの子を呼んだ方が早いかな。ついてきて」


 レリーはそう言って立ち上がると、さっさと部屋から出ていく。慌てて聖も後を追った。

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