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君を僕が見つけた日 3

 敵の攻撃を避け続けてどれほど時間が経ったであろう。疲労もピークに達し回避も覚束なくなり今や全身傷だらけだ。

 いよいよ限界を感じた聖のその耳に、背後から誰かが走ってくるような足音が届く。


「しゃがんで」


 その人物はこの場にそぐわない落ち着いた声で、聖に呼び掛けた。聖は訳が分からないながらも、その言葉に応え、崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 その聖にまさに噛みつかんとしてたマンティコアの牙が空を噛む。そこに乱入者の姿を認め、慌てて上空へと逃れようとする。


「ごめんねー」


 さほど悪いと思っていなさそうな声の主はそう言うと、聖の背を踏み台にマンティコアめがけて飛び上がった。


「ぐぇ」


 踏むというよりかは蹴り飛ばす、と言った方が合ってるのではないかという衝撃。抵抗する力も残っていない聖はその勢いのまま地面を転がった。

 そんな聖の目に映ったのは淡い緑の髪を風に靡かせた漆黒の鎧に身を包んだ戦士である。恐ろしい事にマンティコアより高い位置まで飛び上がっている。

 どれほどの力で踏まれたのか。下手をすればマンティコアのどの攻撃よりも痛かった可能性すら感じる。

 戦士は片手で剣を振りかぶり、そしてそのままマンティコアめがけて振り下ろす。その剣は狙い違わずマンティコアの頭を打ち砕き、そのまま一気に体をも引き裂いた。


「すげー」


 まさに一刀両断。見事な腕前だ。

 二つになったマンティコアに続き、戦士が地に降り立った。刀身の血を払い剣を鞘に納め、倒れている聖に目を向ける。


「大丈夫?」


 涼やかな女性の声だ。

 頷いて立ち上がろうとした聖だったが、激しい疲労感に襲われ体を起こす事すら一苦労だ。さらには緊張から解放されたからか、傷の痛みも感じ始めた。かなり痛い。


「……すいません。あんまり大丈夫じゃないです」


 聖がまともに動けないと見て取った戦士は、ゆっくりと近づいてくる。その途中、何か呟いたかと思うと、身に纏っていた鎧が掻き消えた。

 そこに現れたのは、少女と言っていい年頃の女性だった。タンクトップにショートパンツと、さっきまで鎧で身を固めていたとは思えないラフな格好だったが、鎧と同じく黒で統一されたそのファッションは、肌の白さを際立たせている。長めの髪は風に揺れ、日の光でキラキラと輝く。

 そんな彼女から、聖は目を離せないでいた。美人だというだけではない。自分よりも年下にしか見えないその女性の存在感とでも言うのだろうか。その圧倒的な何かに気圧され、ただただ見つめるしか出来ない。

 女性はそんな聖を気にする様子もなく、その傍にしゃがみ込むと興味深げにその姿を眺める。


「見ない格好だね。旅の人?」


 そう問いかけられて、我に返った聖は、何と答えたものかと一瞬悩む。


「……そんな感じです」


 結局当たり障りのない答えを返した。


「そか。それにしてもボロボロだね」


 女性も特に追及する事無く、聖の状態へと話題を変える。

 満身創痍なのは、言われるまでもなく聖にも分かっていた。改めてよく生きていられたものだと、自分のことながら感心する。


「私が治療したげる。おいで」


 女性はそう言って立ち上がる。聖もそれに続こうとするが、思うように体が動かない。


「はい」


 見かねた女性が手を差し伸べてくれるが、聖にはその手に掴まっていいのか、そもそも彼女に触れていいのか、判断がつかないでいた。


「?」


 その迷いを体が動かせないが故の逡巡と思った女性は、聖を抱え上げようと身を寄せてくる。慌てた聖は、傷だらけの体に鞭打って立ち上がろうとするが、体はその心についてくることが出来ず、結局再度倒れる羽目になった。


「無理しない」


 呆れたようにいいながら、再度聖に手を延ばす。聖は無駄な足掻きは諦め、その手に掴まり何とか立ち上がる。


「ありがとうございます。えっと……」

「レリー」

「ありがとうございます、レリーさん。俺は聖です。直江聖」

「レリーでいいよ。そゆの気にしないし」


 レリーはそういった後、少し不思議そうに聖の名前を呟く。


「ヒジリ、ナオエ・ヒジリ。聞かない響き。どこの人?」


 どこ、と聞かれ、再び答えに窮する聖。その様子を見たレリーは、ポンポンと軽く聖の肩を叩いた。


「話す気になったら教えて」


 そして何事か呟く。すると、レリーの横に一頭の馬が現れた。


「乗れる?」


 レリーの問いに首を横に振る。


「そう」


 レリーはさっと馬に跨ると、聖に手を伸ばしてくる。今度は大人しく最初からその手につかまり、馬上に引き上げられる。


「しっかり掴まって」

「いや、でも、血が……」


 そう言って傷だらけの体に目をやる。まだ血が止まっていない傷も多い。


「気にしないでいいよ。普段は私も血塗れになるし」


 そう言われてもと思うが、結局従うしか方法はない。おずおずとレリーの腰に手を回す。

 それを確認したレリーは、街に向けて馬を走らせ始めた。


「そうそう、襲われてた親子は無事だよ。まあ、無事に街に着けたから、私がこうやって来れたんだけど」


 レリーが馬を走らせながら聖に話しかける。レリーは普通に話しているが、結構な速さで走っている馬上である。

 聖も何か言おうとするが、その度に舌を噛んでしまい、結局何も話せないでいた。

 それに気づいているのか、そもそも答えを期待していないのか、レリーはレリーで言葉を続ける。


「どして助けたの?別に知り合いって訳でもなかったんでしょ?」


 レリーが逃げてきた親子と出会ったのは、街を散歩している時だった。必死で走って来たのだろう。息も途切れ途切れな彼女達が言うには、怪物に襲われていたところを見知らぬ男性に助けられたのだという。

 そこまでなら、それなりにある話だ。怪物を倒せる腕がある者なら、さっと退治してあわよくば助けた報酬を貰う、といった算盤が弾ける。

 だが、自らが囮になってまで襲われている者を逃がそうという話は、そうは聞かない。

 親子に頼まれたというのもある。だが、それ以上にその囮になった人物に興味がわいた。


「そんなにボロボロになるまで、よく避けてたね」


 助けに来てみれば、見かけない格好の男がひたすらマンティコアの攻撃を避け続けていた。それはもう見事な囮っぷりと言っていいだろう。レリーが助けに入る寸前まで、マンティコアはその存在に気付くことが出来なかったのだから。


「誰も助けに来なかったらどうするつもりだったの?」


 心底不思議そうにレリーが訊く。


「……考えてなかった」


 聖は舌を噛みながらも、何とかそう答える。

 とにかく親子を逃がさなければ、という思いだけで、さっきの自分は動いていたようなものだ。


「変わってるね、君」


 面白い、と小さな笑みを浮かべるレリー。思わぬ出会いだったが、悪くはない。

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