君を僕が見つけた日 2
「じゃ、行くか」
震えはまだ止まらないが、意を決して立ち上がる。
京平が戦うならどうするだろう。側にいれば何かいい手を思いついてくれるかもしれないが、残念ながらこの世界のどこに飛ばされたか分からない。
「とにかく粘って耐え忍んでチャンスを待つ、だよな」
京平が試合前によく言っていた言葉を思い出す。例えどんな相手でも、一瞬の隙も見せない等ということはそうそうない。後はそのチャンスを生かせる状況に出来るかどうか、だと。
今、自分はマンティコアにとって謎の存在である。これを生かすことが出来れば、親子が逃げるチャンスを作る事も出来るだろう。
一度大きく深呼吸し、気合を入れ直す。
「絶体絶命。されど一打逆転のチャンスでもありってとこか」
大事な打席へ向かう時のよう緊張した面持ちで馬車の陰から歩み出る。勇気を奮い立たせるよう口ずさむのは、『Wild Thing』だ。
一本を残し、残りの棒を如何にも意味ありげに派手に投げ飛ばす。相手を少しでも疑心暗鬼に陥らせることが出来れば、稼げる時間も増えるだろう。
そのマンティコアは上空から鋭い視線を向けてきている。
「マンティコアの知力ってどれくらいだっけな?」
聖は細かいデータは人任せにしてゲームを楽しむタイプだ。当然、マンティコアについてもゲームに出てきた時の朧げな印象しか持っていない。
「棘かなんか飛ばしてくる遠隔攻撃あった気がするんだよな。じゃあ、正体が分からない敵に迂闊に近づいてくるほど馬鹿ではない、よな」
マンティコアの知性と、それ以上に自分の記憶に一抹の不安を抱えながら、ゆっくりと馬車から離れていく。
棒をくるくる回し、時折屈伸、そして二度三度と素振り。無意識に打席へ向かう時のルーティンをなぞる。そのおかげだろうか。少し落ち着きを取り戻せた。
ある程度馬車から離れた所で足を止める。もっと恐怖を感じるかと思っていたが、いざ対峙してしまうとそうでもない。
「ちっちぇな」
現世の生き物と比べたら相当大きな部類に入るであろうマンティコアだったが、クプヌヌには遠く及ばない。
「あの経験も無駄じゃなかったって事か」
死んだ瞬間の嫌な感触を思い出し一瞬身震いした聖だったが、すぐに忘れ去ろうと大きく頭を振った。
ゆっくりと足場を均し、棒をマンティコアに向け挑発する。
「キサマ、ナニモノダ」
威嚇の唸り声と共に誰何するマンティコア。聖はニヤッと笑って答えた。
「通りすがりの元球児さ」
「……キュウジ?シラヌナ!」
マンティコアは一吠えすると、尻尾を振った。そこに生えていた棘が聖に向けて放たれる。
「!」
予想通りの遠隔攻撃。
自分に真っ直ぐに飛んできたその棘を、聖は手にした棒で打ち返そうとする。ビーンボールさながら一直線に体に向かってくるが、ストレートなら捉えるのは容易だ。
鈍い音と共に棒の真芯で棘を捉える。棘はそのまま棒にめり込んでいくが、聖は構わず振りぬいた。
「行ったー。これは行ったね、バックスクリーン一直線」
あまりの会心の手応えに、思わず暫く余韻に浸ってしまう。今ではすっかり野球から離れた聖だったが、体は感覚を忘れていない。真芯で捕らえたからか、棘は棒に深く刺さったままだが、ボールなら確実にスタンドまで運べた手応えだった。
「バックスクリーン?ナンノコトダ」
だが、怒気を含んだマンティコアの声で現実に引き戻される。
「伊達にエースで四番だった訳じゃないんでね。そんなボールじゃ甲子園なんて夢のまた夢だぜ」
「コウシエン?サッキカラワケノワカラヌコトヲベラベラト!フユカイダ!」
尻尾を振るい、次々と聖に向けて棘を放つ。
「ハハハ、まるでバッセンだな」
素直な球筋ならぬ棘筋である。打者としても将来を嘱望されていた聖にしてみれば、打ち返すのは造作もない。
だが、手にしているのは所詮有り合わせの棒である。そう長くはもたない。何本か打ち返したところで派手に砕け散る。
「クダケタゾ。コレデオシマイダナ」
勝ち誇ったマンティコアがさらに棘を飛ばしてくる。聖は素早く左右に目を走らせ、先ほど投げ捨てた残りの棒の位置を確認する。
「まだまだ!」
地面に転がり棘を避けた聖は、そのまま予備の棒へと駆け寄り拾い上げる。そして再び棒の先をマンティコアに向けて挑発。
「来いよ。次は流し打ってレフトか、それとも引っ張ってライトか、どっちに叩き込んでほしい?」
不敵に笑う。この世界に野球は存在しないのだろう。関連する言葉を理解できないマンティコアは、イライラを募らせている。
緩急をつけることもなく、単調に棘を飛ばしてくる。
「もうちょっとカルシウム取ろうぜ。クプヌヌの話聞かされた俺達も、そこまでイライラしなかったぜ」
そう言いながら次々と棘を打ち返す。その事がまたマンティコアを苛立たせる。
何本か打ち込めば棒は砕けるが、その都度新しい棒を拾われ、また打ち返される羽目になるのだ。同じことの繰り返しに頭に血が上ってしまい、もはや聖の姿しか目に入っていない。さっきまで襲っていた馬車の事など完全に忘れてしまっている。
今なら逃げられるはず。チラッと馬車の方に目をやる。
聖のその思いが通じたのか、親子は馬車から離れるように走り出していた。そしてその事にマンティコアは全く気が付いた様子がない。
あと少し耐えれば親子は逃げ切れる。ならば……
「これだけ打てれば、五回コールドだな。地区予選の一回戦でもこれよりマシだぜ」
とどめの挑発。意味を理解できないも、激しく馬鹿にされたことは理解できたのだろう。マンティコアの怒りは頂点に達しようとしていた。
「ヌウウ」
残りの棘を怒りに任せ次々と打ち出すが、これもまた全てを聖に打ち返された。
「どうした、もう終わりか?」
ここまでは上手くいった。最初は遠距離攻撃との読みが当たったからだ。ほぼ無傷なのは想像以上に上出来だ。
だが、棘を打ち尽くした以上、次は接近戦を仕掛けてくるだろう。逃げてくれる、という淡い期待が無いわけでもないが、怒り狂っている今の状況では望み薄だろう。
案の定、マンティコアは聖に向かって真っすぐに滑空し、鋭い爪で襲い掛かってきた。それを避けたかと思うと、次は噛みついてくる。さらには地に降りたかと思えば横に飛び退ったりと、棘の攻撃とは違い変化に富んだ攻撃を仕掛けてくる。
「これはまずい……」
何とか避けてはいるものの、段々と旗色は悪くなっている。すぐに疲労の色が濃くなり、動きに精彩を欠きだす。
遠くからの棘の攻撃と違い、その巨体を間近に感じながらの戦いである。爪を避けてもその風圧を感じるし、牙を避ければその息を感じる。精神的なプレッシャーも半端ではない。
そもそもマンティコアに対して攻撃する手段を持っていないのだ。防戦一方ではじり貧になるのも当然だろう。体力に自信がある聖ではあったが、心身共に追い詰められつつある事を実感していた。
「……及第点かな」
親子を逃がすという最低限の目的は果たした。パラディンがいるかもしれないこの世界を体験できないのは残念だが、また次の機会もあるだろう。何ならスペシャルガチャですぐに戻ってきてもいい。
どんな時でも前向きに考えられるのが聖のいいところだ。
「ま、ぎりぎりまで粘るけどさ」
何が正解か分からない転生体験。今ここで粘る事が将来何かの役に立つかもしれない。クプヌヌに殺されたことすら、今この瞬間、役に立っているのだ。
だからこそ最後まで諦めるわけにはいかない。
決意を新たにした聖は驚異の粘りを見せる。そしてその粘りが奇跡を呼ぶ事になった。




