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君を僕が見つけた日 1

「松永、キレてんなぁ……」


 転生の度に襲われる、意識がどこかに吸い込まれるような嫌な感覚に悩まされながらも、聖は隣で吠えた穂波を思いやる。流石にあの神の態度なら穂波が怒るのも無理はない。


「それにしても、この感覚だけは慣れないなぁ」


 精神的には慣れていないと感じる聖だったが、肉体的には対応しつつあった。軽い眩暈に襲われたものの、すぐに立ち直り辺りの風景に目を向ける。

 草原らしい淡い緑に覆われた大地に、おそらく道であろう緑が剥げ土が露出した筋。その筋を追うように遠くへと目をやると、灰色の大きな建造物が見えた。

 目を凝らすと、どうやら石か何かで作られた壁のように思える。さらにその壁の奥にも、何か建物が在るように見える。


「これは……」


 今までで飛ばされた中では、一番ファンタジー世界っぽい風景である。

 聖は期待に胸を躍らせ、神からのクエスト発表を待った。こんなにもクエストを聞くのが楽しみなのは初めての事だ。


「それでは、ワールドクエストを発表しよう」


 そんな聖の気持ちを察したわけではないだろうが、すぐに神の声が聞こえてくる。


「一つ。パーティーを組んで冒険に出てみよう。報酬、初めての冒険セット。

 一つ。戦闘を体験してみよう。報酬、ちょっといい盾。

 一つ。誰かの依頼を達成してみよう。報酬、ちょっといい鎧。

 以上、君達の健闘を祈る!」

「これは来た。それっぽいクエスト来た」


 一瞬、テンションが上がりかけた聖であったが、すぐに現状を思い出し一つ大きなため息を吐いた。


「しかし、あれだな。京平が言うように、このガチャ、絶対悪意があるよな」


 辺りを確認した際、目の端に捉えた不穏な風景。

 最近、しばしば嗅ぐ羽目になっている血生臭さ。

 そして上空から聞こえてくる何かの羽音。


 遠くに見えたファンタジー風な建物に期待をかけ、それ以外のろくでもない状況を示すその全てからあえて目を逸らしていたのだが、ここがファンタジー世界だとしたらそうも言っていられない。

 改めて自分の置かれた立場を確認する。背後には、何かに襲われたのだろう横倒しになり半ば壊れた幌馬車。曳いていた馬は血を流して倒れている。近くに人がいるかどうかまでは判断できない。

 そして上空には幌馬車を襲ったであろう生き物の姿。逆光でよく分からないが、四つ足の動物に羽が生えているようだ。


「あれ何だったっけ?キメラ?」


 額に手を翳し、何とかよく見ようとする。どうやら頭は一つしかなく、そこだけ妙に人のようだ。


「ああ、あれだ、マンティコアだ」


 ますます、この世界が望みのファンタジー世界と言う可能性が高まってきた。ならば、何としてもこの状況を脱しなければならない。ティラノザウルスに喰われた如くマンティコアにすぐに殺られてしまっては、貴重な一回の体験を無駄にする事になってしまう。

 そのマンティコアは何かに逡巡するかのように、聖に視線を向けながら上空を旋回していた。急に現れた見慣れぬ姿をしている聖を警戒しているのだろう。

 とは言え獲物を襲っていた最中の魔物である。しばらく様子を見て、その聖が攻撃してこないとみるや、襲撃を再開しようと幌馬車の方へと向き直る。


「っ!やっぱり誰かいるのか。そりゃいるよな」


 とりあえず馬車に向かって走り出す。自分を警戒しているのならば、その自分が馬車へ向かう事で少しは時が稼げるかもしれない。

 そして、その聖の予想は的中した。

 完全に破壊してしまおうという勢いで馬車へと向かっていたマンティコアであったが、その馬車へと向かう聖を確認すると慌てて上空へと飛び退る。そのまま不満気なうなり声を上げつつ、再び旋回を始めた。

 その隙に聖は馬車の陰へと滑り込む。


「!」


 そこには親子らしい三人が隠れていた。母親らしき女性と少年少女。襲撃のせいか少し汚れているものの、その身なりは決して悪くない。

 勢いよく飛び込んできた聖に、三人は怯えた表情を見せる。いきなり見慣れぬ恰好をした男が現れたのだ。無理もない。


「大丈夫ですか?」


 聖の問いかけに、母親が無言で頷く。見た感じ怪我もなさそうだ。


「他に人は?」


 今度は首を横に振る。三人で旅に出る風にも見えない。御者等は親子を置いて逃げ出したといったところか。


「なるほどね」


 シナリオの導入としては割とよくあるパターンである。これがゲームなら親子を助ける一択と言っていい。

 だが、これが現実となるとそう簡単ではない。親子を助けるということは、あのマンティコアと対峙する必要があるのだ。

 状況を理解した聖は、体が震えるのを感じた。決して、武者震いなどではない、恐怖からくる震えである。クプヌヌと戦った時もそうだった。あの時は、クプヌヌ・ハンターという心強い味方がいながらも、敵に恐怖し、傷つける事を恐れ、結局何もできないまま倒れてしまった。だが、今回は助けてくれる者も居ない。やるなら一人でやるしかない。

 一人なら逃げられる気がしない訳ではない。まだ、マンティコアは自分を警戒している。一人でこの場を離れようとしても、無理に追ってこない可能性は十分にある。

 高坂と他人の命、どっちが大切か考えろ。

 京平ならそう言うかもしれない。せっかくのチャンスを無駄にするな、とも。

 だが……


「答えはどっちも大事だし、チャンスも無駄にはしない、だ」


 自分を鼓舞するように大声を張り上げる。

 何より自分は『聖騎士王(パラディンおう)』になると宣言した男なのだ。ここでこの親子を見捨てるような男が『聖騎士王(パラディンおう)』になれる訳がない。

 突然の自分の大声に驚いた様子を見せた親子に、聖は明るく笑いかけた。


「走れますか?」


 無言のまま母親が頷く。


「よし。じゃあ、今から俺が出来る限りあの怪物を引き付けるんで、何とかその隙に逃げてください」


 自分の恐怖が伝わらないように明るく振舞ってみせる聖に、少年がおずおずと問いかける。


「お兄ちゃんは大丈夫なの?」

「ん?お兄ちゃんか?お兄ちゃん、こう見えて頑丈だから任せときな。その代わり、お兄ちゃんが心配しなくてすむように、しっかりお母さん達を連れて逃げるんだぞ」


 少年が頷く。それを見た聖はもう一度少年に笑顔を見せ、覚悟を決め立ち上がった。

 武器になりそうな物はないかと、辺りを見回す。折れた車軸や馬車の残骸等、手頃な大きさの木の棒しか見当たらない。


「……まさに冒険の始まりはひのきの棒で、だな」


 一本を手に取り素振りの要領で振り回してみる。バットのようで悪くはない。予備としてさらに何本か拾い集める。


「流石に声をかけてる余裕はないと思うんで、チャンスがあったら勝手に逃げて下さいね」


 三人が頷く。

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