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カレーなる冷やし中華 3

「イラッシャイ。イツモノセキドーゾー」


 鰻屋についた三人は、バイトのアールシュに笑顔で迎えられ、いつもの席に通された。今日も他に客はおらず、店主はカウンターで鰻の串打ちに余念がない。


「ホナミサン、キョウモキレイネ」

「ありがと」


 アールシュの社交辞令を軽くかわした穂波は、さっさと席に着き店内を見回す。最近は来店する度に新しいメニューの張り紙が増えているので、まず確認するのが習慣になっていた。


「……ホントもう、意味分かんないわね」


 すぐに真新しい張り紙を見つける。


「ニッポンノナツニハコレッテ、タイショウガイッテタヨ」


 お冷を運んできたアールシュの言葉に、穂波と京平は曖昧な笑顔で応える。


「それは分かるんだけどね……どんどん看板と乖離していってるから……私、うな重上の肝吸い付き」


 そう言いつつ看板からかけ離れた料理を注文する穂波。最近ここでカレーを食べてない事を思い出すが、注文を変える気はなかった。


「じゃあ、俺はマルゲリータ」


 京平もカレーを注文しない。


「何だよ、お前ら、もっとチャレンジしろよ」

「インド料理屋で鰻やピザ頼むのも、普通だと十分チャレンジだと思うけどな」

「せっかくだから俺はこの貼り紙の奴を選ぶぜ。冷やし中華お願いします」

「ハイ、ウケタマワリー」


 注文を取ったアールシュがカウンターの方へと去っていく。その背を見送った三人は改めて貼り紙へと目をやる。


「冷やし中華まで始めちゃったよ」

「ヒヤシチュウカハジメマシタハ、ニホンノナツノフウブツシダカラナ」


 三人の話を聞いていたのか、店主が口を挟んでくる。

 その言葉に貼り紙を張る為だけに始めたんだな、と悟る三人。店主もそれ以上何も言わず、鰻を焼き始めた。店内に香ばしい匂いが漂い始める。


「で、わざわざここへ来たって事は、神に何か聞かれたくない話があるって事か?」


 京平がそう切り出すと、穂波は真面目な顔で頷いた。


「一応、本転生に向けての仮転生って体だからね。致命的にヤバそうな話は、あそこでは避けた方がいいかなって。まあ、相手は神らしいしバレてるかもしれないけどさ」

「あんなんでも神だもんな」


 同意するかのような京平の呟きに、穂波は肩を竦める。


「ま、転生出来てる間は茶番だろうが何だろうが、今の状態を維持すべきだと思うけど」


 それについては京平達にも異論はない。


「で、その転生なんだけど。『ぱらでぃんおう』を目指す聖に対して、私と京平が目指すべきが漠然としてるのよ。正確には漠然と言うにもおこがましい程、何も分かってない」


 またもや穂波から発せられた『ぱらでぃんおう』にダメージを受けている聖を尻目に、京平と穂波の会話が続く。


「そうは言っても実際何を探していいか分からないんじゃ、手の打ちようもないだろ」

「そう、そこよ。探すべきが、人なのか物なのか場所なのか、はたまたもっと別の何かなのか、私達ってそんな事すら分かってないじゃない?そんな状態で異世界へ行ったって、そうそう上手くいくわけないと思う訳」

「それ以前の問題って気もするがな」

「ガチャ運の悪さはどうしようないけどね。私なんかずっと日本だもん。でもさ、だからこそ、当たりを引いた時に最善の行動が取れるよう準備しとくべきだと思うのよ」


 穂波の意図を理解した京平が大きく頷く。


「なるほど、情報収集か」

「そう言う事。せめて、病気を治す手段として異世界にはどんなものがあるのかだけでも分かれば、転生した時に探す目安になるんじゃない?」

「確かにな」


 もっともな穂波の考えに、頷く京平。


「だから、幾つか他の異世界について知っている人に話を聞けたらいいなって」

「そうだな」


 そう言って頷きあった二人だったが、どうしても拭いされない不安が一つあった。


「問題は、あいつがちゃんとした転生者を紹介してくれるかだな」

「そこよね」


 穂波も同じ不安を抱えていたらしい。眉をキュッと顰めている。


「転生者紹介ガチャとかやりかねんだろ」

「それならそれでいいじゃん。当たりっぽい人が出るまで引けばいいだけだもん」


 あっさりと言い放つ穂波を、感心したように見つめる京平。勝負所とみるや課金をも躊躇わない思い切りの良さは、見習うべきものがある。


「ま、ダメもとで切り出してみた話だからね。いい人紹介してもらえたらラッキーって事で」

「そうだな。上手くいけば状況改善、悪くてもせいぜい石の散財で済む話だもんな」

「でしょ。せっかくのチャンスなんだもん。やれることはやっていかないと」

「ハイ、オマチ」


 話が一段落ついたと見たアールシュが料理を運んでくる。鰻重とピザのいい匂いが辺りを支配する。


「む。こうなると冷やし中華はやっぱりあっさりしすぎるな」

「ナンダ、ヒジリ、モノタリナイカ?ジャア、イイモノアルゾ」


 残念がる聖の呟きを聞きつけたアールシュは、待ってましたとばかりにエプロンのポケットからサッと筒状の何かを取り出す。

 そして止める間もなく、その中身を盛大に冷やし中華にぶちまけた。


「ナンデモオイシクナルマホウノコナネ。ジャ、ゴユックリー」


 そう言うと、辺りに存分に香辛料の匂いを撒き散らしカウンターへと帰っていく。


「マサラだ」

「マサラね」


 小声で確認しあう京平と穂波。聖はと言うと、何とも言えない表情で粉塗れの冷やし中華を見つめていた。


「冷やし中華(インド風)」


 穂波がボソッと呟いた一言がツボに入った京平は、堪らず笑いだしてしまう。


「いやもう、それ、ホント訳分かんねぇから」

「いいから、さっさと食えよ。いただきます」


 半ばやけくそ気味にそう言った聖は、豪快に冷やし中華を混ぜると一気にかっ食らう。


「どう?」


 その様子を面白そうに見ていた穂波に聞かれた聖は、ボソッと答えた。


「冷やしカレー中華そば」

「だと思った」


 穂波達はひとしきり笑い、それからそれぞれの料理に手を付ける。


「明日からも頑張らないとね」


 穂波が、明日への活力とすべく鰻を噛み締めながらしみじみと呟き、京平達も同意するように頷く。

 ゴールはまだ見えないが、それでもやるしかないのだと、決意を新たにする三人だった。

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