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デザート・モンスター 13

「松で」


 聖がため息とともに一万円を賽銭箱に突っ込む。


「あっりがとうございます。一万円お納めいただきましたので、一万二千転生石の授与となりまして、そこから五千転生石引かせていただきます」


 笑顔で手帳にメモする神。


「で、ありがたいお言葉ってのは?」

「先ほどからお二人、倫理観とか仰ってましたけど、そんな難しい話ではないと思うのですよ」


 そう言いながら神は自分の周りを飛び回っていた蚊を叩き潰した。


「ね?」


 そう言って二人を見るが、全く通じていないのか冷たい視線が返ってくる。

 神はわざとらしく大きく咳払いをすると、説明を始めた。


「これと同じという事ですよ。蚊だとかゴキブリだとか、あなた達だって自分達に害があると思うと容赦なく叩き潰しているじゃないですか。さっきの世界ではその括りにクプヌヌが含まれているだけ。あの世界の人にとって、クプヌヌは叩き潰すべきゴキブリなんですよ」


 近くにあった新聞を手早く丸め、床を素早く叩いて見せる。


「その世界にいる間はその世界の価値観で生きていたって誰も文句は言いません。と言うか、寧ろ、こっちの価値観を持ち込む方が問題なんです。転生者と現地人の間に軋轢を生む元になりますから。敵が沢山いるような世界なら敵を倒す、そう言った転生先に対応する覚悟は必要だって事です。郷に入れば郷に従え、ですよ」


 それはその通りなのかもしれない。現に先の世界でクプヌヌをなかなか撃てなかった京平に対する妙菫のプレッシャーは凄い物があった。ゴキブリを目の前にして生き物だから潰すのは無理です、と言っているのだとすれば、妙菫がイライラした気持ちも分かる。


「まあ、そう言った転生の際のギャップを無くす為にあるのが、この『おねがいリンカーネーション』キャンペーンなんですけどね。転生!敵だ!ヒャッハー!と言う覚悟が出来ないのであれば、そう言った世界に本転生しなければいいのです。自分に合わない異世界を見つけただけでも仮転生で体験された価値はあると思いますよ。いやぁ、いいシステムですよねぇ」


 最後は自画自賛で締める神。確かにその通りかもしれないが、やはりそう簡単には割り切れる物ではない。

 難しい顔で考え込み続ける二人に、神が問いかける。


「まだ何か引っかかっているんですか?」

「いや、言わんとしてる事は分かる。分かるが、五千円取られたことにムカついてる」

「何て事を言うんですか。せっかくあなた達の事を思ってアドバイスしたというのに」

「アドバイスについては理解した。理解した上で五千は高いって言ってるんだよ。せいぜい五百がいいところだ」

「いやいや、転生したら敵性生物をぶっ殺していいって神に言ってもらってるんですよ。言わば転生時に免罪符を貰ってるようなものじゃないですか。免罪符が五千え……五千転生石で貰えるなんてお得以外の何物でもありませんよ」

「神が物騒なこと言ってんじゃねえよ。そのぶっ殺すが難しいから困ってるんだろうが。だいたい、あんたに貰った免罪符にどんな効果があるってんだよ」


 京平と神がいつもの如く程度の低い言い争いを始める。その掛け合いを聞きながら、聖は自分の未来へと思いを馳せていた。


「価値観ねぇ……」


 もし、またその時が来たら、自分は生き物を殺せるだろうか。そう自分に問いかけた聖だったが、答えは出そうにない。

 そう難しい顔で考え込む聖の前に、唐突に穂波が姿を現した。


「あれ?二人とも還ってたんだ」


 少しばつの悪そうな表情を見せる穂波。


「おかえり。早かったんだな」

「そっちこそ。てかさ、あの二人は何してる訳?」


 口論を続けている京平と神へと視線を向ける穂波。どうせろくでもない事だろうとは思うが、念の為確認してみる。

 そんな穂波にありがたい御言葉の件を説明する聖。聞き終わった穂波は複雑な表情を見せた。


「まあ、五千円が高いのは間違いないけど……言わんとしてる事は分かる」

「意外。松永はもっとキレるかと思った」

「聖は私を何だと思ってるのよ。まあ、五千円にはキレてもいいのかもしれないけど、敵を前にした時に戦う覚悟がないってのは事実じゃん。それを改めて分からせてくれたという意味では、ありがたい御言葉と言えなくもない」

「そっちも何かあったのか?」


 水を向けられた穂波は、少し悩んでから話し始めた。


「ま、死んだ二人に比べれば大した話じゃないんだけどね。ちょっと米騒動に巻き込まれまして……」

「米騒動……」

「そ。で、その時に騒動に参加する事も止める事も判断出来なかったのよ。まあ、私が何かしたところで状況が変わるとも思えないんだけど、何も出来なかったのよね。で、結局騒動に巻き込まれて身の危険を感じたから還ってきちゃった」

「なるほど」

「頭では異世界だと理解していても、いざとなると何も出来ないものね。それこそ、覚悟が無いって言われても仕方がない」

「そうだな」


 聖が頷く。おそらく京平もそこは理解しているのだろう。それでもその御言葉に五千円に価値を見出せなかったのが京平で、意外にもギリギリ見出したのが穂波という事なのだろう。


「私の場合、三回転生して三回とも日本じゃん、というのは別のキレていいポイントだとは思うけど。ただ、覚悟って事を考えさせられたって意味ではありがたかったんじゃない?」

「……それを京平にも言ってやってくれよ」


 その京平は未だに口論を続けている。


「ダメよ。金額の割に効果が微妙な事は間違いが無いんだから、クソ運営をつけあがらさない為にも誰かが文句言わないと」

「そうなんだ」

「そうよ。てかさ、覚悟っていう意味じゃ、聖が一番大変なんじゃない?『ぱらでぃんおう』になるんでしょ?ファンタジー世界だと敵は切っても切れない仲じゃない」

「いや、だから、『聖騎士王(パラディンおう)』って松永に言われるとマジできついからやめてくれ」

「何よ。そこはちゃんと厨二心を燃やして耐えなさいよ」


 そう言って小さく笑った穂波につられ、聖も笑顔を見せる。


「そうだな、厨二心を燃やして、覚悟を決めないとだな」


 そう言った聖ではあるが、その表情にはまだ迷いが見える。


「ま、お互い追々頑張っていこ。今覚悟を決めるって言ったってさ。いざと言う時にどうなるかなんて、なってみないと分からないじゃん」


 そう言った穂波が大きな伸びをする。


「さて、今日は帰ろっかな」


 京平と神の口論は、未だに終わる様子がない。


「ほっといていいのか」

「いいんじゃない?家主と居候だもん。飽きたら勝手にやめるでしょ」

「それもそうか」


 二人は京平に向かって軽く手を振り、部屋を出ていった。


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