神が来りてホラを吹く 5
「それではワー……」
聖の姿が消えたのを満足げに確認した神は、ポケットの中から何やら小さな手帳を取り出し、パラパラとめくる。
そして目的のページを見つけたのか、何か読み上げ始めた次の瞬間、小さな驚きの声を上げる。
「えっ!?早っ!」
神のその呟きが聞こえるや否や、かき消えたはずの聖が姿を現した。
「おぅわーーーー」
「うおっ!?」
絶叫しながら現れた聖に、京平も驚きの声を上げる。
「ちょっとちょっと。何で早々に死んでるんですか?」
そんな神の呼びかけにも応えず、聖は叫びながら床をのたうち回る。
「聖、どうした?」
その尋常ならざる様子に、京平は慌てて駆け寄りその肩を揺さぶる。二人共、神の言葉は聞こえていないようだ。
「喰われた。今、喰われた。俺、ティラノに喰われた!」
「ああ、喰われたんですね。ダメですよ、死んじゃ。死んだらそこで転生終了ですよ、見ての通りに」
軽くパニックを起こしている聖に対して、神は何でもない事のように言う。
「それにしても早いですね。転生開始から十秒での帰還は新記録ですよ」
「チュートリアル開始十秒で死ぬとか、普通ねーよ」
京平が食って掛かるが、神は意にも介さない。
「大丈夫ですよ。通常、転生先で死んでもこっちに影響はありませんから。ほら、聖さんも無事でしょ?」
神に促されて改めて聖を見る京平。相変わらずのたうち回っているが、確かに怪我一つないように見える。
「聖、聖。落ち着け。お前、無事みたいだぞ」
「えっ?マジで?」
京平の言葉で我に返った聖は、自分の体を確かめてみる。言われた通り、怪我はない。
「まじかよ」
「言ったじゃないですか。安心安全な転生だって。ちゃんと人の話は聞いておいてくださいよ」
「なんか腹立つな」
「とまあ、以上がチュートリアルになる訳ですが……」
聖の言葉を受け流し、話を進めようとする神だったが、京平が物凄い勢いで噛みついた。
「いやいやいや、今のでチュートリアル終わりとか、どう考えてもおかしいだろ。チュートリアル十秒即死終了即本編とか、クソゲーにも程がある」
「そこまで言います?」
「普通言うだろ。チュートリアルで有無を言わせず恐竜に喰われるとかねーわ」
「確かに。チュートリアルで何も出来ずに死ぬゲームなんて無いよなー」
聖も同調する。
「えっ?ありますよ。ご存じありません?」
何故かちょっと勝ち誇った感じで訊いてくる神。
「は?」
一瞬、何を言われているか分からず困惑する二人。
「だから、あるんですよ。チュートリアルですぐ死ぬゲームが」
「あんのかよ!」
驚きの余り大声を出してしまった聖を見た神の表情は、なお一層勝ち誇ったものになる。
「ええ、ありますとも!四国無双ヴァンパイアというヴァンパイアアクションゲームなんですがね」
「ああ、そう言えばそんなのあったな……」
そのゲームの存在をすっかり忘れていた京平だったが、神に言われて思い出す。
「お、京平さんはご存じで?」
「ご存じっていう程、ご存じじゃねーよ。体験版で諦めた口だからな」
体験版とは思えないその難易度に、早々に投げ出した記憶が蘇る。
「ヴァンパイアゲーなのにステージが日中なもんだから、弱体化して農民にすら袋叩きにされるゲームだ」
「そこはヴァンパイアなんですから、吸血してパワーアップを図らないと」
「吸血しようにも何故かオッサンからは吸血出来ねーし、たまに出てくる吸血出来そうな美女キャラに近づいていったら速攻お手玉されて死ぬし、どうしろってんだよ」
「そこはテクニックですよねー」
自信ありげに自分の腕を叩いて見せる神。
「余りにもクソすぎて速攻投げたから忘れてたわ。て言うか、ちゃんと製品版出たんだ」
「当たり前じゃないですか。ヴァンパイアと化した長宗我部元親を始めとする群雄(四国のみ)が、オープンワールド(四国のみ)を所狭しと駆け巡る」
「狭っ、世界狭っ」
「昼間は弱体化!じわじわと体力が削られる中、敵兵(オッサン)の間を掻い潜り、敵将(美女)にお手玉される事無く吸血して勝ち進め」
「だから、なんでヴァンパイアゲーなのに昼間のステージあるんだよ!全部夜でいいだろ」
「マルチエンディングは複数パターン用意!そしてキャラエディットは何と驚異の二億通り!話題のヴァンパイアアクション、四国無双ヴァンパイア、遂にリリース!と、言うのが先週ですね」
「と言うか、出たの先週かよ。体験版やったのかなり前だぞ」
「いちいちツッコんできますねぇ。何ですか、そんなに気になるならやってみればいいのに」
そう言うと神はどこからかゲーム機を取り出し、さっさとテレビに接続してしまう。
「さ、どうぞ」
チュートリアル開始の画面でゲームを一時停止させ、コントローラーを京平に差し出す。渋々受け取った京平は、ポーズを解除しチュートリアルに挑んだ。
「だから何で昼間なんだよ」
みるみるうちに減っていく自キャラの体力ゲージを見ながら毒づく京平。とは言え、同じシチュエーションは体験版で経験済みである。とにかく、オッサン兵を避けて美女を探す。
「だいたい、なんでチュートリアルのキャラが一条兼定なんだよっ!ここは普通に長宗我部でいいだろ」
設定に文句を言いつつも、兼定を何とか操りゲームを進めていく。
「お、なかなかやりますね」
神が茶化してくるが、京平に応える余裕は無くなっていた。今やオッサンは次から次へと湧いてくる状況で、一瞬でも気を抜くと集られてしまってゲームオーバーである。
「いた!」
画面の奥に美女キャラを見つけた京平は、すぐさま兼定を向かわせる。迂闊に近寄ると瞬殺されるのは体験版で経験しているので、木の陰に隠れながら慎重に近付いていく。だが……
「やべっ、見つかった!」
「いけませんっ!そんな事をしては死んでしまいますっ!」
美女キャラは、そんな場違いとも思える台詞と共に一瞬で間合いを詰めてくる。
「嘘だろっ」
次の瞬間には兼定が宙を舞っていた。後は為す術もなくコンボを決められていくのを眺めるだけである。
「ね、すぐに死ぬでしょう」
「確かに」
神の言葉に、聖は変に納得したように頷いている。
「あれでも気付かれるのかよ……」
「まあ、相手はこのゲームでも最強クラスのキャラ、鶴姫ですからね。兼定でどうこう出来る訳ありません」
「……なんで、そんなキャラがチュートリアルに出てくるんだよ」
「そこは、わたくしがデザインしたわけではありませんので、何とも」
涼しい顔で答える神を一睨みすると、京平はコントローラーを投げ出した。
「ね、チュートリアルで死ぬ名作があるじゃないですか!」
「どこが名作なんだよ、クソゲーじゃねーか」
「自分の腕の無さを棚に上げるのはよくありませんよ」
「……あんたは出来るって言うのかよ」
挑戦的な京平に対し、神は不敵に笑ってみせる。
「当然じゃないですか。わたくしがどれだけこのゲームをやり込んでいると思うのです?」
そう言うと、コントローラを操作しセーブデータを表示する。
「……そこそこ気に入ってんだろ」
一週間前に発売されたゲームだとすると、この一週間どれだけプレイしているのかと言う時間が表示されていた。
「まあ、それなりには」
そう言うと、チュートリアルをプレイし始める神。最初は京平同様オッサン兵を避けながら進んでいくが、向かっていく方向が違う。しばらくフィールドを走り回り追手を撒いた神のキャラは、建物の陰に隠れてしまった。
「このまま十数分放置しておきますと夜になりますので、そこからが本番ですよ」
「……」
言葉を無くす京平達。誰がチュートリアルで十数分も放置する必要がある等と気付けるのだろう。
「とまあ、こんな感じでプレイしていけば、クリアも夢ではありません。わたくしですら七種類はエンディング見てますからね」
「一日一種類見てるんだな」
「まあ、今のところ、どれも第六天魔王に四国蹂躙されて終わってるんですけどね」
「全部バッドエンドじゃねーか」
「バッドエンドだろうが、何だろうが、エンディングはエンディングでしょう。辿り着く事が大事なのです」
そう言って胸を張る。
「ああ、もういいよ、四国無双の話は。今はこっちのチュートリアルの話だよ」
「そうは言われましても……」
何か言いかける神だったが、京平はさらに畳みかける。
「あ、言うなよ。上手くやれば逃げられたはずとか言うなよ。その上手くやる方法を学ぶのがチュートリアルだろうが。十数分放置するとか、普通は分からないからな。いきなりティラノの前に放り出されたって、普通は対処できないんだよ」
「……そうは言われましても、その世界を引いたのは聖さんですし……」
「じゃあ、何でそんな世界がチュートリアルのガチャに紛れてるんだよ。チュートリアルガチャなんて出るもん決まってるもんだろうが。そもそもチュートリアルなんて誰でも何となく何とかなるもんだろ普通」
のらりくらりとした神の態度に京平は徐々にヒートアップしていく。
「いや、うちは四国無双張りにガチでやってるので」
「四国無双とか、ガチとかそういう話じゃないんだよ」
「えっ?そうなんですか?でも、さっきの世界、割とレアなんですよ。そんな世界を一発で自模るとか、聖さん持ってますねー」
「いやぁ、それほどでも」
神の空ろなよいしょに、満更でもない様子の聖。それを見たせいで益々ヒートアップする京平。
「どう考えたって持ってねーだろ。チュートリアルすらまともに出来てないんだぞ」
京平がさらに神に詰め寄る。
「あー、もう、分かりました、分かりましたよ。五月蠅い人ですねぇ」
「人をクレーマーみたく言うなよ。至極真っ当な主張だろ」
「はいはいはいはい。じゃあ、詫び石出しますよ。出せばいいんでしょ。後、チュートリアルもやり直しで。これでどうです?」
「……詫び、石?」
「まあ、今回ですと一万転生石、と言ったところですかね」
「転生石……」
新たなワードに困惑を隠せない京平。
「じゃあ、ちゃんとこっちで付けときますんで、使いたくなったら言ってくださいね」
「まあ、詫び石出るならいいか」
あっさりと懐柔される聖。対して京平はいまだに納得がいかない様子だ。
「いいのかよ。お前、一遍死んだんだぞ」
「うーん、でも、こうして無事なんだし。詫び石出るなら、むしろラッキーじゃね?」
「駄目だ、こいつ。ソシャゲに毒されてやがる……」
死んだ当人が納得してしまっては仕方がない。京平もそれ以上の追及は諦め、代わりに気になった事を聞いてみた。
「で、その転生石とやらは、何に使えるんだ?」
「延長チケットと言ったオプションや、異世界の現地通貨への交換等々、色々ですね」
「いや、だから……その、色々について聞きたいんだが」
「まあまあ、その辺はおいおいと。兎にも角にも、チュートリアル進めないと、何も始まりませんよ」
「そうだな。確かに、その通りだ」
一度死んだショックはどこへやら。すっかりやる気を取り戻した様子の聖を見て、京平は色々諦めた。
「OK、分かった。もう、好きにやってくれ」
「それでは、気を取り直していきましょうか。京平さんはどうします?一緒にやります?」
神の問いに、京平は手をひらひらさせて拒否の意を示す。
「そうですか。じゃあ、今回も聖さんだけと言うことで。準備はいいですか?」
神の問いに、聖は握り拳で同意を示す。
「それでは、参りましょう。転生先に願いを込めて。レッツ、異世界ガチャ!」
神の言葉で、聖の姿は再び掻き消えた。