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デザート・モンスター 12

「あれ?今回はお二人とも死んじゃったんですか。御愁傷様です。しかしそれにしたって、ちょっと早くないですか?まあ、爆速と言う訳でもないですけど」


 現世で意識を取り戻した二人を呑気な神の声が出迎える。淹れたての紅茶に焼きたてのマカロンと、ティータイムを堪能していたらしい。


「あ、お二人も如何です?あまりにも冷蔵庫の中身が無さすぎなので、自腹で材料を買いに行っちゃいましたよ、ハハハ」


 だが二人とも茫然自失といった体で、神の言葉も耳に入っていない感じだ。


「何です?随分とテンション低いですねぇ。そんなにクプヌヌがお気に召しませんでした?」


 神はそう言いつつ例の手帳を引っ張り出すと、何やら確認するようにページを捲っていく。


「聖さんは二回目でしたよね。クプヌヌどうでした?と言うか、クプヌヌって何なんです?」


 矢継ぎ早に質問を浴びせてくる神だが、二人は全く反応しない。床に転がったまま拳を握り締めている。


「で、どうです?もう一回行ったらクプヌヌのマプージョンをクポヌカ出来そうですか?」


 神は神でそんな二人の様子を気にした様子もない。いつもの調子で軽口を叩いている。


「まあ、今回は聖さん達がクプヌヌにクポヌカされた訳ですが」


 上手い事言ったわけでもないのに一人でウケて笑っている。


「クポヌカ、クポヌカうるせーよ!ここは日本だ!分かる言葉を喋れ!」


 床を激しく叩いた京平が神を怒鳴りつける。


「少し黙っててくれねーかな」


 聖は聖で絞り出すような声で文句を言った。


「えっ?あっ、はい。すいません」


 普段の二人とあまりに違うその様子に、神も大人しく引き下がる。

 暫く無言の時が流れる。暇を持て余した神は紅茶に手を伸ばしかけるが、結局、思い直して静かに座っていた。


「くそっ、何も出来なかった……守れなかった……」


 後悔の念に駆られる京平。何かを掴むが如く天井に手を伸ばすが、その手には何もない。


「あのガキと約束までしたのに……」


 そのまま手で顔を覆い、再び黙ってしまう。


「そうだ、スペシャルガチャ!課金ガチャで、今から同じ世界に行けば……」


 いい事を思いついたとばかりに、勢いよく起き上がった聖に、京平は力なく首を振った。


「今戻ってどうなる。今の俺達じゃ、戻ったところですぐに殺されるのがオチだ」

「でも……」

「だいたい課金ガチャだって世界が指定出来るだけで場所はランダムじゃねーか。そう都合よく同じ場所には着けねーよ」


 京平も出来る事なら今すぐ戻りたいと思っているのだろう。だが、そんな京平が本心を押し殺して冷静な判断を下しているのだ。今はそうするしかないのだろう。そう思い至った聖は、また床に身を投げ出した。

 再び、無言の時が流れる。ティータイムに戻りたい神が二人の様子をチラチラ確認するが、二人とも呆然としたまま天井を見つめて動かない。


「……とりあえず、転生物の登場人物の適応力が凄いという事だけは理解した……」


 やがて、ぼーっとしたまま聖が呟いた。


「……それな」


 同じようにぼーっとしたままの京平も同意する。

 クプ腕に刃を突き立てた聖は、その感触に恐怖を覚えてしまったのだ。生き物に刃物を突き立てるという行為に想像以上のショックを受けてしまい、動けなくなってしまった。その時の感触が残る手を、聖は自分の物でないかのように見つめている。


「京平は、ショットガン、バンバン撃ってたじゃん」

「そうだなー」


 京平はその時の事を思い出してみる。

 京平にしても、いきなり撃てた訳ではない。

 そもそも最初の一射は妙菫が引き金を引いたようなものだ。


「まあ、効いてなさそうってのが大きいんだろうな。ほんと手応えないんだよ。だから、生き物撃ったていう実感がねぇ」


 あの様子だと傷すら付けられていなかっただろう。妙菫の言う通り大人を銀玉鉄砲で撃っていたようなものだ。本当に挑発か牽制程度の効果しかなかったのだろう。


「転生!敵だ!ヒャッハー!ってなるかと思ってたけど、そうはいかないな」

「普通の転生は一方通行だけど、俺達はこっちに還ってくるからなー。どうしてもこっちの倫理観に引っ張られるよな」


 愚痴る二人。


「やっぱり、その世界で生きる覚悟がないと難しいのかな」


 聖にとっては死活問題と言える。仮にパラディンになれるファンタジー的な世界へ転生出来たならば、戦闘は避けられないだろう。

 二人が普通に会話を始めたのを機にティータイムを再開していた神は、マカロンをつまみつつ二人を不思議そうに見ていた。その視線に京平が気付く。


「何か言いたそうだな」

「別にそういう訳ではございませんが……もし何でしたら、神のありがたいお言葉、という物もありますよ?」


 賽銭箱を二人の前に押し出す。


「課金アイテムか……」


 苦々しくつぶやく京平だが、神は悪びれる様子もない。


「神の言葉が直接聞けるのです。そこいらの講演会やセミナーの比じゃないくらい有益だと思いませんか?」

「……どうする?」


 京平が聖に訊く。普段の京平なら一笑に付して終わっていたかもしれないが、思わず検討してしまう程、衝撃を受けているようだ。


「この際だから聞くか。今更金ケチってもしょうがない」


 一度課金してしまうと、その心理的ハードルは低くなってしまいがちだ。もはや神の思うツボである。


「いくらだ?」


 京平の言葉に神は笑顔で答える。


「松、竹、梅の三コースありますが、どれにします?」

「……松ならいくらだ?」


 苦々しげな表情で尋ねる京平に、神は満面の営業スマイルで答える。


「五千転生石になります」

「高っ!課金ガチャ十回分じゃん」


 思わず聖が声を上げるが、神は笑顔を崩さない。


「それに見合うだけの内容だと、自負しております」


 胸を張る神だったが、それを見ている京平の表情はまるで詐欺師を見ているかのようだ。


「参考までに訊くが、竹と梅はいくらなんだ?」

「五百転生石と五十転生石ですね」

「安っ!と言うかバランス!」


 聖がツッコむが、やはり神は笑顔を崩さない。


「どうする?まず、安いのからいってみるか?」


 金額を聞いて何やら考え込んでいた京平だったが、聖にそう聞かれ首を横に振った。


「いや、本当に値段なりだとすると、マジで役に立たないお言葉聞かされるのがオチだろ」


 京平の言葉に、そんな事ありませんよとばかりに白々しく否定して見せている神だったが、誰も取り合わない。


「……じゃあ、五千円?」

「それすら役に立たない気がしてならないんだよな」

「それな。じゃあ、やめるか」


 聖の言葉に、京平は大きなため息をついた。


「やめる選択肢があるかって話だよな」

「流石にこれはやめてもいいだろ」

「……そうだな」


 京平がそう言うと、神は例の如く大袈裟に嘆いて見せた。


「いやいや、神の御言葉を聞ける機会なんて滅多にないんですよ?この機会を逃していいんですか?」

「……毎日うんざりするほど聞かされてる件について」

「それはあれです。普段のは別にありがたい御言葉でもなんでもありませんし」

「……自覚はあるんだな」


 呆れたように呟いた京平が財布を取り出そうとするが、聖がそれを止めた。


「ん?どうした?」

「いや、前回は京平が出してるから、今回は俺が出すよ。どうせこの先、嫌と言うほど課金する羽目になるかもしれないしさ」


 そう言いつつ財布を取り出す聖を、神は完璧な営業スマイルで見つめている。


「そこは否定しろよ」


 京平のツッコミにもその笑顔は崩れない。

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