デザート・モンスター 7
そうこうしている間にバイクは村へとたどり着いた。銃を手にした村人が何人か集まってきているが、妙菫が言っていた通りそのほとんどが女性だった。
そんな中、険しい顔で油断なく京平に目を向けているのが髭面の大男だ。彼がおそらくハンターの鉄菖だろう。
「なんだよ、随分物々しい出迎えじゃん」
バイクから飛び降りた妙菫に、男が表情を崩すことなく答えた。
「お嬢がクプヌヌに追われていったって聞いたからですぜ。仕方ねーことかもしれませんが、もうちょっと自分を大切にしてくだせぇ」
男の言葉を妙菫は笑い飛ばした。
「心配性なんだよ、鉄菖は。アタシが帰ってこなかった事なんかねーだろ?」
「それはそうですが。万が一という事もありやす」
「分かった分かった、気を付けるよ。で、全員無事か?」
それまでとは打って変わって真面目な調子で訊いた妙菫に、鉄菖はようやく表情を少し崩して答えた。
「それは問題ありやせん。全員帰ってきておりやす。ただ……」
鉄菖の顔が険しさを取り戻す。その視線は京平に向けられている。
「そこの御仁みたいな恰好をした男と一緒でして。何でも水を運んでくれるのを手伝ってくれたとかで……」
妙菫が知ってる?と表情で京平に問いかける。
「多分、連れです。一緒にこの世界に来たんで」
小声で答える京平に、同じように小声で聞き返す妙菫。
「なんで一緒じゃねーんだよ」
「どこに着くかはランダムなんですよ」
「は?なんだそれ」
呆れられてしまうが、ルールだと言われている以上どうしようもない。
「……その、そちらの御仁はどなたで?」
鉄菖が口を挟んでくる。まだ京平に対する警戒は解いていないようだ。
「ああ、こいつは京平。こいつが助けてくれたんだよ。はぐれもんみたいだけど、悪い奴じゃなさそうだから、ちゃんと客として扱ってやってくれ」
鉄菖ははぐれもん、という言葉に反応を見せたが、無言で頷く。あまりいい意味ではなさそうだが、異世界人と言ってしまうよりかはマシなのだろう。
「では、先のもう一方も京平様のお連れ様で?」
妙菫の客と認められたからなのか、いきなりの様付けである。お嬢と呼ばれていた事を合わせると、妙菫はこの村で相当な立場に居るようだ。
「あー、はい、多分そうだと思います。会えます?」
京平の問いに鉄菖は妙菫の様子を窺ってから頷いた。
「どうぞ、こちらへ」
村の中へと通される。妙菫も京平の後をついてくるが、村に入るなり子供に集られていた。後でなー、と一人一人の頭を撫でてやりながら、京平の後を追う。
「いいんですか?」
「ん?あー、構わねーって。お前の連れも見とかねーといけねーし」
その聖は村の広場に置かれたベンチに所在なさげに座っていた。拘束されている訳ではないが、銃を持った村人に遠巻きにされていてはどうしようもない。
「ああ、やっぱり聖だ」
その姿を見つけた京平が手を振る。聖も手を振り返そうとしたが、銃に囲まれている事を思い出し、手を引っ込めた。
それを見た妙菫が手をさっと払う。それを合図に村人達は一礼してその場を離れていったが、何人かは遠くで控えている。
「やっべー、銃に囲まれるとかどんだけよ……生きた心地しないのなんのって」
「ふーん、お前が京平の連れ?」
全力で伸びをしている聖に、妙菫が無遠慮に顔を寄せていく。
「ん?ああ、聖だ。直江聖。よろしく」
「アタシは妙菫」
しげしげと聖の顔を見つめたかと思うと、あっさり言い捨てた。
「やっぱ、京平の方がいい男だな」
それっきり興味をなくしたのか聖から離れていく。
「えっ?なんでいきなり振られた感じになってんの?」
京平に訴えかけるが、京平は肩を竦めてみせるだけだ。
「なんだよ、このちんまいの」
「ちんまいとはおねーさんに向かって随分じゃねーか」
妙菫は聖に対して、腕組みして精一杯偉そうに見せている。
「おねーさん?」
京平と同じ反応を見せた聖に、妙菫は大きなため息をついた。
「ま、いいや。で、お前らこの後どうする?特に行く当てもないんだろ?しばらくここにいるか?」
悪い申し出ではない。ここを出たところで砂漠で路頭に迷うだけだ。だが、ここに残った場合、次にどうなるかの予想がついている京平は即答しかねた。
「いいんすか?じゃ、せっかくなんで」
そんな京平の気持ちも知らず、聖があっさりと決めてしまう。
「存分にゆっくりしてってくれ。こんなとこなんで、大したもてなしは出来ねーけど」
妙菫がほくそ笑んだ気がした京平は、即決した聖を軽く睨んだがすぐに気持ちを切り替えた。自分の予想する展開になったとしても、それはそれで悪い訳ではない。
「じゃ、アタシはちょいと外すけど、何かあったらこの子に言えばいいよ」
妙菫は村人の一人を招き寄せると、玲柊だと紹介した。
「じゃ、また後で」
妙菫は京平に手を振ると、元来た方へと戻っていった。待っていた鉄菖と何やら話ながらどこかへと消えていく。
「では、案内いたします。こちらへ」
玲柊はそう言うと先に立って歩き出した。聖達も後ろについて歩き出すが、そこかしこから好奇の視線が向けられるのを感じる。
「落ち着かないな」
子供達が向ける見慣れぬ身形の者への興味の視線と、女性達が向ける若い男への熱い視線が入り混じっている。聖達が顔を向けるとわざとらしく視線を逸らし、村人同士でキャーキャー言い合っていた。
「パンダにでもなった気分だ」
「珍獣って意味では一緒だろうな」
妙菫の言っていた通り、辺りを見回しても若い男性の姿を見かけない。自分達が目立つのも当然だろう。
「こちらのテントをお使いください」
やがて玲柊は一つのテントへと二人を案内した。
「私は向こうにいますので、何かございましたらお声がけください」
そう言って頭を下げると、別のテントへと去る。その姿を見送った二人は、あてがわれたテントの中へと入った。質素な椅子と机が置かれているだけの殺風景なテントだ。
「疲れたー」
聖は床に大の字に寝転がる。京平はわざとらしいため息をつきながら、わざと大きな音をたてて椅子に座った。
「何だよ」
「何って、お前がここに残るって即答するからだよ」
「だって、ここから出て行ってどうすんのかって話じゃん。俺、二回連続でこの世界の砂漠を彷徨うとか嫌だぜ」
「まあ、そう言われると返す言葉もないけどな。でも、こうなったら次の展開あれだぜ」
「あれって何よ」
ほとんどこの世界の情報を手に入れていない聖にはピンとこない。
「クプヌヌ倒すの手伝って、だ」
京平は妙菫から聞いた話を掻い摘んで聖に説明する。
「なるほどなるほど。つまり、あれだな。ここでかっこいいところの一つでも見せれば、大人の階段上るチャンスある訳だ」
「は?」
聖は体を起こすと、わくわくした表情で京平を下から見上げてくる。
「若い男の人いないんだろ?ここで俺達がクプヌヌ倒してみろよ。間違いなく、もってもてだぜ」
「……お前、何の為に異世界転生してるか覚えてるか?」
呆れたような京平に、聖は不思議そうに答えた。
「高坂助ける為だろ?」
何言ってるんだこいつ、と言う表情を見せた聖だったが、京平も全く同じ表情をしていた。
「え?俺、なんか間違ってる?」
「いや、分かってんならいいんだけどさ」
何でこいつはこんなに、という思いが京平の心に去来する。
「いやー、クプヌヌ倒すかー、倒しちゃうかー」
そんな京平の心の内を知る由もない聖は、既にやる気満々になっていた。
「……それ、実物見てないから言えるんだよ」
あれを見たら倒すなんて言葉はそうそう出てこない。
「えっ?京平、クプヌヌ見たのかよ。いいなー。俺、前回数時間うろついても見つけられなかったんだぜ。どうだった?」
「どうって……ヤバいデカいキモい」
「何だそれ」
「あれは実際見ないと分からないって」
今思えば、よく逃げられたものだと思う。




