デザート・モンスター 5
「おつかれ」
続いて降りてきた女性はそう言いながらライトを一本拾い上げると、京平に近づけその姿を改めて確認し始めた。
「……随分綺麗な服じゃん。まだそんな余裕ある村あんのか。どこの村よ」
そういう女性の服は、上下ともにダメージが目立つ。
「村?」
「ん?お前らの所は村って言わないのか?じゃあ、別に軍団でも一族でも何でもいいけど。どこのどんなコミュニティから来たんだ?滅んだのか?追い出されたのか?」
当然の事ながらこの世界の住人でない京平には答えられようもない。質問の意図は理解できたので誤魔化せない訳ではないだろうが、リスクは高い。
かと言って、異世界から転生してきました、は信じてもらえる気がしない。
「何だ?それともホントに白馬の王子様とでも言うのか?」
冗談めかしているが声は少し険しくなっている。そして油断なく半歩京平から距離をとる。
「いや、王子様でない事だけは確かですけどね」
異世界人と言って信用されなかろうが、このまま黙っていようが、女性の不信を解けないという点では同じだろう。であれば、話してしまった方が早い。
そう考え、異世界転生してきた事を女性に告げる京平。
一瞬呆れた表情を見せた女性だったが、すぐに真顔に戻った。
「異世界ねぇ。アーカイブにそんな話もあった気がするけど……王子様じゃなくてそっちかー」
京平が拍子抜けするほどあっさり受け入れた。その事を尋ねると、女性は笑いながら答えてくれる。
「まあ、百信じた訳じゃないけどさ。ただ、悪い奴でもなさそうだしね」
そう言って京平の持つ銃を指す。
「アタシなら一発残す。で、隙を見てアタシに向ける」
そう悪戯っぽく言う。
「せっかく銃渡されたのに、馬鹿正直に全弾撃ち尽くすんだもん。よっぽどのお人好しか馬鹿か、どっちかしかねーじゃん」
「……もし、残してたとしたら?」
「ちゃんと数えてたに決まってるじゃん。まあ、仮にそうだったとしても……」
そう言ってさっと背中に手を回す。次の瞬間、その手には拳銃が握られており、銃口は京平へと向けられていた。
「黙って撃たれるようなヘマはしないっつーの」
クルクルっと銃を回して見せ、また背中へとしまう。
そして京平に向かって不敵に笑って見せた女性だったが、何かに我慢しきれなくなったのか爆笑しだした。笑われた京平は、ただただ困惑するばかりだ。
「わりぃわりぃ。お前さ、弾切れた後もしばらくボルトカチャカチャしてたじゃん。それ思い出したらおかしくておかしくて。そういや、クプヌヌ見た事ねーみたいだったし、銃使い慣れてねーし、服はそんなだし。異世界人て言われたら、そりゃ納得しちまうわ」
そう言ってひとしきり笑い転げると、急に真面目な顔をして京平を見つめた。
「助けてくれて、ありがと」
その瞳はいつの間にか熱っぽい光を帯びている。
「ま、成り行きですけど」
素っ気ない答えを返す京平に、女性はツツっと近寄るとその手を取り自分の両手で包み込んだ。
「ホント、死ぬかと……」
そこまで言った女性だったが、連れない京平の態度に小さく舌打ちすると、トンと突き放した。
「何だよ、面白くねーなー。せっかくおねーさんが迫ってやってんだから、ちょっとくらいはドキドキしろよ」
「おねーさん?」
そう言って女性をまじまじと見つめる京平。小柄で童顔な彼女は、どこからどう見ても年下の女の子だ。
「あん?お前見たところ二十歳そこそこだろ?じゃあ、アタシがおねーさん、だ」
凄んで見せる女性だったが、やはりかわいさが先に立つ。
「そうなんですね。分かりました。努力します」
軽く流された女性はもう一度舌打ちすると、ライトを頼りに辺りのがらくたを漁り始めた。
「確かこの辺に……ああ、あったあった」
そう言いながら小さな木箱を引っ張り出すと、その場に座り込み京平に向かって自分の膝の辺りを叩いて見せた。
「何ですか?」
相変わらず素っ気ない調子の京平に、女性はちょっとムキになる。
「お前、ケガしてるだろ。おねーさんが見てやるから、こっち来な」
おねーさん、を強調しながら、もう一回膝の辺りを叩く。
京平はため息をつくと、やれやれとばかりに女性の膝に頭を乗せた。ライトを渡され、怪我の部分を照らすように指示される。
「ホント可愛げのない奴だな、お前。努力するって言ったそばからそれかよ」
その言葉に京平は少し考え込み、そしてすぐに諦めた。
「すいません。特にいい台詞が思いつきません」
女性は無言で消毒液を手に取ると、中身を乱暴に京平の傷口にぶちまける。
「ちょ、量!痛!しみる!」
女性は京平の抗議には耳を貸さず、頭を押さえると傷口を覗き込んだ。
「どうだ?おねーさんの顔が近くてドキドキするだろ」
「そうですね」
「努力する気もねーな、お前……」
真顔で返され肩を落とした女性だったが、気を取り直して傷の様子を確認する。
「パックリいっちまってるけど……そんなに深くはない、か。良かったな」」
丁寧に血を拭った女性は、重傷でない事を確認すると、手際よく包帯を巻いていく。
「ありがとうございます」
手当には素直に感謝する京平。
「ま、お前には助けてもらった恩があるしな。ホント、感謝してるんだぜ。はい、終わり」
京平は体を起こすと、改めて女性を見る。おねーさん、を盛んに強調してくるが、そんなに年が離れている感じはしない。
「あー、くっそ。ひっさしぶりの若い男が、とんだ朴念仁とはついてねー」
熱のこもらない京平の視線に毒づく女性。
「こんなのが王子様に見えるとか、あの瞬間のメンタルマジでヤバかったんだな」
「それはそれで失礼だと思うんですけど」
「自分の胸に手を当ててからその台詞もう一回言ってみ。あ、えーっと……」
「そう言えば、自己紹介してなかったですね。俺は京平です。丹羽京平」
「京平、か。アタシは妙菫」
「みょうきんさん、ですね。それで、いつまでここに居るんですか?」
地上からはクプヌヌが暴れているであろう振動が断続的に伝わってきている。
「長くて一時間ってとこだな。こっから出さえしなきゃ、直に諦める」
経験から出た言葉なのか、妙な説得力がある。
「音がしなくなったーって出て行ったら、静かに待ち構えてやがった、何てこともあるけど」
妙菫は笑って言っているが、実際には笑い事ではないだろう。
「その辺を含めての一時間。あいつら、知性や知能は無さそうなくせして、狡猾なんだよねー。生まれついての狩猟者、いや悪魔だな。砂漠の悪魔。アタシ達を殺す、な」
「その、そもそもクプヌヌって何なんですか?」
さあねぇといった風に頭を振る妙菫。
「生まれた時からクプヌヌって聞かされてるからな。遥か昔の生物兵器って聞いた事はあるけど」
「生物兵器、ですか……」
あのサイズの生き物を造れるとしたら、相当な技術力があったに違いない。
「伝説だよ伝説。遥か昔どこからか現れたUMAが、大国を滅ぼしかけたけど、結局捕まって改造されたって」
正体そのものには興味が無いのだろう。
「あいつらが何にせよ、アタシらは逃げるか、倒すか、しかないからさ」
「そうですか」
「そういや、なんでお前クプヌヌ知ってんだ?異世界人なんだろ?」
妙菫の質問され、ワールドクエストについて答える京平。
「マプージョンをクポヌカって、お前、それクプヌヌ倒せって言われてるんだぜ」
クエストの内容を聞いた妙菫は呆れている。
「……そんな気はしてました」
「ま、その気があるなら、村まで来なよ。ハンターの鉄菖に会わせてやるからさ。協力したらクエストクリア出来るかもしんねーぜ。どうせアタシらも、こいつは何とかしなきゃなんねーし」
協力してクリア出来るものなら挑戦したい気もするが、そう簡単ではないだろう。何となく答えを濁した京平は、クプヌヌの気配が無くなるまで、この世界についての話を聞く事にした。
文明は既に崩壊したと言っていいらしい。新たな技術など生まれるべくもない。過去の遺物を掘り当てては、修理して何とか使えるようにするのが関の山だと言う。
世界の殆どは砂漠と化しており、残された人類は小さなコミュニティを形成し、水や食料を求めて彷徨う生活を送っているそうだ。
妙菫達の村もこの近くのオアシスに流れてきたところだったが、早々に水が枯れてしまい、やむを得ず川へと水汲みに出かけたところをクプヌヌに襲われたのだ。
水辺は危険でね、と妙菫が続ける。今でも生き残っている野生化した動物や、それこそクプヌヌに襲われる可能性が高いらしい。ハンターがいりゃ何とかなるんだけどね、と寂しそうに笑って付け加える。元は鉄菖の他にもハンターはいたが、その殆どがクプヌヌとの戦いで命を落としたらしく、今や村には僅かな職人の他は女子供しかいないと言う。
それでも生きていく為には危険を冒さざるを得ないし、失敗すりゃ今日みたいな目に遭う訳だし、ホント厳しーわーと、妙菫は乾いた笑いと共に話を締めくくった。
そんな話をしている間に、地上で暴れていたであろうクプヌヌの気配が感じられなくなっていた。二人は念の為もう暫く様子をみてから、警戒しつつ地上へと戻る。




