デザート・モンスター 3
そのリーダーはいよいよクプヌヌに追い詰められていた。リーダーのすぐ傍まで迫ったクプヌヌは、触手を次々と振り下ろしてくる。
「あー、もう、くそっ」
何とかその攻撃を避けつつ、逃げた仲間の様子を確認する。女性と子供からなる一行は、まだそんなに遠くまで行けていない。今自分が倒れたら、間違いなく追いつかれる。
「水捨てさせるべきだったかなー」
一行の足取りを重くしているのは、各自が持っている水の入ったポリタンクだ。その水を捨てれば逃げる速度は上がるだろうが、水が手に入らなければ早晩村が立ち行かなくなるのは確実だ。
「白馬の王子様でも来てくれねーとダメだな」
ふと子供の頃、アーカイブで見た遥か昔の映画の一シーンを思い出した。物語はすっかり忘れてしまっているが、危機に陥ったヒロインを颯爽と助けに来る白馬の王子様の、そのシーンをなぜか急に思い出したのだ。
そう言えば子供の頃は、そんな話に憧れていたな、と一瞬懐かしく思う。とは言え、その望みが叶う事が無い事はリーダーが一番理解していた。村に助けに来てくれるような若い男は残っていない。そうでなければ、女子供だけで危険な水汲みに出はしない。
「!」
振り下ろされる触手に集中していたリーダーは、突然突き刺すように直線的に動いてきた触手に不意を討たれてしまう。気付いた時には、その先端は目前に迫っていた。
「ここまでかー」
諦めたように笑ったリーダーだったが、その耳に聞き慣れない音が聞こえてきた。思わず目を向けようとしたリーダーの視界に、純白の何かが飛び込んでくる。
触手は激しい音を立てて、その何かにぶつかった。
「うげぇ、マジかよ」
必死でブレーキを効かせ吹き飛ばされそうになるバイクを制御する京平。触手を受け止めた場所は大きく凹んでしまっている。
「大丈夫ですか!」
そう言いつつリーダーに手を差し出した京平は、その姿に驚いた。勝手に屈強なおっさんを想像していたが、実際は小柄で華奢な女性だったのだ。手にした大きなショットガンがいかにも不似合いだ。
「男!?」
女性の方も突然の事に驚きを隠せない。命が助かった事よりも、急に現れた京平への困惑が勝ってしまっていた。
「えっ、嘘っ!若っ!マジで王子様!?」
突然現れた小奇麗な若い男性が、見た事のないマシンに乗り、自分に手を差し伸べてきている。こんな運命的な出会いがあるだろうか。
「えっ?いや、王子様ではないと思いますが……」
いきなりの王子様呼ばわりに京平も困惑する。だが、京平の背後から再び迫って来る触手を目にした女性は、とりあえず諸々を棚上げすることにした。
王子様であろうがなかろうが、今は目の前の男に賭けるしかない。
ショットガンを背負うと、急いで京平の後ろに飛び乗る。
「とりあえず、出せ!」
京平の背中をバンバンと叩く。その言葉に勢いよくアクセルを回した京平だったが、さっきと同じくステアリングを持っていかれてしまった。
またもやギクシャクした運転になるが、それが功を奏しクプヌヌは触手の狙いを定めることが出来ない。
「ちょ、こちとらレディなんだから、もうちょっと優しくエスコートしてくれって」
激しい揺れに耐えかねた女性が抗議の声を上げるが、京平に応える余裕はない。右へ左へ振られるバイクを制御しようと必死だ。
それでも何とか逃げた人達の方へと進路を取ろうとしている。それに気付いた女性は、京平の服の裾を引っ張って何か伝えようとした。
「何ですか?」
ようやくバイクを安定させた京平が女性に尋ねる。触手の攻撃は避けているが、引き離す事は出来ていない。
「王子様よ、悪いけどハンドル右に切ってくれないかな」
京平が戸惑っている事に気付いたのだろう。女性が言葉を続ける。
「せっかく助けてくれたのに巻き込んじまう事になるんだけど、あいつらがもうちょい遠く行くまで囮になりだいんだ」
そして、頼む、と小さな声で付け加えた。それを聞いた京平は王子様じゃないんですけどね、とブツブツ言いながらハンドルを右に切る。
鋭い角度で右折したバイクだったが、クプヌヌは難なく追ってくる。
「良し良し。いいぞ、ついてこい」
女性が上機嫌で叫ぶ。これで他の連中は無事に逃げ切れるだろう。
「あれ、クプヌヌですか?」
「あん?クプヌヌ以外の何に見えるってんだよ」
女性の声は怪訝そうだったが、確認は出来た。誤魔化すように言葉を付け足す。
「そうですよね、クプヌヌですよね」
「……変な奴だな」
気まずい沈黙の中、逃亡を続ける京平達だったが、クプヌヌは何度も触手を伸ばしてくる。奇跡的に何度かは避けたが、幸運はいつまでも続かない。一本がボディを掠めるように当たってしまう。
その触手に弾き飛ばされたバイクは、回転しながら近くに石柱にぶつかり、止まってしまった。




