デザート・モンスター 2
「くっそ、いくらなんでも適当すぎるだろ」
京平の怒りは転生しても治まってはいなかった。地面に膝をつきながらも、神に対して毒づく。
「熱っ」
だが、地面についた手や膝に襲い来る焼けるような熱さに、慌てて立ち上がる羽目になった。嫌な予感に襲われながら、辺りを見回す。
眼前に広がっているのは荒涼たる砂漠。見渡す限りの砂の世界。所々に、何かが崩れたような石塊が転がっている。
うっすら砂塵が舞うせいか空に浮かぶ太陽は霞んで見えるが、伝播する熱は自分の知る世界よりも確実に強い。
「これは……あれだな、爆死って言ってもいいんじゃないだろうか」
京平は天を仰ぐ。この風景を見るのは初めてだが、直感で知っていると感じていた。先日、聖から聞いた風景そのものだったからだ。
「それでは、ワールドクエストを発表しよう。一つ。クプヌヌの……」
「ほらみろ、やっぱクプヌヌの世界じゃねーか。聖はもう二回目だぞ。確率どうなってんだよ」
神がワールドクエストを発表した途端、京平は頭を抱えた。
「そして当然のようにスタート地点は悪意に満ちてるし」
そう言って前方へと目を向けた。巨大な銀色の生き物と、それから逃れようとしているらしい一団が見える。
「あれがクプヌヌなんだろうなぁ」
狼と思しき四足獣らしき姿をしているが、その体表は鈍く銀色に輝いている。銀色に輝いているのは粘性を帯びた液体なのか、常にドロドロと表面を流れ落ちていた。その一部は地面まで滴り落ちるが、すぐに足元から吸い込まれるように消えていく。顔に目鼻は何一つ無く、胴と同じように銀色の液体に覆われている。後方には尾のような物が長くのたうっており、胴からは何本もの触手らしき物が生えていた。
「それにしても、でかすぎだろ……」
遠目に見てもその巨大さはよく分かる。逃げ惑う人達と比べれば、一目瞭然だ。
その住人達の服装は、スタッズの打たれた革ジャンやダメージジーンズ、破れたミリタリーコート等、世紀末感が漂っている。パラディンに会えるファンタジー世界という感じではない。
「さて、どうするかな」
改めて住人に目を向ける。このような事態にも慣れているのかリーダーらしき人物の指揮の元、上手く攻撃を避けながら逃げている。このままならほとんどの人は逃げ切れそうだが、その代わり囮も兼ねているリーダーの状況は厳しいと言わざるを得ない。
「やなもん見ちゃったなぁ」
渋い顔で頭をかく京平。
ここで還ったところで誰に非難される訳でもない。
だが、何逃げてるんだよ、と聖にがっかりした口調で言われるであろうことは間違いない。
それに、と両手で頬を軽く叩き気合いを入れ直す。
そもそも何もせずに逃げるなんて性に合わないしな、と腹を括る。
「ま、この世界的に考えれば、場所は当たりとも言えるか」
前回の聖は数時間彷徨ってもクプヌヌと遭遇出来ていないのだ。それを考えると、クプヌヌが目の前にいるこの場所は当たりと言えよう。
「とは言え、だ」
改めて考えてみても、自分に出来る事など限られている。
「結局、逃げるしかないんだよなー」
クプヌヌを倒せるとは思えない以上リーダーを連れて逃げられれば良し、と言えるだろう。問題はどうやって逃げるか、だ。
「バイクかな」
聖がラインの管理で手に入れた報酬だが、この際使ってしまっても問題ないだろう。その為のプレゼントボックスの共有化だ。問題はどんなバイクか全くわからない事だが、こればっかりは出してみない事には分からない。
「砂漠を走れるタイプでありますように。ローテク過ぎず、ハイテク過ぎずでありますように」
これでスクーターでも出てきたら目も当てられない。祈るように呟きながら、バイクをプレゼントボックスから取り出そうとする。
「バイクの受け取り」
「へーい」
気の抜けた神の返事と共に、バイクが京平の目の前に現れた。近未来的なフォルムをしたタイヤのない白いマシンだ。
「……えすえふ……」
間の抜けた感想を呟く京平。ライン管理を人力で行ってる割には、テクノロジーの発達した世界だったらしい。
とりあえずシートに跨ってみる。幸いにもハンドル周りはだいたい自分の知ってるバイクと同じ感じのようだ。だが、メーターの代わりに配置された謎のディスプレイと謎のボタンの群れは、何の為の物かさっぱり分からない。
「なるほど、ハイテク寄りか……」
納得したように頷いた京平だったが、それでバイクが動かせるようになる訳でもない。チラッとクプヌヌの方へと目を向けると、相変わらずリーダーへと襲い掛かっている。このまま躊躇していては手遅れになるのは間違いない。
「ええい、何とかなるだろ」
覚悟を決めて適当にボタンを押してみる。数個押したところで、微かな振動と共にディスプレイに光が灯った。続いて何か文字らしき物が流れるように表示されていくが、勿論読む事は出来ない。
「頼む、変なモードとかに入らないでくれよ」
京平が祈るような表情でディスプレイを見つめていると、最後にマルかバツの選択肢が現れた。
「は?怖すぎるだろ、こんなの」
そう呟いた京平だったが迷っている時間は無い。すぐさま、マルを選択する。
シートに伝わってくる振動が激しくなった。一瞬焦った京平だったが、すぐにエンジンが始動したらしいと気付く。そして、マシンの底から空気が噴き出すような音が聞こえ出したかと思うと、車体が浮き上がった。
「ホバーか!意外とスゲーんだな、あの世界。聖の労働に感謝だ」
京平の表情が明るくなる。これなら砂漠でも走れるだろう。
思い切ってアクセルを回してみると、バイクは急加速し走り出した。思った以上のパワーに手を焼く京平。ディスプレイに何やら情報が表示されているが、読めなくては何の意味もない。
真っ直ぐに走らせる事も出来ずジグザグの軌道を描きながら、それでも何とかリーダーの方へと向かって行く。




