石が為に金は要る 8
「……まだ、何かあるのか」
「お賽銭、いるかな?」
「……」
「えっ?普通いるでしょ」
穂波に質問の意図を確認する気力もない京平に代わって、聖が尋ねる。
「それはそうなんだけど。でもさ、ログボ貰うのにお賽銭上げるのって本末転倒な気がしない?」
「あー、それもそうか」
あっさり納得する聖。
「じゃあさ、神様に訊いてみればいいじゃん」
そう提案するが、穂波は首を振った。
「そんなの『いる』って言うに決まってるでしょ」
「全部丸聞こえなんですが……わざとですよね?」
だが、穂波達は神のそんな声が聞こえないかのように会話を続ける。
「だからさ、今回は三人バラバラにやってみない?私がゼロ円、聖が五円、京平が百円で」
「それ、全部聞こえるように言っちゃうんですか……」
やはり神の声は誰にも届かず、穂波達の会話が続く。
「何で俺が一番高いんだよ」
「えっ?じゃあ、私と代わる?ゼロ円の方が嫌かなって思って百円の方を譲ったんだけど」
「お前はいいのかよ」
「だって、ほら、私はスサノオ様の家の娘だもの」
その答えに納得しかけた京平だったが、すぐにある事を思い出しアッと声を上げた。
「えっ?でも、琵琶湖の世界で神社に行った時……」
何か言いかけるが、穂波に睨まれ黙ってしまう。
「じゃあ、私から行くね」
穂波は宣言通り、賽銭を上げずに綺麗な二礼二拍手一礼で参拝を済ませる。そして期待に満ちた笑顔で神を見つめた。
「……ログインボーナス百転生石ゲット」
「よしっ!」
小さくガッツポーズし、聖に場所を譲る。
「いいのかなぁ……」
そう呟きつつ五円で参拝する聖。
「ログインボーナス百五転生石ゲット」
「ん?」
思わぬ端数に首を傾げた穂波は、京平を促す。
「はいはい」
やれやれとばかりに京平が百円で参拝を済ます。
「ログインボーナス二百転生石ゲット」
「なるほど。お賽銭は課金扱いか」
納得したように頷く穂波。
「まあ、『お気持ち』をお納めいただいている訳ですから、当然その分は還元させていただく訳でして」
神が『お気持ち』の部分を強調するも、穂波達には響かない。
「おはガチャならぬ、おは課金かよ。とんでもねぇ集金システムだな」
呆れた口調の京平を、穂波が宥める。
「まあまあ、いいじゃない。お賽銭も無駄にならないって事が分かったんだし。これで気持ちよくログイン出来るってもんよ」
「いや、そこは形だけでも参拝って言いましょうよ」
決して参拝とは言わない穂波に対し、抗議の声を上げる神だったが、当然のようにとりあってもらえない。
「あくまで、ログインだから」
きっぱりと言い切った穂波は、改めて五円を賽銭箱へと納めた。
「何で?」
不思議そうな聖に、穂波は何でもない事のように答えた。
「ん?システム的にゼロ円がいけるかどうか知りたかっただけだし。お賽銭てのは『お気持ち』だから、こんなんでも神様なんでしょ。じゃあ、一応ね」
神に倣って『お気持ち』の部分を強調してみせる穂波。
「それなら普通にわたくしに訊いてくだされば済む話だったのでは……」
「どうせちゃんと答えてくれないでしょ。じゃあ、自分達で試してみるしかないじゃん」
穂波の嫌味に気付かなかったのか少し嬉しそうな様子を見せた神だったが、結局は冷たくあしらわれる。
「言っとくけど、信用はゼロだからね」
穂波は何やら小声で言い訳めいた台詞を呟いている神に対しピシャリと言い放つと、京平に向き直った。
「じゃ、京平、よろしく」
そう言って賽銭箱を押しやる。
「結局、俺かよ……」
そう言った京平だったが、聖に対しては肉の、穂波に対しては巻き込んだ事の負い目がある。今日の所は自分が出すのが妥当だろう。
「クソ運営に払う金は一銭もないからね」
強い意志を感じさせる穂波の言葉。
「えっ?ログボ出したじゃないですか」
「下の下から下の中になった程度じゃ、まだまだクソ運営よ」
「……穂波さんて、厳しくないです?」
わざわざ近寄り耳打ちしてきた神に、京平は同意するように頷く。
「それが穂波だよ。俺達の中で一番課金するけど、一番シビアだからな」
そう言いつつ財布の中身を確認している。
「何か言った?」
穂波に聞きとがめられ、慌てて京平から離れる神。
「……ま、まあ、わたくしはどなたに納金頂いても構わないので、いいですけど……」
わざとらしく咳払いなんかもしながら、賽銭箱を京平の方にさらに押し出す。
京平はやれやれと言った感じに財布から一万円札を取り出し、賽銭箱に納めた。
「それでは、一万二千転生石の授与になります」
満面の笑みを浮かべる神。
「ちゃんとボーナスつくのか……」
「勿論です。高額かき……『お気持ち』には、それ相応の御利益を。これからはじゃんじゃん石使って快適な異世界体験を送ってください。そうすれば、きっとじゃぶじゃぶかき……」
「本心ダダ漏れだぞ」
「……まあ、あれです。結局、世の中お金です」
「神様がそれ言ってしまうのか」
聖は呆れているが、穂波は別の感想を抱いたらしく難しい顔をしている。
「お金で何とかなるならいんだけどね」
「ん?何?」
その呟きを聞き取れなかった聖が聞き返すが、穂波は何でもないとばかりに顔の前で手を振る。
「そっか。じゃあ、今日は帰るとするかな」
「そうね」
聖と穂波はそう言って帰り支度を始めるが、神は全く動かない。
「何してる?帰れよ」
京平に促された神は、渋々と言った表情で立ち上がると部屋の中の社へと入っていく。
「待て待て。何でそうなる」
「何でって、神が自らを祀る神社に帰っていくのは当然でしょう」
「じゃあ、社ごとどっか帰れよ」
京平の言葉に、神は指を二度三度と振って見せた
「分かってませんねぇ。社はここへ鎮座したのですよ。『おねリン』終わるまでこのままに決まってるじゃないですか」
「っ!お疲れっしたー!」
まずい雰囲気を感じ取った穂波がダッシュで玄関へ向かう。
「じゃ、そう言う事で!」
聖もそんな穂波の後を追うように急いで部屋を出る。
「あっ、くそっ、逃げやがった」
京平の意識が逃げ帰る二人に移った隙に、神も社の中に引っ込んでしまった。
「マジか」
部屋を占拠する社を呆然と見つめる京平。
「あ、わたくしはわたくしで勝手にしますのでお構いなく」
社の中からは、暢気な神の声が聞こえてくる。
「合鍵飛び越えて、部屋の中に住み着きやがった……」
これから暫く続くであろう神との同居生活を思い、京平はただため息をつくばかりだった。




