石が為に金は要る 6
「……ただ、一つ大きな問題が発生した」
だが、京平は二人に比べて少々深刻そうな表情を見せている。
「何だよ、何があったんだよ」
京平につられて真面目な表情になった聖は、穂波がサッと目を逸らしたことに気付かない。
「……石が、無くなった」
「ん?詫び石の事か」
聖の問いに頷く京平。
「あれ、一万あったよな。課金ガチャとかで多少使ったけど、殆ど残ってただろ?全部使い切ったのか!」
「まあ、計算上はそう言う事になるかな」
京平も聖から目を逸らす。
「ええ、ええ、すっかりゼロになっていますね。お二人とも最後はきっちり計算してましたし」
口を挟んできた神を、京平達が余計な事を言うなと睨みつける。
「俺が野菜ばっか喰ってる時にお前らは肉喰って石使い切ったのかよ!」
「そんな事言ったって、五百で琵琶湖牛のステーキが食べられるんなら食べるに決まってるでしょ!二人で食べたって、たったの千よ、千」
勢いで誤魔化そうとする穂波。だが、聖も簡単には引き下がらない。それほどまでに食べ物の恨みは怖ろしい。
「たったの千て、千が滅茶苦茶高い可能性だってあるじゃん」
「ライブのペアチケットが三千だったし、イタリアンのコースが五千だった事を考えたら、五百で牛は安いでしょ!」
そう言い放った穂波はしまったと言う表情を見せた。聖の視線がますます恨みがましくなっている。
「そういや、松永はバブルの世界でも色々飲み食いしてたよな」
「あれは仕方がないじゃない!ティラミス食べようと思ったらコース食べるしかなかったんだから!」
「まあ、イタ飯の代金と言うよりかはワ……」
余計な事を言いかけた神を、穂波は一睨みで黙らせた。支払った代金五千転生石の殆どが別料金のワイン代である事を知っているのは、穂波と神だけである。
「まあまあ、その分は返ってきてるからいいじゃないか。ただそれ以降、石はさっぱり増えてないんだよな」
「それは当然でしょう。特に詫びるような事はありませんからね」
そう言って胸を張る神だったが、三人は何か指折り数えている。
「……幾つか詫びてもらいたい件はあるけどな」
「そうでしたっけ?それは、サーセン」
例の如くの形ばかりの神の謝罪だったが、穂波ですら最早腹も立たなくなりつつある。
「詫び石あるんならさ、他にも無料石の入手方法あってもいいんじゃない?ほら、ログインボーナスとか」
「えっ?穂波さん、何かにログインされているんですか?」
「……してないけど」
「じゃあ、無いに決まってるじゃないですか」
何言ってんだこいつと言わんばかりの神の表情にムッとする穂波。まだまだ神に対する耐性はつききっていないようだ。
「……毎日異世界にログインしているようなもんじゃないか」
京平がそう言うと、神は穂波に向けていた視線をそのまま京平の方に向けた。
「ログインではありません。転生ですよ。T・E・N・S・E・I。転生!」
「似たようなもんだろ」
「何を仰います。全然違います。そもそも……」
何やら資料を取り出し、説明を始めようとした神だったが、京平に聞く気はなかった。
「あ、そういうのいいから」
冷たく突き放す。それでも、神は暫く何事かを話していたようだったが、三人は全く聞いていない。
「しかし、実際石が無くなると厳しいな」
課金ガチャは言うまでもなく、転生先の現地通貨に交換したりと、石の使い道はそれなりにある。
「納金したらいいじゃないですか」
困った様子の京平に、神は事も無げに言ってのけた。さらにどこからか小さな賽銭箱を取り出すと、丁寧に三人の前に置く。
「さ、どうぞ」
「どうぞじゃねぇよ」
いきなり目の前に賽銭箱を置かれても困るしかない。
「なんですか。やはりお社も要りますか?あれ、少々場所をとるんですよねぇ。まあ、家主の方が出せって言うなら出しますけど」
今度は大きな何かを取り出そうとする神。
「そうじゃなくて。何だよ、納金って」
「え?石、欲しいんでしょ?じゃあ、お気持ちをお納め下さい。そうすれば、転生石を授与させて頂きます、という事ですよ」
「つまり課金しろって事ね」
穂波の言葉に、神は頭を振る。
「いえいえ、わたくし神ですよ。神の身でありながら皆様に料金を課すなんて事、とてもとても出来ません。ですから、皆様には『お気持ち』をお納めいただくよう、お願いしているわけでして」
お気持ち、という部分を強調してくる。
「うーん……」
三人は顔を見合わせて何事か考え込む。
「何をそんなに悩む必要があるんです?皆さん、毎年決まってお納めされているじゃないですか。天照様や氏神様には簡単に納めてるでしょ。聖さんなんて受験の時には、各地で道真公に納めてたし。それと一緒ですよ。ささ、どうぞ」
「……無いな」
「えっ?」
「どれだけ考えても、あんたにお納めする『お気持ち』は存在せん」
そこまで考えた様子もない京平だったが、きっぱりと言い切った。
「いやいや、こんなにも皆様の為に頑張っているんですよ。その言い方はあんまりじゃありません?」
「そう言われるとそうよね。こんなんでも神様だものね。やっぱり、ちゃんとお礼はしないと」
穂波は何やら一人で納得すると、財布から十円を取り出し賽銭箱に入れる。そして二度頭を下げた後、二度柏手を打つ。
綺麗な拍手の音が空しく四人の間に響き渡る。そして、最後に再度一礼。
「……十円?」
「縁が遠のきますように」
穂波がいい笑顔で答える。
「いやいやいやいや、いろんな意味で。いろんな意味でおかしいでしょ。何故、この状況で縁を遠のけようとするんです?」
穂波は無言で肩を竦める。
「それに十円て。十円ぽっちで何か出来るとお思いなんです?」
「『お気持ち』にぽっちもくそもないだろ」
京平の言葉に、神は指を二度三度と振って見せた
「分かってないですねぇ。そんなだから皆さん、お正月の運勢ガチャで当たり引けないんですよ」
「……さらっと怖いこと言うな。何だよ、運勢ガチャって」
「皆さんの一年を決める大事なガチャです」
「は?俺達の一年て一回のガチャで決まるのか?」
「まあ、イベント時にはイベントガチャも発生しますから、一概に一回で決まってしまうとまでは言いませんが……でもまあ、決まってしまうようなもんですね」
「……マジかよ」
本当かどうか確かめる術などないが、本当ならとんでもなく衝撃的な事実である。
「そんな大事なガチャの時に、皆さん五円しかかき……お納めにならないから」
神が残念そうな表情を作って見せる。
「ポンと百万位かき……お納めになれば、激レアな運勢引き当てられるかもしれないというのにねぇ」
「ちょくちょく課金て言いかけてるだろ」
京平が突っ込むが神は動じない。
「受験ガチャだって、道真公に一千万とかお納めになったら、ガチャの中身は、ほぼほぼ合格になるという噂ですよ」
「どこの噂だよ」
「主に出雲での飲みの席ですね。皆さん、お酒好きですからねぇ。酔ったらもう、あんな事とかこんな事とか、とてもとても人間にお伝え出来ないことまで聞こえてきますからね」
そう言ってハハハと笑って見せる。
「ま、一千万納めるなら、現世にもっと確実な納付先があるみたいですけども」
「てことは、世の中、結局全部運て事?」
聖の疑問も尤もである。
「そんな事はありませんよ。『お気持ち』の他に本人の努力値といった要素も加味されて、ガチャの中身は決定されますから」
「頑張れば当たりの提供割合が変わるって事か」
「流石、京平さん。飲みこみが早い」
「……一応、本人の頑張りの結果は反映されるって事なんだろうが……ガチャと言われてしまうとなぁ」
「皆さん、ガチャお好きでしょ?」
「そうかもしれないけど、そうじゃないんだよ」
どうにも、もやもやが残る話である。




