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石が為に金は要る 4

「気持ち悪っ……」


 朦朧とする頭を抑えながら、倒れまいと踏ん張る穂波。前回は気が付いた時には壮絶な体調不良で異世界の路上に転がる羽目になっていた。京平達に知られていなさそうな事は幸いだが、あんな目に遭うのは二度とごめんだ。


「何?ここ?」


 意識がはっきりしてくるにつれ、少しずつ周りの状況が分かってくる。大音量の音楽に噎せ返るような熱気。どうやら何かで盛り上がっている集団の中に放り出されたらしい。


「何なのよ、もう」


 ボヤキながらも周囲の熱狂の視線の先を確認する。目に入ってきたのは派手にライトアップされたステージだった。


「ライブ?」


 そんな穂波の疑問に答えるかのように、音楽に合わせて男性のヴォーカルが響き渡った。辺りが一層盛り上がる。


「琵琶湖の神の使徒様のライブですね」


 神の声が聞こえてくる。短い台詞にもかかわらず気になる点は多数あったが、何となく現在の状況は分かった。


「ライブ中なので、ワールドクエストは手短に。

 一つ、使徒のライブで一曲聞け。報酬、新曲のCD通常盤。

 一つ、使徒のライブで盛り上がれ。報酬、新曲のCD初回生産限定盤。

 一つ、使徒のライブを最後まで聞け。報酬、使徒様の直筆サイン入り新曲のCD特装版。

 以上。それでは、引き続きライブをお楽しみください」


「ちょっと待て待て」


 そそくさと切り上げようとする神を、穂波が小声で呼び止める。幸いにもライブの聴衆達は使徒の歌声に夢中のようで、穂波に注意を払う様子はない。


「色々聞きたい事はあるけど、とりあえず一つだけ教えて。何でクエストがライブに特化してるのよ」

「それはですね……」


 少し口籠った神だったが、やがてため息と共に答え始める。例え今誤魔化せたとしても、穂波が還ってきた時に詰問されるに違いない。ならば顔を直接合わせていない今、話してしまった方がマシだろう。


「一応基本料金無料という事でやらせてもらっていますので、多少はご協力いただいている神からの要望的な物も入ると言いましょうか、何と言いましょうか……」

「ああ、これCMなんだ……」


 妙に納得の表情で頷く穂波。


「そんな身も蓋もない言い方しなくても……」

「て言うかさ、琵琶湖の神って何よ。琵琶湖って言っちゃってるじゃない。ここ、異世界じゃないの?」

「一つって仰った……」


 穂波の二つ目の質問に話が違うとばかりに抗議の声を上げかけた神だったが、世界を越えて襲ってくる穂波の圧に押されてしまう。


「異世界ですよ。琵琶湖の神様が創造された琵琶湖が中心の世界です」

「……」


 色々言いたい事はあったが、穂波は全部呑み込んでしまう事にした。ここは異世界なのだ。細かい事まで気にしていてはやっていられない。


「じゃ、そう言う事で」


 今度こそ会話を切り上げようとした神だったが、またもや穂波に捕まってしまう。


「待って待って。これがCMって事は、京平もどっかで聞いてるの?」

「ええ、まあ、そう言う事になりますね」


 その答えに辺りを見回す穂波だったが、ライブの観客しか目に入らない。相当な人数が集まっているようで、この中から京平を探し出すのは至難の業と言えよう。


「じゃあさ、どうせなら、もっといい席で見れたりしないの?」


 自分の席は一番安い席らしく、ステージからかなり遠い。そして当然の事ながら席数も多い。もし、二人して席数の少ない良さげな席へと移ることが出来たなら、京平を探す事も容易になるかもしれない。


「はぁ……そう言う事でしたら、ペアシートチケットという物があるようですが……」


 何か調べていたのか、少しの間の後、神から答えが返ってくる。


「いいじゃん、それ。そう言うのがあるなら最初っから言いなさいよ」


 聞かれませんでしたし、等と小声で反論する神を無視し、穂波が話を進める。


「で、それ、いくらするの?今からでも買えるの?」


 買えないとは言わせない勢いで訊く穂波。


「勿論、買えますとも。金額の方は転生石で言うと……三千ですね」


 安請け合いに聞こえなくもないが、穂波は気にしない。


「石で言われても分かんないわよ。円で言ってよ円で」

「円では買えませんよ」


 神の答えに穂波が思わずため息をついた。湧き上がってくる苛々を抑えるように一度深呼吸をして、会話を続ける。


「で、それは一人分?二人分?」

「ペアでの料金のようですが」

「二人で三千石……課金ガチャ六回分か……多分、ありよね……」


 そう呟いて考え込む穂波。石の価値が課金ガチャでしか計れない上に、その課金ガチャの価値も計りかねている状況では、自分の判断に自信を持てと言う方が難しい。


「これさ、今から買っても大丈夫なもんなの?京平にもちゃんと適用される?」


 果たして、今現在バラバラでいる二人をペアとして認めてくれるものだろうか。


「……ペアって言ってますから大丈夫なんじゃないですかねぇ……」


 神の返答は頼りないが、すぐさま穂波の圧が高まるのを感じ取り慌てて言い訳を付け加える。


「いや、だって、ほら、ライブがどのような運営されているかまでは、流石に、ねえ……」


 そこは神の言う通りで、おそらくこの世界の担当者の領分なのだろう。転生先の事を把握していると豪語していた割には、情けない話であるが。


「ま、いっか」


 幸いにも石は共用だと説明されている。京平と合流できれば言う事なしだが、仮に出来なかったとしても、この際ライブの料金だと割り切ればいいだろう。


「じゃ、そのペアシートチケット頂戴」

「あっりがとうございまーす。ペアシートチケット入りまーす」

「うざっ」


 課金された瞬間の神のテンションの高さに思わず毒づく穂波だったが、上機嫌になった神は意に介さない。

 暫くすると、背に大きく岩を穿つ雷の絵が描かれたスタッフジャンバーに身を包んだ男性が、聴衆をかき分けて穂波の元にやって来た。そのスタッフがペアシートへ案内するというので、ついていく穂波。

 案内されたペアシートは、ステージ間近の砂浜に設置されていた。二脚のビーチチェアとミニテーブルで構成されている。


「……えっ?」


 遠くから見ていた時は気付かなかったが、ステージは水上にあったのだ。その上で小柄で筋肉質の男性が、風と水を激しく浴びながら歌っている。


「……湖岸?」


 転生の神は琵琶湖の神の使徒のライブだと言っていた。という事は、そのステージがあるのはやはり琵琶湖なのだろう。

 とりあえず、案内されたビーチチェアに腰かける。ペアシートのゾーンにも観客は居るようだが、さっきのような熱狂的な雰囲気はなく、どちらかと言えばまったりとライブを楽しんでいるらしい。

 これはこれで落ち着かないと、穂波がそわそわしていると、先程のスタッフがドリンクを運んできた。刺さっているのは、ご丁寧にもハート形のペアストローである。

 それを見た穂波の頬が少し紅くなる。慌てて辺りを見回し、京平の姿がまだ見えない事に胸をなでおろす。いくら何でも、これはない。これは、あからさま過ぎる。

 スタッフにストローを取り替えてくれるよう頼む穂波。スタッフは怪訝そうな表情を浮かべながらも、普通のストローに取り替えてくれた。

 ホッとしたのも束の間、スタッフと入れ替わるように京平の姿が見えた。怪訝そうな表情で別のスタッフに連れられてきた京平は、穂波の姿を見つけて安心したような表情を見せた。


「何がどうなってる?」


 どうやら何も分からないまま連れてこられたらしい。穂波はこれまでの神との会話を掻い摘んで京平に説明した。


「なるほどCMか……」


 話を聞いた京平は面倒くさそうに頭をかくと、ビーチチェアに身を投げ出した。


「どうする?還っちゃう?とりあえず、一曲は聞いたから、CMに対する義理は果たしたんじゃない?」


 穂波が尋ねる。普通のCMならいざ知らず、神の出しているCMである。全く無視するのは流石に勇気がいる。


「いや、一応、ここも異世界なんだろ?じゃあ、せっかくだし色々見てから還ろう」


 特に命の危険がある訳でもないしな、と京平。


「うん。そうだね」


 穂波が少し弾んだ声で答える。


「じゃあさ、とりあえず盛り上がる?クエストにも盛り上がれってのがあったじゃん」

「そうだな……」


 やる気のない表情で使徒のパフォーマンスを目で追っていた京平だったが、穂波の言葉に頷くと勢い良く立ち上がった。


「いっちょ盛り上がるか!」

「おー!」


 穂波も勢い良く立ち上がる。

 こうしてペアシートの一画で妙な盛り上がりを見せた二人の熱気は、やがて会場全体を包み、使徒のライブ史上一番の盛り上がりを見せる事となるのであった。


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