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ゴールデン・マウンテン 11

「とは言ったものの、問題は私に何が出来るかなのよね……」


 ロックハイム家による心からの歓待を受けた穂波は、改めて用意された客室で頭を抱えていた。目の前のテーブルには何枚ものメモが散らばっている。取り返した借用書やら帳簿に限らず、ナタリーはロックハイム家に関するありとあらゆる資料を開示してくれようとしたのだが、残念ながら穂波は一文字たりとも読めない。穂波にそう告げられたナタリーは、特に疑問を呈する事もなく現状について口頭で説明してくれたのだった。


「……酷い話ね……」


 ロックハイム家はこの街で代々鉱山の運営を行っていた一族だそうだ。ところがある時、他所から流れてきた例のやくざ連中が、あの手この手のあくどい手段で街のあらゆる産業を乗っ取ろうとし始めた。勿論、街の人達も抵抗はしたものの、状況は悪化する一方。そこで頼りにしたのが街の名士たるロックハイム家だった。その求めに応じ徹底抗戦を決意したナタリーの父である前当主は、あらゆる援助を惜しまなかった。その甲斐あって一時は盛り返すが、その先にあったのは更にエスカレートする嫌がらせの数々だった。日に日に増す悪辣さに疲弊していく街を前に、前当主は全てを自らの傘下に収め最後まで抵抗を試みるが敗北。財産の殆どを奪われ、昨日に至ったらしい。

 ナタリーに聞かされた話は、被害者側の言い分だとして少し割り引いたとしても、とんでもないレベルの話だ。ロックハイム家は良く持ちこたえた方だろう。だが、心労が祟り病死したナタリーの両親を初め、その犠牲は余りにも大きかった。


「何とか使えそうなのは……醸造所と農場か……」


 勿論、元々ロックハイム家が運営していた鉱山を再開出来ればいいのだが、人もモノもなくただ山のみが残っているような状況である。まずは財政を立て直すことが急務と言えるが、使えるカードは少ない。折角借用書を取り返した牧場や工場だったが、乗っ取られた挙句に打ち捨てられてしまっており、すぐに使えるような状態ではない。そんな中、醸造所だけは粗悪な安酒を作るためにフル稼働していたようで、雑に扱われていた設備に痛みも目立つが何とか使えそうだ。守り通した農場と合わせれば、酒造業の再建も可能だろう。


「……使えるようになればねぇ……」


 もっとも鉱山ですら維持できなかった状況で農場が維持できているはずもない。ロバートが出来る限りの手入れをしていたと言うが、一人での作業では限界がある。

 従業員を確保し続ける事が出来ず、手入れをする者がいなくなった農場は随分と荒れているらしい。再稼働させようにも時間がかかるのは明白だ。その間にも利子は嵩むだろうし、何より連中が手を拱いて見ているだけとも思えない。とにかく早急に金策を講じなければならないのだが……


「金も人も時間も無いんじゃどうしようもないじゃん……」


 街の働き手は連中に扱き使われる形で雇われている。低賃金重労働でも働かなければ食べていけない状況に置かれているのだ。ロックハイム家が給料さえ払えれば農場や醸造所に戻ってきてくれるのだろうが、そんな資金力があればそもそもこんな事態には陥っていない。


「……はぁ……」


 大きなため息をついた穂波は、背もたれに身を投げ出し天井を見上げる。普通に考えれば手の打ちようがない状況だ。実際、ナタリー達は有効な手を打てずにいた。だが、自分なら……


「……きっとそういう事なんだよね……」


 自問自答する。確たる自信はないが、異世界ガチャの結果の裏には神の意志がある気がしてならない。正直、あの神の掌の上で踊るのは癪で仕方がない。だが、本当に掌の上で踊ることを望まれているのだとすれば、それが目的へ続く道の可能性は高いだろう。なら、今は黙って踊るしかない。

 そう覚悟を決めかけた穂波だったが、首を振ってそれは違うと思い直す。

 私はナタリー達を助けたいから行動するのだ。その結果、たまたま神の思惑通りになってしまうかもしれないが、それはそれで仕方がないことだ。


「ふふっ……」


 言い訳めいた自分の想いに穂波は思わず吹き出してしまう。自分に出来ることは限られているそ、そしてそれをどう捉えるかは自分の気持ち次第だ。


「賽銭箱」


 おもむろにアイテムを要求した穂波は、間髪入れず静かに目の前のテーブルに現れた貯金箱のような小さな箱に眉を顰めた。出てきたアイテムに対してではなく、自分の要求に対してのレスポンスに違和感を覚えたせいだ。


「ねえ」


 いつもなら一しきり面倒がる件があったり、そもそも反応が遅れたりと、こっちがどれほど切羽詰まってようがお構いなしの神である。それが今回に限って即座に静かに反応があったのは、何かある気がしてならない。


「……今度は何ですか?賽銭箱なら、もうお送りしましたよ?」


 穂波の問いかけに、神はいつもの調子で応えた。その聞き慣れた声音に自分の思い過ごしか、と首を傾げた穂波だったが、せっかく声を掛けたんだしとそのまま疑問をぶつける。


「うん、それはありがと。でも、今日はなんか早かったよね」

「そうですか?まあ、私、おはようからおやすみまであなたに寄り添う転生の神、でございますから」


 これまた聞き慣れた文言である。いつも通りの反応のようで、何処かはぐらかされているようにも感じる。そんなモヤモヤに穂波の表情がうっすら厳しくなった。


「それはもう何回も聞かされてるけどさ。いつもはなんやかんや文句言ったりしてたじゃん」

「えっ?そうでしたっけ?」

「そうよ。ホント、毎度毎度うるさいくらいにね」

「それはつまり……私に文句を言われないと物足りない、そう仰ってる訳ですね。これはまた、穂波さんもなかなかニッチな性癖をお持ちで」


 普段ならイラっとするであろう神の言い回しだが、今日の穂波にはそれを上回る神への疑念があった。


「そうは仰ってないわよ。ただ、あんたにも何か思うところがあるのが『おねリン』じゃないのかなって、少し思っただけ」


 遠回しに聞き続けたところで馬脚は露しそうにない。ならばいっその事と、ストレートに訊いてみる。


「……それはもう、素晴らしい転生ライフをお過ごしいただけるよう、おはようからおやすみまで寄り添う、そんな思いでやらせてもらってます」


 結局はぐらかされる。


「そっか」


 その答えに一瞬顔を顰めた穂波だったが、すぐに諦めたように小さなため息をついた。ああ見えても八百万の一柱である。簡単に真意を量れようはずもない。


「じゃあ、次回も今日と同じ位の早さでお願いね」

「……それはもう、鋭意努力させていただきます」

「素晴らしい転生ライフの為に寄り添ってくれるんでしょ?」

「あくまでそんな気持ちでやらせてもらっていると言うだけで……寄り添い続けるとは言ってませんけど」

「……到底、神とは思えないやり口ね……」


 お互い思うところは有りそうながら、表面的にはいつもの調子に戻っていた。


「で、この賽銭箱だけど、どれくらいお納めしたらいいか知ってる?」


 穂波は気を取り直して別の問いを投げかける。だが、返ってきた答えは芳しい物ではなかった。


「どうして私が知ってると思うんです?」

「同じ神様じゃない。いや、同じって言ったらヒメに失礼な気もするけど」

「……それは私に失礼だと思いませんか?」

「思わない」

「……」


 さぞかし恨みがましい目をしている事だろうと思う穂波だったが、見えなければどうという事もない。


「で、知ってるの?知らないの?」

「知ってるわけないじゃないですか。私の賽銭箱ではないんですよ」

「それもそうか」


 神の答えに納得の表情で頷く穂波。何となく流れで聞いただけで、回答を期待していたわけではない。


「あくまでお気持ちだとは思いますけど、多いに越したことはないんじゃないですか」

「……世知辛いわね……」

「神様召喚しようとしておいて、世知辛いって事はないでしょう」


 心底呆れかえった神の声に、穂波は首を竦めた。


「それもそうね」

「お賽銭と言うものはあくまでお気持ちですからね。穂波さんの櫛名田比売へのお気持ちをお納めすれば宜しいかと」

「……難しいこと言うわね」

「そうですか?じゃあ、もう、とりあえずポンと突っ込めばいいんですよ。さっきも言ったじゃないですか。多いに越したことはないって」

「はいはい。訊いた私がバカだったわ」


 穂波が手をひらひらさせて話を打ち切ろうとするが、神は少々厭味ったらしく言葉を続けた。


「ただ、一点だけ注意していただきたいことがあるんですが……もう宜しかったでしょうか?」

「……わざわざ言うって事は、聞かなかったら宜しく無いって事よね」

「それはいくら何でも穿った見方じゃないですか。私の皆様へ寄り添う姿勢、そこを是非とも感じ取っていただきたい」

「そんな上辺の気持ちだけ感じ取ったところで何の役に立つのやら……で、何なのよ、注意って」


 どうせまたろくでもない事を言ってくるのだろう、と穂波は余りまともに取り合わない。


「もし、そちらで賽銭箱をお使いになられるのでしたら、ちゃんとそちらで価値のあるモノをお納めくださいね」

「ん?それはそうでしょ。多いに越したことはないって言うくらいなんだから、価値が……」


 神の言葉の意味するところを掴み兼ねた穂波は、いつものように軽口を返しかける。だが、すぐにその意味に気付き、天を仰いだ。


「あー、そっかそっか。この世界で価値のあるお気持ちじゃないとダメって事ね」

「賽銭箱はゴミ箱ではありませんから当然ですね」


 身も蓋もない神の言葉に、穂波は顔を顰めた。


「そんな言い方すると罰が当たるわよ。そっちの賽銭箱に突っ込めばゴミじゃなくなるんだからさ」

「いや、私は罰を当てる側なんですが……」

「転生の神に当てられる罰って何よ」

「それはもう、ご想像にお任せします」

「そう?まあ、私には関係ないからなんだっていいけど」


 そう言い放って話を打ち切った穂波は、しかめっ面のままどうしたものかと考え込む。手元にある現世の金銭はこの世界では無価値なのは間違いないだろう。手っ取り早いのは石との交換でこの世界の通貨を手に入れる事だが、わざわざ向こうから話を切り出してきたという事は、自分にとって不利なレートと言うことも大いにあり得る。


「とりあえずナタリーに相談かな」


 この世界では意外な物が価値を持っている事も十分に考えられる。焦って話を進める必要はどこにもない。


「他にご質問は?なければアニメ視聴に戻らせてもらいますけど」

「……またアニメ見てるの?」

「私に言わせてもらえば、アニメ見ている時に限って穂波さんが邪魔してくるんですが」


 少々強めの口調で神が文句を言うが、穂波はいつものように受け流す。


「それはそれは私が悪うございました。訊きたい事は訊いたから、もういいけど」


 穂波がそう言うが、神からの反応はない。穂波の答えを待たずしてアニメ視聴に戻ったのだろう。呆れたように大きなため息をついた穂波は、ゆっくり立ち上がると大きな伸びをした。結局『おねリン』の、神の狙いについては分からずじまいだったが、それで自分のやるべきことが変わる訳でもない。とにかく、最善だと思う手を打ち続けるしかないのだ。


「明日からも頑張ろう」


 そう呟いてベッドに身を投げ出した穂波は、すぐに穏やかな寝息をたて始めた。

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