ゴールデン・マウンテン 8
「街を出るんだ……」
常足で目抜き通りを進んでいた二頭の馬は、いつしか街外れに差し掛かっていた。
「以前は街にお住まいだったのですよ。ですが、鉱山だけでなく農場や牧場も管理されるようになった際に、近くの方が何かと便利という事で郊外へと移られたのです」
「なるほど……」
キーラの答えに頷いた穂波だったが、その表情はどこか厳しい。何かに耐えているのか、眉をきゅっと寄せている。だが、先を行く少女も背後のキーラも、その表情を目にしていない。
「さて、そろそろ飛ばすわよ」
街を出た所で人通りが絶えた事を確認した少女は、そう言うなり拍車をかけ速度を上げた。
「おお、マジか」
穂波も慌てて後を追うが、その表情は更に厳しくなっていく。それもそのはず。酒は飲むし馬にも乗る穂波だったが、酒を飲んだ状態で馬に乗るのは初めてである。そしてこれが思いのほかきつい。揺れで一気に酔いが回る。特に今回は尋常じゃない量のアルコールを摂取している事もあり、その効果は覿面だった。
ヤバいヤバいと心の中で呟き続けるが、どうにかなるものではない。とにかく早く屋敷に着いてくれることを祈りつつ、馬を駆って少女の後を追う。
そんな穂波の祈りが届いたのか、限界を迎えるよりも早く目的地が見えてきた。広大な緑の生い茂る土地の向こうに、古びてはいるが立派な煉瓦造りの屋敷が建っている。
「農場?牧場?」
少女が躊躇なく草地に突っ込んだのを見た穂波は、後を追いつつ辺りの様子に目を配る。
「この辺りは農場ですね……ですが、今は手入れをする余裕もなく……」
荒れるに任せている訳か、と納得する穂波。農場を活用する事すら出来ないというのは、なかなか厳しい状況だと言えよう。
「着いたわよ」
雑草の海を抜けると、そこはもう屋敷の目の前だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
玄関で畏まって立っていた巨漢が恭しく頭を下げ少女を迎える。門番なのか、側に大振りの斧を立て掛けている。
「ただいま、ロバート。誰か来たかしら?」
馬から降りた少女は、手綱をロバートに渡しつつ尋ねる。
「いえ、お嬢様が心配されていたようなことは何も」
「そう。てっきり私の留守を狙って何かしてくるのかと思っていたのだけれど……何事もなかったのなら良かったわ」
そう言って少女は安堵の笑みを浮かべた。
「ところで、そちらの方はお客様で?」
ロバートの視線の先にいるのは、馬上の穂波だ。
「ええ。私達の恩人の穂波よ」
「恩人、ですか?」
「そうよ。穂波、彼はロバート。我がロックハイム家の執事長よ。もっとも執事なんて今やロバート一人しかいないけど」
少女は肩を竦めつつ、ロバートを穂波に紹介した。
「お目にかかれて光栄です、穂波様」
紹介されたロバートが深々と頭を下げて挨拶をするのを見た穂波は、慌てて馬から降りる。だが、酔いが回った体は言う事を聞かず、その場にへたり込んでしまった。
「ちょ、ちょっと、穂波?」
駆け寄ろうとする少女を大丈夫と手で制した穂波だったが、立ち上がれはしない。
「ごめん、酔った」
そう言うなり地面に突っ伏してしまう。キーラはその側へと馬から降りると、そのままそっと寄り添い背を優しく撫でる。
「酔った?さっきまであんなに元気そうだったのに?」
酒場を出るまでとは全く違う様子に、少女は驚きを隠せない。
「揺れが思った以上にこたえてね……」
「揺れ?」
「……おさけ飲んでうま乗った事なんて無くてさ……」
穂波の言葉にキーラは納得したように頷いた。
「あれだけ飲んだんだもの。仕方ないわよね」
「でしょ?……だからわるいんだけど、すこし休ませてくれないかな……」
息も絶え絶えな穂波に、少女は一も二もなく頷く。
「勿論よ。存分に休んでくれて構わないわ」
少女はそう言いつつも少し不安そうな表情を浮かべた。
「えっと……立てる?」
「……だいじょうぶ……たつ……」
キーラの肩を借りて何とか立ち上がる穂波だったが、足元は覚束ない。バランスを崩す度にキーラが必死で支えているが、倒れないようにするのが精一杯だ。
「ロバー……トはダメよね、やっぱり」
その様子をやきもきしながら見ていた少女は、ロバートに手を貸すよう指示しかけるがすぐに思い直す。少女にとって穂波は未だにキーラの恋人である。面識のない男性に手伝わせるのは憚られた。
「私、ならいいよね?」
とは言えこのまま手を拱いていても事態は変わらない。ロバートよりかはいいだろうと、少女は自分が手を貸そうと穂波に確認を取る。
「なにが?」
何を聞かれているのかピンと来ていない穂波が聞き返す。
「何って、あなた一人で歩けてないから、私が手を貸すと言ってるの」
「ああ、めいわくかけてごめんね。よろしくおねがいします」
「迷惑ではないの。ただ、その、キーラの手前、ねぇ……」
言い淀む少女の姿を見た穂波は、力なく笑った。
「あー、いいのいいの、だいじょうぶ。そのけんはあとではなすから、とりあえずたすけて」
そして少女を誘うように手を伸ばすが、すぐに力無くだらんと垂れ下がってしまう。
「もう、しょうがないわね」
そう言った少女は覚悟を決めて穂波に肩を貸す。
「ロバートは馬の世話をお願い。私が乗ってたのは保安官の馬だから、ちゃんと見てあげてね」
「承知しました」
ロバートは一礼すると二頭の馬を厩へと引いていく。それを見送った少女は、改めて穂波に声をかけた。
「じゃ、穂波も行くわよ。部屋までは頑張って歩いてよね」
「……がんばる……」
小さな声で応えた穂波は、少女達に引きずられるようにしながら屋敷の中へと歩いて行った。




