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ゴールデン・マウンテン 7

 店を出た穂波達が目にしたのは、繋がれて待っていた見事な黒鹿毛の馬だった。


「お嬢様、またそんな恰好で馬に乗ったのですか」


 すかさず出たキーラの小言に、少女は少し頬を膨らませて言い返す。


「ちゃんとズボン履いてるからいいでしょ!」


 そして、勢いよくドレスのスカートを捲り上げた。見えたのは少女の言葉通り飾りっ気の無い乗馬ズボンだったが、令嬢には似つかわしくない姿には違いない。


「ハニワだ」


 思わず呟く穂波。流石に馬に乗る時にやる事はなかったが、高校生の時分はよくやっていただけに少女の気持ちが分からないでもない。どこの世界でも一緒なんだと、微笑ましく見守る。だが、それでは済まないのがキーラだ。


「お嬢様!はしたない恰好はおやめください!」


 悲鳴のような制止の声を上げると、少女は勢いよくスカートを戻し肩を竦めて言った。


「誰も気にしてないって」


 確かにそれなりに人通りはあるが、少女達には目を向ける者は殆どいない。稀に何事かと見てくる者もいるが、少女を視界に収めるとどことなく納得した表情で去っていく。よくある光景なのだろう。


「だからと言って、そんな恰好してもいい訳ではありません!」

「はいはい、次は気を付けるわ」


 少女はキーラを軽くいなすと、穂波に問いかける。


「穂波だっけ?あなた、馬には乗れる?」

「勿論」


 自信満々に答える穂波を、少女は改めて上から下まで眺める。見慣れない服装だが、馬に乗る分には問題無さそうではある。


「そう。じゃあ、この馬に乗ってちょうだい。後ろにキーラを乗せてあげてね」

「あなたは?」


 他に馬の姿はない。穂波の素朴な質問に少女は事も無げに答えた。


「歩く」

「いけません!」


 当然、キーラがそれを良しとするはずがない。


「私が歩きます。穂波の後ろにはお嬢様が乗ってください」

「それはダメよ。だって、穂波はその……キーラの恋人なんでしょ?私が触れるのは良くないと思うのよ……」


 少女はもじもじしながらもキーラの提案を拒否する。


「じゃあ、二人で乗って。私が歩くから」


 そろそろ恋人設定を何とかしないとと思いつつ、とりあえずこの場はそのままで乗り切ろうとする穂波だったが、勿論上手くいかない。


「恩人を歩かせるわけにはいかないわ。そんなことしたらロックハイム家の名折れだもの」


 少女にきっぱりと拒絶される。


「それに、キーラももう穂波の恋人なんだから、私が触れるわけにはいかないし」

「えっと、その件については忘れてくれると嬉しいな、とか思うんだけど」


 今更ながら慌てて否定しようとするが時既に遅し。


「どうして?愛の形は人それぞれ。理解は出来なくても干渉しない程度の良識はあるつもりよ。だから、隠さなくったっていいわ」

「いや、そう言う訳じゃなくって……」


 穂波はキーラに助けを求める視線を送るが、キーラは無言で弱々しく首を横に振った。少女の誤解を解くのは簡単ではないらしい。


「えっと、じゃあ、私が馬に乗れるってのを無しにするってのは……」

「無理。だって乗れるんでしょ?」

「……うん。まあ、それはそうなんだけど、そこを聞かなかった事にしてくれないかなって」

「どうして?」


 全く折れる気がない相手に、空気を読んで折れてと言っても詮無い事。穂波は諦めたように肩を落とす。


「当然三人で歩くってのも……」

「ダメよ。さっきも言ったでしょ。恩人を歩かせるわけにはいかないって」


 最後の提案もあっさり拒否される。


「では、穂波は馬に乗って、私達は歩く、にしませんか?」

「……私だけ馬ってのも気まずくて嫌なんだけど、この際だしそこは我慢する」


 このままでは埒が明かないと折衷案を出すキーラに穂波も乗っかるが、少女はそれでも納得しない。


「穂波が乗るならキーラも一緒でいいじゃない。私はキーラも歩かせたくないの」

「そう仰るなら、私がお嬢様を歩かせるわけにはいかないという事もご理解いただけるかと」

「いただけない」


 乗れ、乗らない、歩く、歩かさない、と少女とキーラのやり取りは堂々巡りに陥って終わりが見えない。そんな二人を呆れた様子で見ていた穂波の頭上から、更に呆れた感じの嗄れ声が降ってきた。


「何をしとるんじゃ、お前さんらは……」


 帰りかけていた保安官が、騒ぎを聞きつけ戻ってきたのだ。


「見ての通り、誰が馬に乗るか揉めてまして……」


 穂波の答えに保安官は益々呆れたように大きなため息をついた。


「そんな事で騒いでおるのか……」

「そんな事って、これにはロックハイム家の名誉がかかっているのよ」


 保安官の呟きを聞きつけた少女が矛先を変える。


「そうか。それは大変じゃのう。なら、儂の馬を貸してやる。これならどうじゃ」


 だが、そこは海千山千の老保安官。少女の言葉をあっさり受け流すと、さっと自分の馬から降り手綱を少女に押し付けた。


「……あら、ありがとう」


 急な展開に毒気を抜かれた少女は、キョトンとした表情で保安官を見つめている。


「構わんよ。いつまでも往来で騒がれておっては、儂の仕事が増えかねん」


 冗談ともつかぬ表情でそう言うと、サッと身を翻し元来た通りへ帰っていく。


「後で取りに行くから、水くらいは飲ましてやっといてくれ」

「それはもう、勿論。ロックハイム家の名に懸けて世話するわ」

「そこまでは言っとらんが、まあ期待しとるよ」


 保安官は振り返らずに手を振ると、そのまま去っていく。


「さ、これで解決よね。私は保安官の馬、穂波とキーラは私の馬。いい?」


 少女が自分の馬に乗ればいいのにと思った穂波だったが、彼女にしてみれば自分の馬に私を乗せる事に意味があるのだろうとすぐに考え直す。それに折角落ち着きそうな話を、今更ひっかきまわす必要もない。


「分かった」


 穂波が承諾すると、キーラも頷いた。


「よし。決まりね」


 そう言うと少女はひらりと保安官の馬に跨る。おお、と感嘆の声を上げた穂波だったが、負けず劣らずの軽やかさで馬上の人となる。


「ほら、乗れるじゃない」


 少女が悪戯っぽく笑う。


「だからそう言ったじゃん」


 きまり悪そうにそう言いつつ穂波はキーラに手を差し出し、自分の後ろへと引っ張り上げた。


「じゃ、行きましょう」


 穂波達の準備が整ったことを確認した少女の声を合図に、二頭の馬はゆっくりと歩き出した。

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