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ゴールデン・マウンテン 5

「だけどよ。嬢ちゃんが屋敷を賭けてくれねぇことには話にならねぇぜ?」

「……それは……」


 リーダーの言葉に少女が口籠る。その様子にそりゃそうよねと、穂波は頭をかいた。突然出てきた謎の小娘に大事な勝負を任せるなんて、普通は出来ない。穿った見方をすれば、自分は男達の仲間で勝負に負ける為に出てきた、とも考えられる。もっとも、男達がそこまで頭が回るようにも見えないが、だからと言って自分が信用されるかは別の話だ。


「じゃあ、代わりに何を賭けたら勝負してくれる訳?」


 穂波の言葉に、リーダーはわざとらしくもったいぶって答える。


「そうだなぁ……お前が負けたら、俺の女になるってんならいいぜ」


 その言葉に穂波は安堵のため息をつく。少女が躊躇うであろう事も、リーダーの提案も想定の範囲内だ。


「女から女を寝取った事はねぇからな。キーラの前でたっぷり可愛がってやるぜ」


 男と見間違われただけに自分が賭けの対象になるかが不安だったが、どうやらそんな事は関係ない程の下劣な品性の持ち主だったようだ。穂波は軽く肩を竦め同意を伝えようとするが、血相を変えたキーラが割って入ってくる。


「ちょっと!自分が何してるか分かってるの!?」


 キーラの表情からは、心から自分を心配してくれているのが分かる。ならばこそ、ここで降りる訳にはいかない。


「まあ、そこまで子供じゃないですし……」


 はぐらかそうとするが、キーラが納得するはずもない。


「だったらどうして!あなたには関係のない事でしょ。ましてや自分自身を賭けてまで勝負する必要なんてないじゃない!」


 それがそうとも限らないのよね、と穂波は心の中で苦笑する。


「一見無駄かもしれない理不尽なものでも、神が与える試練には意味があるものなのよ」


 エフィはそう言っていた。もし仮にこの『おねリン』が神の試練なのだとしたら、転生先の出来事は全て他人事では無い。


「関係ないなんて淋しいこと言わないでよ。私と貴女の仲じゃない」

「……それは……」


 男達の手前、言い返せないキーラに穂波は微笑みかけた。尤も、試練であろうがなかろうが今の自分には関係ない。目の前のキーラ達を見捨てるという選択肢など持ち合わせていない。


「それに、貴女とお嬢様じゃ、あいつに勝てないんでしょ?」

「だからと言って……」


 キーラは何とか穂波を翻意させようとするが、図星を突かれて言葉が出てこない。


「でもね、私なら勝てる。信用してとは言えないけど」


 勝つ自信はあるが、流石に保証はない。


「あいつ、私の事を貧相って馬鹿にしたからね。痛い目見せてやらないと気が済まないのよ。だからこれは私の勝負」


 キーラを安心させるかのように穂波は不敵に笑うと、改めてリーダーに合意を伝えようとした。


「分かった。それで……」

「待って!」


 だが、その言葉はキーラに遮られる。


「私を賭ける。もしこの子が負けたら私があんたの女になる。それでいいでしょ」

「ちょ、ちょっと……」


 今度は穂波が慌てる番となった。だがキーラの固く決意した横顔は、穂波のどんな言葉も受け入れる気がないのは明らかだ。


「そりゃ願ってもねぇ。どっちにしろ女から寝取ることには変わりがねぇからな。なら、いい女を抱ける方がいいに決まってる」


 ナチュラルにまたディスられたと内心腹立たしい穂波だったが、今はそれどころではない。


「私の勝負だって言ったの聞いてなかったの?」

「あいつが賭けてるのはお嬢様の借金。そしてそれは元は私の父の醸造所の借金。つまり、これは私の勝負でもあるって事よ。だったら、リスクを負うのは私じゃないと」

「……それはそうだけど、そうじゃないんだって……」

「あなたは何も気にせず勝負してくれたらいいわ」


 勿論、穂波に負けるつもりはない。だが仮に負けたとしても異世界のアイテムのあれやこれやを駆使すれば逃げるくらいは出来るだろう、という皮算用はあった。更には最後の手段として現世に逃げ還るという手すらある。これは穂波が消えた後に男達がどう動くか分からない以上、簡単に切れるカードではないが、それでもいざという時に備えがあるとないとでは安心感が全然違う。


「気にせずって、そんなの無理に決まってるじゃない」


 時間があれば説得する事も出来るかもしれないが、今の状況で『おねリン』について信じさせるのは至難の業だ。


「彼女にだけリスクを背負わせるなんて無理に決まってるでしょ」


 キーラに軽く返された穂波は、臍を噛む。ここで恋人設定が足を引っ張るとは思いもしなかったが、こうなってしまっては腹をくくるしかない。


「……分かった。じゃあ、信じて」

「当り前じゃない。私の素敵な彼女だもの」


 穂波の言葉にキーラが微笑んだ。穂波は少しばかり引き攣った笑顔をキーラに返すと、一度大きく息を吐き覚悟を決める。思いのほか重いものを背負う事になってしまったが、勝てば何の問題もない。


「じゃあ……」

「待って!」


 いざリーダーに勝負を挑もうとした穂波だったが、今度は少女が割って入ってきた。


「今度は何だっ!」


 何度も横槍を入れられたリーダーは、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴る。


「大きな声を出さないでよ」


 大声に顔を顰める少女だったが、すぐに気を取り直しリーダーに対して宣言する。


「屋敷も店も賭ける」

「は?」

「えっ?」


 少女の言葉にリーダーだけでなく穂波達の間にも動揺が走る。


「お嬢様!」


 悲鳴に近い声を上げたキーラを手で制した少女は精一杯胸を張り、今度はゆっくりと同じ内容をリーダーに告げた。


「屋敷も、店も賭ける」

「何のつもりだ?」


 少女の狙いが読めないリーダーが怪訝そうに聞くと、少女は呆れたような口調で答えた。


「何のつもりって、言葉の通りよ。屋敷も店も賭けるって」


 そこで何か思いついたのか、少女はニヤリと笑う。


「そうね、私も賭けるわ」

「ちょ、ちょっと!」


 少女の暴挙に穂波は慌てて彼女の手を掴み、自分の方へと引き寄せた。


「もう、乱暴に引っ張らないでよ!」

「ごめん……て、そんな事はどうでもいいの!何でいきなり賭け金増やしているのよ!」

「いいじゃない、別に。私の物をどうしようと私の勝手でしょ」


 少女は口を尖らせプイっと横を向いてしまう。


「いやまあ、そう言われたらそうかもしれないけどさ。だからっていきなり全部賭ける事はないでしょ。それとも、何か策でもあるの?」


 穂波の言葉に少女は心底不思議そうな表情を見せた。


「は?そんなのある訳ないじゃない。ノープランよ、ノープラン」


 当たり前でしょとばかりに言い放つ少女に、穂波は呆れるしかない。


「ノープランて……」

「何よ!だいたい、勝負するのはあなたなんだから、私に何か期待しないでよ」

「だったら……」

「あなたキーラの彼女なんでしょ。キーラが信じるって言ってるんだから、私も信じるしかないじゃない」


 また恋人設定が、と天を仰ぐ穂波。そんな穂波をよそに、少女はリーダーに啖呵を切る。


「私、キーラ、私の屋敷、キーラの店。四つ賭けるんだから、そっちも四枚賭けなさいよ」


 指折り数えて見せた少女に、リーダーは仕方ないという風に肩を竦めた。


「ガキは趣味じゃないんだが……まあ、キーラの前で嬢ちゃんを可愛がってやるのも乙なもんかもな。いいぜ、乗ってやる」


 そう言って三枚の証文を上乗せするリーダー。


「じゃあ、そろそろ……」

「……後一枚……」


 やっと勝負とばかりに酒のボトルに手を伸ばすリーダーだったが、穂波の声にその手が止まる。


「何?」

「オールベットよ、オールベット!私も賭けるから、後一枚足して」


 半ばヤケクソ気味に言い放つ穂波を、キーラ達が不安そうに見る。


「そんな顔しないでよ。もうこれ以上ないってくらい負けられない戦いになったんだもん。だったら最大のリターン狙わないと」


 そう言ってリーダーを挑発するように見る。


「まさか降りるなんて言わないよね」

「当たり前だ!お前らこそ、後で吠え面かくなよ。負けたらすぐにひん剥いてやるからよ」

「どうぞご勝手に。ま、妄想だけならタダだしね」


 穂波が煽ると、リーダーは拳で激しくテーブルを叩いた。


「おい、保安官(シェリフ)!聞いてたよな。こいつが負けたら、この女共は俺のもんだ。どう扱おうが文句は言わさねぇ。いいな?」

「……本当にいいのかね?」


 保安官の問いに、穂波達は頷く。


「その代わり私が勝ったら証文を五枚、返してもらうから」

「いいぜ。お前が勝ったらな」


 保安官が確認を取ろうとするよりも早く、リーダーが答える。


「そういう事なら仕方あるまい。お前らの好きにしろ。儂が見届けてやる」


 保安官の言葉を合図に、穂波とリーダーの前にボトルが置かれる。


「いいか。とにかく量を飲んだ方の勝ちだ。簡単だろ」

「分かった」


 穂波が頷くと同時に、一杯目がグラスに注がれる。


「……準備はいいかね?では、開始」


 保安官の声がかかるや否や、二人はグラスに手を伸ばした。

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