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ゴールデン・マウンテン 4

「まあ、あれだ。こっちとしちゃ、とことんまで絞りつくしてやってもいいんだが、うちのボスも鬼じゃねぇ。条件次第でこいつを綺麗さっぱり清算してやらんでもないって話よ」


 そう言いながら証文を少女の前に並べていく。


「ふん!そう言って、また後から別の証文を引っ張り出してくるつもりなんでしょ」

「これは手厳しいねぇ。だが、今回は正真正銘綺麗さっぱりさ。これ以上の証文は存在しねぇ。何なら、そこの保安官に誓ったって構わねぇぜ」

「……儂に誓われても困るんじゃが……」


 いきなり話を振られた保安官は困惑を隠せない。


「……いいわ。条件は何?」


 リーダーが何か隠しているとしても、これ以上問い詰めたところで真実を吐くとは思えない。追及を諦めた少女は話の続きを促す。


「簡単な話さ。お嬢ちゃんの元に残っている屋敷及び家財一切合切、そしてキーラのこの店。二人が揃って明け渡してくれりゃ、それで綺麗さっぱりチャラって寸法さ」


 いい条件だろ、とでも言うかのように得意げに語るリーダーだったが、条件を聞くなりキーラが噛みついた。


「ふざけないで!屋敷まで奪われたら、この先お嬢様の生活はどうなるのよ!」

「そこまでは知ったこっちゃねぇな。まあ、お嬢様だって女だ。毎晩、道端にでも立てば何とかなるんじゃねぇか。何なら、俺達が代わる代わる面倒見てやったっていいぜ」


 男達のねっとりした視線が少女にまとわりつく。少女は不愉快そうに眉をしかめるにとどまったが、キーラは更に激高して激しく机を叩いた。


「無礼な!お嬢様に対して何て事を!」

「何って、俺達なりにお嬢様の未来を案じてやったんじゃねぇか。何がそんなに気に入らねぇんだか」

「気に入るわけないでしょ!」

「そうかい?そいつは残念だ」


 リーダーは必死の抵抗を見せるキーラをせせら笑うかのように見ていた。圧倒的優位な立場から、とことんまでいびり倒す気でいるらしい。


「……分かった。この店が欲しいならくれてやる。だけど、お嬢様の屋敷は渡せない」


 勝ち目がないことを悟ったキーラが弱々しく告げるが、当然リーダーは納得しない。


「それじゃ、チャラは無理だな。まあ、ボスは優しいから借金を半分にしてくれたとして、だ。残金には当然利子が発生する。店を手放したお前に、その利子が払えるのか?」

「……それは……」


 痛い所を突かれたキーラが唇を噛む。どう足掻こうがお嬢様の助けになることは難しいようだ。


「屋敷は手放す。店は手放さない。これなら利子も払える。とりあえずこれでいいでしょ?」


 項垂れるキーラの肩に手を置いた少女が、代わりにリーダーと対峙する。


「いけません!」


 キーラが慌てて声を上げるが、少女は優しく押しとどめた。


「……これでいいの。あなたにはもう少し迷惑をかけるけど」

「迷惑だなんて……」


 そんな二人の会話を、リーダーは面白くて仕方がないといった感じで見ている。


「いいぜ。ざっくり借金半分、利子も半分て訳だな」

「ええ。半分になれば利子の支払いも少しは楽になるでしょ。その間に残りの半分をどうするか考えるわ」

「ほう。何か当てでもあるのかい?」

「今は無いけど……だから考えるって言ったじゃない」

「まあ、その利子を払い続けられるってんなら、考える時間もあるだろうけどな」

「……そうくる訳ね」

「あん?」


 リーダーが会心の一撃とばかりに放った一言だったが、少女に動揺は見られない。逆に思った反応を得られなかったリーダーの方が僅かに狼狽の色を見せた。


「……一応訊いてあげる。どういう事?」

「いや、何、大したことじゃねぇ。仮にこの店に客が入らなけりゃあ、どうするつもりなのかってな」


 リーダーの答えに少女は呆れたようにため息をついた。


「どうするって……どうにも出来ない事くらい分かってるんでしょ」


 少女の言葉に自分がまだ優位な立場であることを再確認したリーダーは、おどけたように肩を竦める。


「そう言うなって。これはお前達の事を思っての提案なんだぜ。いつ利子で首が回らなくなるか分からねぇ生活を続けるくらいなら、綺麗さっぱり清算して心機一転頑張れってボスの親心さ」

「身ぐるみ剥いでおいて心機一転も何もないじゃない」


 キーラが悔し気に呟くと、リーダーは得意気に言葉を続けた。


「まさに裸一貫で出直せって奴だな」


 対して上手くもない一言だったが、男達は大いに盛り上がる。


「……最初っから全部搾り取るつもりだったって訳ね」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ、嬢ちゃん」


 リーダーは心外だと言う表情を見せる。


「この街の発展に寄与した名士の忘れ形見が相手なんだ。あまり無体を言うもんじゃねぇと遠慮させてもらってたんだがな」

「ふんっ。どこがよ」

「どこがって……こんな骨までしゃぶり尽くせる案件、普通は簡単に清算させてくれないぜ?」

「……どうだか」


 リーダーの物言いに不安を感じた少女だったが、今更引くに引けない。精一杯の虚勢を張る。


「だがまあ、応じてもらえねぇってんならしょうがねぇ。こっちも方針転換だ。ケツの毛までむしり取ってやろうじゃないか」


 リーダーはニヤっと笑うと、証文を一枚少女の前に差し出した。


「賭けをしよう」

「賭け?」


 思わぬリーダーの申し出に少女が首を傾げる。


「ああ。俺はこの証文を賭ける。そっちは屋敷か店を賭けな。もし勝てばこの証文は返してやる」

「は?屋敷に対して証文一枚?ふざけてるの?」

「ふざけてなんかないさ。別にこっちは粛々と金を回収したっていいんだぜ?にもかかわらず、こんなチャンスをくれてやろうってんだ。多少不利な条件だって文句は言えねぇんじゃないか?」

「多少ってレベルじゃないじゃない」


 リーダーの言葉に少女は厳しい表情で考え込む。確かにチャンスはチャンスだが、あまりにもリスクが大きい。


「……そもそも勝手に賭けなんてしていいのかい?私達が勝ったはいいが、ボスが認めてないとかごねるんじゃないだろうね」


 キーラの言葉に、リーダーは人差し指を振って見せた。


「この件に関しちゃ、ボスから全て任されてるんでね。何をどうするも、俺次第よ」

「それで、賭けの方法は?」


 少女が尋ねる。ボスから任されていると言う以上、勝てる前提での発言に違いない。賭けの内容も相手に有利なのは間違いないだろう。だが、もしそこに僅かでもチャンスがあるようなら、賭けてみるしかない。


「ここをどこだと思ってるんだ。アルコールに決まってるだろうが!」


 そう叫んだリーダーが少女に対してグラスを突き出す。その中で揺れる琥珀色の液体を前に、少女の顔が引き攣った。


「なに、心配すんな。お嬢ちゃんみたいなガキに飲めとは言わねぇよ。代理を立ててくれりゃあいい」


 リーダーが意味ありげにキーラを横目で見る。キーラの顔もまた、少女と同様に引き攣っていた。


「……汚いね……」


 何とか声を絞り出しリーダーを非難するが、男達はそんなキーラを嘲笑った。


「おいおい。まさか、酒場の女が酒の相手出来ねぇって言うんじゃないだろうな」

「ゲスいなー」


 少女は言わずもがな、キーラの酒の強さまで把握しての行動だろう。リーダーの勝ち誇った笑顔に、思わず穂波が悪態をつく。幸い穂波の事など既に眼中にない男達の耳には届かなかったらしい。キーラ達を追い詰めようと囃し立てる事に必死だ。


「別に嫌だってんなら早撃ちで勝負してやってもいいんだぜ?」


 更には勝負にならないことを承知で代替案を持ちかけてくる。


「……そんな事……」


 少女は拳を固く握りしめ肩を震わせつつ、必死で考えを巡らせる。だが、相手に主導権を握られている以上、どうしようもないことは明白だった。


「賭けに乗らねぇんだったら、身ぐるみ剥がされて清算するか、利子を払い続けて身ぐるみ剥がされるか、好きな方を選びな」


 完全に追い込めたと確信したのか、言葉を飾ろうともしない。だけど、と穂波が微かに笑う。得てして足元をすくわれるのはそういう時なのよね、と。


「分かった。私が飲む」


 肩を落とした少女が負けを認めようとした瞬間、穂波の凛とした声が辺りに響き渡った。


「は?」


 予想外の展開にその場にいた全員が目を丸くして穂波を見つめる。


「代理を立てていいんでしょ?だったら、私がその子の代わりに飲む」


 事も無げに言い放つ穂波に対し、最初に我に返ったキーラが慌てて止めようと駆け寄った。


「ちょっと、あなた何を言ってるの?」

「何って、言葉通りだけど。実際、まだ飲み足りないんだよね」

「飲み足りないって……そんな状況じゃない事くらい分かるでしょ!」


 何とか思い止まらせようとするキーラだったが、穂波は大丈夫だからと全く取り合わない。


「えっと……誰?」


 そんな二人のやり取りを見ていた少女が訝しげに尋ねる。初めて見る穂波を不審がっているのは明らかだ。


「私?私は穂波。えっと……」


 なんと説明したものかと一瞬悩んだ穂波は、男達の視線でさっきのやり取りを思い出す。この場での立ち位置は既に決まっていた。


「キーラとお付き合いしています!」


 そう宣言しつつキーラに抱き着く。若干、勢いだけで行動したさっきの自分を恨まないではなかったが、今となっては仕方がない。キーラの体からは戸惑いと緊張を感じるが、穂波は構わず更にきつく抱き着いていく。


「あ、あら、そう……そうなの。えっと、そうだったのね、全然気付かなかったわ……その、ええ……」


 思いがけない告白に、少女は明らかに動揺を見せた。


「うん、キーラにいい人がいて良かったわ、ええ、うん……」


 仄かに顔を赤らめつつ二人から視線を逸らすが、どうにも気になるのかチラチラと横目で見てしまう。


「……ええ、実はそうなんです」


 なるようにしかならないと、キーラは覚悟を決め穂波の芝居に付き合うことにした。その背に手を回し、頬を顔に寄せる。


「大丈夫、私に任せて」


 これ幸いと穂波がキーラの耳元で囁くが、キーラとしても簡単に納得するわけにはいかない。


「大丈夫な訳ないじゃない。あいつ、結構な大酒飲みよ」

「奇遇ですね。私もなんです」


 自信ありげに笑う穂波に、キーラも呆れたのか説得の言葉が出てこなくなる。


「私ね、飲み比べて負けた事が三回あるんだけど……」

「三回もあるじゃない」


 キーラが至極真っ当なツッコミを入れる。


「相手が吸血鬼と神様と化け蛇だったのよね」

「……酔ってるの?」


 穂波の言葉が理解出来ないキーラが不安そうに訊くと、穂波は不敵に笑って答えた。


「まさか!この程度で酔いはしないもの。言ったでしょ、飲み足りないって」


 そして一度ギュッと力強くキーラの体を抱きしめた穂波は、軽やかに身を離しリーダーへと向き直った。


「私、キーラの彼女だもの。困ってるなら助けて当然。それがいい女ってもんでしょ」


 挑戦的な視線をリーダーにぶつける。


「ああ、確かに。そりゃいい女ってもんだ」


 そう言いつつ挑発するように笑う。


「いいだろう。相手してやってもいいぜ」


 その言葉に、男達が大いに沸きあがる。

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