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ゴールデン・マウンテン 3

「さっさと飲んで帰ってくれるかい。今月分はもう払ってるんだ、用はないだろ?」


 男達は大人しくはなったものの、一向に帰る様子がない。そんな連中に愛想の欠片もない表情で酒を給したキーラが、リーダーを睨みつける。


「つれないこと言うんじゃねぇよ。俺達の飲み代が無けりゃあ、月々の支払いも困るってもんだろ?」

「ちっ」


 リーダーが向けてきた嫌味な笑顔に舌打ちで応えたキーラだったが、言い返すことはせずにカウンターの中へと引っ込む。


「なるほどね……これは分かりやすい」


 カウンターの端で成り行きを見守っていた穂波の耳には、キーラ「誰のせいで……」という悔し気な呟きが届いていた。借金の催促という名目での嫌がらせ。その借金も何らか卑怯な手で背負わされたものだろう。


「……そりゃ、どっちに肩入れするかって言われたら明白だけどさ……」


 未だに神からクエストが発表されていないという事は、きっとそういう事なのだろう。


「問題は私に何が出来るかって事よね……」


 一旦は男達を大人しくさせる事は出来たが、いざ実力行使に出られてしまうと手も足も出ないのは間違いない。勿論、キーラもその事は危惧しており、危ないことはやめてと穂波を店の隅に追いやったのだ。


「……まあ、もう少し様子を見るしかないか……」


 キーラは私達の事情、と言っていた。どうするか決めるのは、その事情とやらが分かってからでも遅くはないだろう。そう結論付けた穂波は、グラスにバーボンを注ぐ。飲んでさえいれば、この場に居続けていても不自然ではない。グラスの中身をチビチビ舐めながら、キーラ達の様子を横目で窺い続ける。


「それに、今日は他にゲストも呼んでいるからよ。来るまでは待たしてもらわねぇと」


 そう言いつつリーダーは空になったグラスを掲げてお代わりを要求する。ゲストという言葉に引っかかりを覚えたキーラだったが、無言で酒を注ぐ。するとそれをきっかけに周りの男達も次々とお代わりを要求し始めた。うんざりした様子を隠そうともしないキーラだったが、それでも男共の間を飛び回りグラスを満たしていった。

 妙な緊張感が漂う中、男達は黙って酒を呷り続け、キーラは酒を注ぎ続けた。いかつい男連中が無言でひたすら飲み続ける姿は、それはそれで怖いものがある。傍から見ているだけの穂波ですら言いようのない圧を感じているのだが、慣れているのかキーラは淡々と給仕をこなしていた。もっとも、男達にとってもフラストレーションが溜まる状況ではあるらしく、杯を重ねる毎に空気は悪くなっていった。

 いつしか一触即発というレベルまで高まる緊張感。これはヤバい、と穂波はグラスを置くと僅かに腰を浮かした。男達が痺れを切らした時にどうでるかは予想も出来ないが、何が起きようともキーラの身の安全は確保しないといけないだろう。

 だが、そんな穂波の心配は杞憂に終わる。店内の空気が爆発するよりも早く、激しく扉が開く音と共に小柄な少女が店内に飛び込んできたのだ。


「ちょっと、どうしてこの店にいるのよ!キーラにはもう迷惑かけないって約束だったじゃない!」


 緩く結われた金髪を揺らしながら少女がリーダーに食って掛かる。彼女の着ている上品なドレスは精緻なレースで彩られ、いかにも高そうだ。だが、どことなく違和感を覚えた穂波がよく見てみると、上手く隠されてはいるが繕った跡が幾つかあるのが分かった。その丁寧な仕事ぶりからはドレスが大事にされている事が分かるが、同時に金銭的に余裕が無いことも示していた。


「なるほど、彼女か……」


 言わずもがなの事を呟く穂波。少女がキーラの言う私達に含まれているだろう事は間違いない。


「迷惑とはご挨拶だな。俺達がいなきゃ、こんな店とっくに潰れてるぜ」

「あんた達がいなければ、他のお客さんが来てくれるわよ」

「まあ、そこまで言うんなら二度と来ないでやってもいいけどよ。もっとも、困るのはキーラの方だと思うがな」


 リーダーの言葉に、男達が一斉に笑う。連中があの手この手で店を妨害してくるであろう事は火を見るよりも明らかだ。だが、少女はそこまで考えが回らないのだろう。怒り心頭といった感じで店の外へと声をかける。


「ちょっと、保安官(シェリフ)。何をしているのよ!早く入ってきてよ」


 その声に応じて入ってきたのは、年配のカウボーイだ。パッと見たところ街中で見かけたカウボーイ達と大差ない格好をしているが、胸には妙に頂点の多い星形のバッジが燦然と輝いていた。おそらくそれが保安官の証なのだろう。


「さっさとこいつらをここから追い払って!」


 保安官が入ってきた事を確認するなり少女が言い放つ。老保安官はやれやれとでも言いたげに頭を振り、苦虫を噛み潰したような表情で店内を見回した。男達はただ酒を飲んでいる。中には白々しく保安官にグラスを掲げて見せる者もいるが、大人しいものだ。保安官はハットを脱ぐと白髪交じりの髪を神経質そうに撫でつけた。


「お嬢さん。申し訳ないが、儂にもただ酒場で酒を飲んでいるだけの連中をどうこうする事は出来んよ」


 至極まっとうな意見だが、頭に血が上っている少女は納得しない。


「どうしてよ。こいつらにたむろされたら他のお客さんが来れないでしょ!」

「……まあ、店主がどうしてもと言うのであれば、何とか出来ん訳でもないが……」


 老保安官がキーラに目を向けるが、彼女は弱々しく首を振っただけだった。そんな事をしたところでなにも好転しないどころか、保安官にまで迷惑をかけることになりかねない。


「……そういう事じゃよ。この件に関して、儂に出来ることなんぞありはせん。せいぜい、一杯飲んで売り上げに貢献するくらいよ」


 そういうと老保安官は少女に背を向け、キーラに対しグラスを傾ける素振りを見せつつ店の隅の席へと移った。キーラは黙って保安官のテーブルへボトルとグラスを置く。


「何でよ!何でこんな連中に好き勝手されなきゃいけないのよ!」


 目に涙を浮かべながら少女が叫ぶ。


「何でって、そりゃあ、お前の親父さんがしこたま借金つくったからだろうが」


 リーダーが小馬鹿にしたように言うと、少女は目尻の涙を拭って言い返す。


「だから牧場の権利書を渡したじゃない!それで全部チャラだって……」

「勿論、チャラにしたぜ」

「だったら……」

「親父さんの鉱山の分はな」

「えっ」


 絶句した少女の姿に、リーダーは満足そうに嫌らしい笑顔を浮かべた。


「ボスは親父さんの作った借金は全部チャラにしてやるって言ったんだ。だからまあ、お前の親父さんのやっていた鉱山関連のあれやこれやはすっかりチャラさ」

「じゃ、じゃあ、借金はチャラって事でしょ……」


 震える声で少女が尋ねるが、リーダーは厭味ったらしく指を振って見せた。


「ところがだ。お前の親父さん、亡くなった友人の工場やら醸造所を立て直そうと諸々を一手に引き受けてたのさ。勿論、負債も込みでな」


 リーダーは懐から数枚の紙を取り出すと、わざとらしく咳払いをしては内容を読み始める。件の工場や醸造所に関する借金の証文らしく、結構な金額が読み上げられた。


「残念ながら、こいつは親父さんの作った借金じゃねぇ。だから、当然チャラにもならねぇ」


 これ見よがしに証文を少女の眼前でひらひらさせるリーダー。その様子を見ていた穂波は、その分かりやすいあくどさにある種の感動すら覚えていた。ここまであからさまだと迷う必要すらない。後はもう、ベストのタイミングで割って入るだけだ。


「さっさと金返せって言いたいところだが、お優しいこちらのキーラさんが利子だけは払ってくれてるからな。とりあえずは黙っててやったのさ」


 リーダーの少女いびりは続いている。


「……そんな……本当なの?キーラ……」


 キーラは今にも泣き崩れそうな少女に慌てて駆け寄り、その小さな体を抱きしめる。


「大丈夫です、お嬢様。これは私の問題でもありますから。お嬢様は何もお気になさらず」

「でも、でも……キーラに迷惑かけちゃってる……」

「私達一家がお父上から受けた御恩はこの程度では返せません」

「そりゃそうだろうよ」


 リーダーが二人の会話に割って入る。その瞬間、キーラの表情がサッと青ざめた。


「待って、その話はしないと……」

「お前の親父の醸造所の借金がなけりゃ、大事な大事なお嬢様の借金も少なくて済んでたはずだもんな」


 リーダーの暴露にキーラが唇を噛む。


「そりゃ、娘のお前が返すのが道理ってもんさ。それを御恩だとか、何かっこつけてんだか」

「……」


 返す言葉もなく俯くキーラに少女は恐る恐る声をかけた。


「本当なの?」


 小さな声に怒りはなかった。むしろキーラを心配しているかのような優しさすら感じられる。だが、今のキーラにそれを受け入れる余裕は無かった。慌てて少女から体を離すと、額を地面にこすりつける勢いで土下座した。


「申し訳ありません、お嬢様。これ以上、お嬢様にご迷惑はおかけしません。だから……」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ!」


 少女はキーラの手を取り頭を上げさせる。


「始まりが何であろうと、これはお父様の借金で、今は私の借金。だから、キーラこそ気にする必要なんてないのよ」

「しかし……」

「ごめんね、キーラ。もっと私がちゃんとしてたら、あなたにこんな思いをさせる必要もなかったのに」


 少女はキーラに笑いかけると、落ち着きを取り戻した様子でリーダーへと向き直った。


「それで、私にいったい何の用かしら。まさか、そんな暴露話の為だけに呼んだわけではないんでしょう?」


 軽く顎を上げリーダーを見下すように睨みつけるその様は、先ほどまで弱々しく泣いていた少女とは別人のようだ。


「お、おう……」


 その変わり身に、リーダーも思わず気圧されてしまう。

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