石が為に金は要る 3
「と言う事は、結局アベックガチャと言う事でよろしいので?」
穂波は神を一睨みした後、渋々と言った口調で答えた。
「……よろしいわよ」
例え最初は異世界に一人っきりでも、どこかに知り合いが居ると分かっていれば心の支えになるだろう。
「あっりがとうございまーす。ではでは、お二人ともそこに並んで並んで。あ、ちゃんと靴は履いてくださいね」
調子だけは良い神の言葉にイラっとしながらも、並んで立つ二人。穂波は思わず京平の服の裾を握りしめた。
「ん?」
掴まれた京平が穂波に目をやると、その顔が緊張で強張っているのが見て取れた。
「なあ、穂波。パラディンとかそう言うの全部抜きにしたとして、どんな世界に行ってみたい?」
「えっ?何それ?」
突然の京平の質問の意図が分からず、困惑する穂波。
「いや、聖の奴は、異世界のお姫様、ドジっ子エルフ、ケモ耳メイドに会いたいって言ってたからさ」
「ちょっと何言ってるか分かんないんだけど。聖って何の為の異世界ガチャなのか、ちゃんと分かってるの?」
「流石に分かってると思いたいけどな」
そう言って笑う京平を、穂波が呆れたように見る。
「聖らしいと言えば聖らしいけどさ。ちょっとはしゃぎすぎじゃない?」
「まあ、そう言ってやるなよ。今のところ、俺達の引きは絶望的だからな。パラディン以外にも当たりだと思える世界がないと、心が折れる」
不意にサウザンド・リキュウを思い出し、猛ラッシュを受けた腹を無意識にさする京平。
「なるほどね。確かに本命以外も当たりと思う気持ちは大事よね」
「だろ?そんな訳で、穂波はどんな世界を期待するのかってな」
穂波は首を傾げて真剣に考えこむ。アニメや漫画の舞台となる世界が次々と脳裏に浮かんでは消える。
「……悪魔召喚」
「えっ?」
「どうせなら、悪魔召喚とか出来る世界で、こんなふざけた神じゃない、神様と出会ってみたいかな」
そう言いつつ冷たい視線を目の前の転生の神に向けると、当の神は心外なとでも言わんばかりに大袈裟に肩を竦めて見せた。
「あー、そのゲーム好きだもんな」
京平も納得の表情を見せる。
「まあね。リアルに神様を召喚出来るとか素敵じゃない?」
「スサノオ様とか?」
何の気なしの京平のその一言を、穂波は慌てて全力で否定した。
「いやいや、スサノオ様はダメよ。今までだって一度も使ったことないもん。スサノオ様をお祀りしてる神社の敷地内で、スサノオ様を使役するとか罰当たりにも程があるわよ」
「ゲームじゃん」
「ゲームでもよ。そんな畏れ多い」
冗談かと思いきや、穂波の表情を見る限り本気のようだ。
「じゃあ、天照大神は?」
「天照様はうちの神社におられないのでセーフ」
「線引きそこなのかよ」
「だって、やっぱりそこは使いたいじゃない、せっかくだし」
真剣そのものと言った表情で頷いた穂波だったが、ふっと力を抜いて言葉を続けた。
「まあ、流石に神様は高望みだとしても、吸血鬼、狼男、フランケンシュタイン。会ってみたい存在はいくらでもいるわ」
「あー、確かに、穂波はファンタジーよりかは怪奇物の方が好きだもんな」
穂波に付き合わされて見たゴシックホラー映画の数々が、京平の脳裏をよぎる。
「そういや、昔、吸血鬼にファンレター出した事なかったっけ?」
「あー、そんな事もあったね」
京平の言葉に、穂波は照れたように頬を掻いた。小学生の頃、アイドルにファンレターを出したいと言う友達に付き合わされただけの話である。当時推しがいた訳でもない穂波は誰に宛てようかと随分と悩み、当時子供会で観た映画の主役だった吸血鬼役の女優に出す事にしたのだった。
「若気の至りってやつよね」
妖しくも美しい吸血鬼に心奪われたその映画が、自分の怪奇物好きの原点なのは間違いない。とは言え、日本のアイドルにファンレター出すと言っている同級生の横で、海外の怪奇映画の主演女優にファンレターを出そうとするのは、なかなかシュールな光景であっただろう。
「ちゃんと届いたかどうかも怪しいんだけどね」
そんなこんなでファンレターを書き上げた穂波だったが、当然宛先は分からない。とりあえず子供会の会長である父親に相談してみると、監督と知り合いだという予想外の答えが返ってきた。父親が言うには、熱心に参拝する外国人を見かけたので声を掛けたところ、妙に馬が合い意気投合したらしい。
そこで父親に頼んでファンレターを監督に託してもらう事にしたのだが、主演女優の元に届いたかどうかは分からない。
「映画見たことは覚えてないくせに、ファンレター書いてた事は覚えてるんだ」
少し拗ねたような口調で言う穂波だったが、自分でも忘れていたような事を京平が覚えていてくれた事は、素直に嬉しい。
「吸血鬼の魅力について幼馴染に熱く語る女子ってのは、なかなかいないと思うからな」
京平が当時を思い出して笑うと、穂波は今度こそ完全に拗ねた感じでそっぽを向いた。
「いいじゃん、別に。そう言うの共有出来るの京平達しかいなかったんだから仕方ないじゃん」
「そうだな」
穂波の言葉に頷いた京平だったが、すぐに首を捻った。
「穂波がそれだけはまった映画だろ?見てたら忘れないと思うんだけどな」
「でも、覚えてないじゃん」
あれは中学に上がったくらいだったろうか。聖達と怪奇物TRPGを遊んだ事をきっかけに、もう一度その映画が見てみたくなった穂波だったが、どうしてもタイトルが思い出せない。聖達に訊いてみると、不思議な事に一緒に見たはずなのに全く覚えていないと言う。ならばとネットで調べたりもしたのだが、結局それらしき映画を見つける事は出来ず、聖には夢でも見てたんじゃないかと言われる始末だった。
「……子供会ではアニメしか見た記憶ないんだよな」
「そう言われるとそうなのよね」
吸血鬼が主役の怪奇映画など、どこからどう見ても子供会での上映に向いていないのは明白である。そこで上映されていたのはアニメ映画で、怪奇映画はその裏でこっそり上映されていたのだとしてもおかしくない。
「まあ、別にいいわ。私は見たんだし、見たからこそ、今の私がいるんだしね」
そう言って笑った穂波の表情からは、すっかり緊張の色が消えていた。
「確かに」
「で、京平は?どんな世界に行きたい?」
「スーパードクターのいる世界」
間髪入れずに答えた京平を、軽く小突く余裕すらある。
「京平のそう言うところ、良くないと思う」
「そうか?」
今のところ、聖とは違い転生自体を楽しみに思う気持ちは強くない。寧ろさっさと目的を果たして、転生の神とやらと縁を切りたい気持ちの方が強い。そんな京平にとっては、目的を果たせる世界以外は当たりとは言えない。
「そうよ。私が真面目に考えて答えたんだから、そこは京平もちゃんと答えるべきじゃない?」
とは言え穂波の言う事も尤もなだけに、何かないかと考えてはみたものの、特に思いつかない。強いて言えば、やはりファンタジー世界になるのだろうが、それでは結局目的の世界である。
「まあまあ、いいじゃないですか。何事も行ってみないと始まりませんて。住めば都、地獄も住処、とりあえず行ってみましょうよ。行ったらいい世界が見つかりますって」
二人の会話に入れず暇を持て余していた神が、チャンスとばかりに口を挟んでくる。
「……そうね。そうしよっか」
癪ではあるが神の言う通りでもある。とりあえず行ってみない事には始まらない。
穂波の言葉に京平も頷く。その様子を見た神は満足気に頷くと、右手を軽く握り例のポーズを取る。
「それでは参りましょう!転生先に願いを込めて。レッツ、異世界アベックガチャ!」




