ゴールデン・マウンテン 1
「あー、なるほど。今回はアメリカターンか……」
いつも通りの転生を終えた穂波はそう呟くと僅かに肩を落とした。
目の前に広がるの光景は荒野。砂塵が舞う風にタンブルウィードがそこかしこで転げ回っている。
「荒野の七人、駅馬車、明日に向かって撃て……うーん、どれにしたって物騒よね」
頭の中を名作西部劇のストーリーが駆け巡る。そもそも物騒でない西部劇が思い当たらない。
「それにしても……なんか私の想像力の限界を見せつけられてるみたいで嫌だなー」
穂波が一人で転生した世界は日本風或いはアメリカ風のどちらかにカテゴライズされるであろう世界しかない。仮に『おねリン』が壮大な自分達の妄想だとしたら、現実に近しい世界しか産み出せない自分の想像力に泣きたくなることだろう。
「ま、結局ここがどこであろうと、やることやるしかない訳ですが」
そう言って自分を納得させた穂波は辺りをぐるっと見回す。何か見えないかと期待したのだが、見渡す限り荒野が広がっているだけだった。その光景にため息と共に肩を落とした穂波だったが、だからと言ってここでぼうっとしていても何も始まらない。
「ねぇ、クエストは?」
あの神に頼るのは癪だが、クエストを聞けばこの世界がどんな世界か予想も出来る。心を無にして現世の神に問いかけた穂波だったが、期待した答えは返ってこなかった。
「あー、その世界もシークレットになってますねぇ」
その口調に、ヘラヘラしながら答えてるなといつものようにイラっとする穂波。だが、それ以上に神の答えが意味する事の方が気になっていた。クエストが伏せられている理由がヒメの世界と同じだとすれば、この世界の神も自分が何かする事を求めているのだろう。
「そのパターンかー」
分かりやすいと言えば分かりやすい。やるべき事さえ分かれば、だが。
「まあ、クプヌヌとやらがいる世界じゃないだけマシか」
荒野に立っていると気づいた瞬間は、クプヌヌのいる世界か京平が行ったSFの混ざったウエスタンな世界かという危惧が頭に浮かんだが、どうやら杞憂だったらしい。
「よしっ」
一度気合を入れ直した穂波は、どこへ向かおうかと改めて周囲を見渡した。前はどこまでも荒野のようだが、振り返ると遠くに山並みが見える。
「うん、山にしよう」
何か目標がある方が歩きやすい。そう判断した穂波は踵を返すと山へ向かって歩き出した。
こうして埃っぽい風の中を歩くこと一時間。前方の山こそ徐々に大きくなれど、それ以外は代り映えのしない景色に穂波はうんざりしていた。これは判断をミスったかと、自然と表情も厳しくなる。とは言え、引き返したところで自体が好転するとも限らない。顔を顰めつつも進み続けるしかなかった。
更に歩き続けること小一時間。ようやく見えてきた光景に穂波は安堵のため息を漏らした。
「街だ」
嬉しさのあまり歩みが早くなる。木造の建物が立ち並ぶ街の全容が見えてくるまでそう時間はかからなかった。
街の入口へとたどり着いた穂波が目にしたのは、思いのほか賑やかな街の姿だ。まだ日が高いこともあり、メインストリートには多くの人の姿がある。デニムのジーンズにウエスタンシャツに身を包み、頭にはテンガロンハット、足元はブーツとテンプレのようなカウボーイがいるかと思えば、埃と泥に塗れたシャツとオーバーオールが印象的な鉱夫もいる。建物の方へと目を向けると見えるのは、肩から胸元にかけて大胆に露出したドレス姿の女性達だ。派手なメイクやアクセサリー、凝った刺繍にハイヒールと、思い思いの装いで行きかう男達を誘っている。そんなやり取りを横目に通りを急ぐ女性が着ているのは長くゆったりしたワンピースだ。
「これぞまさに西部って感じ」
カウボーイが連れている馬は機械ではないし、腰に下げている銃も映画で見るような大時代的な回転式に見える。それを喜んでいいのか悪いのかは分からないが、まずは興味深く周囲を観察しながら通りを歩いてみる。
「……そりゃまあ、浮くよね」
声こそかけられないが、すれ違う人々は一様に奇異の目で見てくる。ブラウスにジーパン、スニーカーという姿は、ギリギリ軽装のカウボーイと言い張れなくもない気はするが、問題は誰一人として女性でそんな恰好をしている人はいないということだろう。
今のところはせいぜい目で追われる程度で済んでいるが、後々この格好のせいで面倒に巻き込まれないとも限らない。
「TPOって大事なんだろうけど、こればっかりは……」
どんな世界に行くかもわからないのにTPOもくそもない。
「これはすぐにでも改善すべき項目じゃないかな。服装が原因で世界を楽しめないのは『おねリン』的にも良くないと思うけど」
現世の神に当てつけるかのように呟くが、リアクションはない。聞き流されたか、そもそも聞いていないか。とにかく還ったら文句を言ってやろうと固く心に誓う。
「ねえ、そこの坊や?」
そんな穂波に遂に声がかかった。だが、心の中で神への文句を考える事に忙しい穂波には聞こえていない。
「ちょっと、坊やってば。お姉さんと一杯どう?」
再度女性が声をかけてくる。そこでようやく声に気づいた穂波だったが、坊やと呼ばれたことも相まって自分の事だとは思わない。艶のある色っぽい声だな、とまるで他人事のような感想を持っただけだ。
「ねえ、折角いい女が声かけてるんだから無視は酷いんじゃない?」
全く反応がない穂波の姿に自尊心が傷ついたのか、声音に拗ねたような響きが混ざる。その声に一体どんな女性が誰に声をかけているのか気になった穂波は、周囲へと視線を巡らせる。だが、辺りに坊やと呼ばれそうな人物はおらず、代わりに自分を見つめている一人の女性と目が合った。酒場らしき建物の入口に立っている、褐色の肌に派手な紅いリップが艶めかしいグラマラスな女性だ。
「もしかして、私?」
ここまであからさまに間違えられたことは無いんだけど、と首を傾げつつ尋ねる穂波。その声に女性は小さく驚きの声を上げると、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「あら、女の子だったのね。ごめんなさい。そんな恰好をしているからてっきり……」
「ああ、その、お気になさらず」
こればかりは彼女を責める訳にはいかないだろう。こういう世界でそういう格好をしているのは自分なのだし、責められるべきは例の神だろう。
「確かに坊やにしては可愛すぎるものね。ちょっと残念」
そう言って肩を竦めた女性だったが、何か思いついたのかポンと手を打った。
「そうだ!お詫びと言っては何だけれど一杯奢らせてくれないかしら?勿論、嫌じゃなかったらだけど」
そして悪戯っぽく笑って付け加える。
「女の子だけど、結構好みのタイプなのよね。このままお別れじゃもったいないわ」
「ハハっ……」
一旦は愛想笑いで答えた穂波だったが、悪い話ではない。多少なりとも好意を持ってくれている相手と話が出来るのというのは、この世界に来たばかりの穂波にとってはありがたい。
「そうですね。折角なので一杯くらいならご馳走になろうかな」
穂波が予防線を張りつつ承諾すると、女性は嬉しそうに手招きした。
「そうしましょ。さ、こっちへおいでなさいな」
穂波は女性に促されるまま建物に足を踏み入れる。




