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アンドロイドは甘い夢を見るか? 7

 何食わぬ顔でまた店内を見て回っていると、収穫が無かったのか残念そうな表情のクインが寄ってきた。


「申し訳ありません。つい、自分の事に熱中してしまいました」


 そう言って頭を下げる。


「それで、その……楽しんでいただけましたか?」


 その問いに聖が笑顔で頷くと、クインもつられて笑う。


「そうですか。それは良かったです。では、そろそろ行きましょうか」


 二人はロボの挨拶を背に外に出る。すっかり日は落ち夜の時間を迎えようとしているが、辺りのネオンがより一層派手に光を撒き散らしている為、暗さは微塵程も感じられない。

 そんな光の喧騒の中、自然と二人は並んで歩き出した。先生のラボへと足を向ける。

 何となく無言で歩き続ける二人。聖は気の利いた一言でも言った方がいいのかと、たまにクインの様子を窺っているのだが、何か考え込んでいるような横顔を見ては何も言えなくなっていた。

 そしてそのまま、ラボの前まで帰ってきてしまう。


「……今日は如何でしたでしょうか?私は、聖様を愛せていたのでしょうか?」


 いざお別れという段になって、クインが思いつめた表情で尋ねてきた。すぐには答えを返せない聖。


「申し訳ありません。このような事、聖様に尋ねるべきことではありませんでしたね」


 聖の表情から察する物があったのか、クインはそう言って早々に質問を取り消してしまった。聖の気のせいか、その顔はどこか寂し気に見える。


「私はとても楽しかったですわ。それでは、またいつか。御機嫌よう」


 そう言うとさっと身を翻したクインは、振り返ることなくラボに入ろうとする。その姿は聖を愛すると言った者には見えなかった。一瞬そのまま見送ってしまおうかとも思った聖だったが、堪らずその手を掴む。


「何のおつもりですか?私、片手が空いてましたら十二分に戦えますわよ。覚えてらっしゃらないのですか?」

「そっちこそ覚えてないのか。俺は右手ふさがったら武器を抜く事すら覚束ないって」


 そう言う聖は右手でクインの右手を掴んでいる。


「俺を愛するんじゃなかったのか。それがなんだよ、またいつかって」

「先生の顔を立てたまでですわ。それに、素体を見られた分くらいは愛しました。それで十分でしょう」

「あんたの素体ってのは随分安いんだな」


 自分が何にモヤモヤしているか分からない聖だったが、クインをこのまま帰してはいけない気がしたのだけは確かだ。


「……ええ、きっとそうなのでしょうね」


 予想外に落ち込んだクインの声に、上がりかけた聖の気勢も削がれてしまう。


「戦闘しか出来ないこんな体ですもの。きっと何の価値もありはしませんわ」

「そんな事はない。俺だって今日は楽しかった。ここへ来れて良かったと思ってる」


 それは紛れもない本心だった。例え高坂を救う道に通じてなかったとしても、今日の一回が無駄だとは思えない。


「そうですか。そう思っていただけたなら幸いですわ」


 クインが微かに笑う。


「今だってそうやって笑ってくれるし、今日は色々な表情だって見せてくれたじゃないか。戦闘だけしか出来ないなんてことはない」


 だが、クインは首を振ってその言葉を否定した。


「今、私は笑ったんですね。でも、それすら私にはよく分からないのです。私が笑いたいと思ったから笑っているのか、それとも私の中の回路がそれを最適として作り出したものなのか」


 では今寂しげに見える表情も、回路が作り出したものだとでも言うのだろうか。聖にはそんな風には思えない。


「今日、ご覧になった全てがそうかもしれませんのよ。そんな私に、聖様はどんな価値を見出せまして?」

「それは……」


 聖が言葉に詰まる。


「今の私はどこまでいっても機械なのですよ。聖様が見ている私は私の中のプログラムが作り出したまやかしにしかすぎません」

「そんな事はない。ペアウェポンだとはしゃぐクインさんは可愛かった。武器を取り上げられて困惑する姿も、手に入れて喜ぶ姿も、今日見た姿はどれも可愛かった」

「……機械相手に可愛いを連呼しても、何の意味もありませんよ」


 そう言いつつも満更ではない様子を見せる。


「ほら!今のその得意気な表情。それもまやかしだって言うのかよ」

「え、ええ、そうですわ」

「そうか、分かった。今日のデートは全部まやかし。そう言う事なんだな」

「そう言っているつもりだったのですが……ようやく分かっていただけましたか?」


 クインの言葉に、聖はニヤッと笑って答えた。


「ああ、分かった。つまり俺が丸儲けだって事がさ」

「は?何を仰ってるのかしら?」


 訝しがるクインに、聖が得意気に説明する。


「素体を見た俺をクインさんは愛するって言ったにも関わらず、愛していないからさ」

「何を仰るかと思えば、そんな事。素体を見られた分くらいは愛したと言ったはずですが……」

「でも、それはまやかしだ」


 今度はクインが言葉に詰まる番だった。


「クインさんが自分で言ったんだぜ。全てまやかしだって。つまり俺はまだ愛されてない」


 これ見よがしに勝ち誇って見せる聖。


「素体を見た分だけ、俺が得をしたって事じゃん」

「……なら、殺しますわ」


 その言葉と同時に右の手首から刃が飛び出す。


「ここは先生のラボではありませんもの。殺しても問題ないでしょう?」


 クインの目が鋭くなり、聖を見据える。


「ああ、構わないぜ。但し……」


 聖は意外にも落ち着いた表情で、そのクインの視線を受け止めた。そのまま見つめ返す。


「まやかしはなしだ」

「えっ?」

「クインさん自身が俺を殺したいと思うなら殺されても構わない。でも、プログラムに殺されてやる義理はない」


 その言葉にクインが狼狽えるのを見た聖は、さらに畳みかける。


「クインさんが決めてくれ。プログラムでも回路でもない、クインビーその人の決断なら、俺はどんな答えでも受け入れる」

「……プログラムも私の一部だとすれば、その答えは私の答えで……」


 苦し紛れのクインの言い訳を、聖はきっぱりと否定する。


「それが通るなら、俺は既に愛されてるから、そもそも殺される必要がなくなる」

「……それは、そうですけど……」


 俯いて肩を震わせるクイン。何やら小さく呟きながら考えを纏めようとしているが、答えは出そうにない。

 暫くそうやって悩んでいたクインだったが、やがてさっと顔を上げ目の前の聖を睨みつけた。

 涙は出ないんだ、とその顔を見た聖が気付く。もし出たとしたらそれは見事な涙目だっただろう。


「どう……」

「うるさい!うるさい!」


 聖の言葉をクインの怒声とも悲鳴ともつかない声が遮る。同時にクインは右手の刃を聖に向かって突き出すが、狙いはその顔から僅かに逸れていた。


「ズルいですわ。私だってよく分からないと言ったじゃないですか!そんな私に、殺したいのか殺したくないのか、どちらが本当か分かる訳なんてありません」


 やはり殺したい気持ちはあるんだと少し肝を冷やした聖だったが、同時に殺したくない気持ちもある事にホッとする。そんな内心はおくびにも出さず、自分を掠めたクインの右腕にそっと触れた。


「じゃあ、クインさんが自分の気持ちが分かるようになるまで付き合うよ」

「えっ?」

「さっき言ったじゃないっすか。クインビーその人の決断ならどんな答えでも受け入れるって」

「殺したい、が本心かもしれませんのよ?」

「ま、その場合はその場合ですよ。出来れば殺されたくないですけど」


 明るく言ってのけた聖は、伸ばしっぱなしになっていたクインの腕をそっと優しく押し戻す。その様子をクインは理解できないと言った表情で見つめていた。


「それに苦しんでるクインさんを見捨てる訳にもいかないしさ」

「私は苦しんでなど……」


 そう言いかけたクインだったが、さっきの自分の取り乱した様を思い出し苦笑した。


「どうやら私は自分が苦しんでいるかどうかすら、分からないようです」

「自分の事って分かってるようで分かってないもんさ」


 聖がしたり顔で頷いて見せる


「せっかく出会ったんだし本当のクインさんを知りたいし。丁度いいじゃん」

「本当の私などを知っても何の得もありませんわよ」

「それはそうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。やってみないと分からないって。ま、その時には殺されてるかもしれないけどね」


 そう言って聖が悪戯っぽく笑うと、クインもつられて笑った。涙が流れれば、いい泣き笑いだっただろう。


「やっぱり聖様はバカですね」

「そんなつもりはないんだけど」


 そう言って笑い合う二人に、横から呆れたような声がかけられた。


「話はまとまった?まったく、人の家の前で痴話喧嘩とか、少しは迷惑を考えてほしいわ」


 いつの間にかラボの入り口に先生の姿があった。ごみを捨てに出てきたのだろうか、大きなごみ袋に腰を掛けて、相変わらずのガスマスクを二人に向けている。


「い、いつからそこに」


 割と恥ずかしい事を言っていた自覚のある聖が恐る恐る尋ねると、先生はからかうような口調で答えた。


「青年がクインビーを可愛い可愛いと褒めていたところからかな」

「ああっ」


 一番恥ずかしい所を聞かれていた事に聖が悶絶する。クインはクインでその時の事を思い出し、今更ながらに恥ずかしさに襲われていた。


「そんなに恥ずかしがるなら言わなければいいのに」

「いや、それはその、その場のノリとか……」

「ま、なんでもいいけどね。で、青年は行く当てはあるの?ないならうちに泊まらない?」

「えっ?」


 ガスマスク姿とは言え女性に誘われると嬉しいものらしく、聖の表情が僅かに緩む。横でクインがムッとした表情を見せるが、聖は気づいていない。


「クインのメンテの時に使っている温泉VRが修理できてないのよ。暇なら話し相手になってあげてよ」

「あっ、そう言うこと」


 先生の目的を知り、少しがっかりする聖。


「……何考えてたのか知らないけど、本当のクインを知りたいとか恥ずかしいこと言ってたんだし、丁度いいでしょ」

「まあ、クインさんが良ければ。また、素体云々て言われると面倒だし」

「そこは気を付けますわよ。その……聖様が、どうしてもというのでしたら、構いませんけれど」

「何、お互いに面倒なカップルみたいな事言ってるのよ。それじゃ、決まりでいいわね」


 先生が煮え切らない二人に変わってさっさと決めてしまう。


「じゃ、さっさと入って。あ、そうそう、クイン。ラボの前でも人を殺すのは禁止ね。そこも片付けるの私だから」

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