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アンドロイドは甘い夢を見るか? 4

 クインに連れられて外に出た聖は、目の前の光景に息を呑んだ。

 陰鬱とした闇の中にけばけばしく輝く原色のネオン。何の宣伝かはよく分からないが、やたらと存在感を出している立体映像の看板。

 空は無数のサーチライトに照らされ、その間を縫うように大型ヴィジョンを取り付けた飛行船が飛んでいる。

 そして地上に目を向ければ、様々な異形の人物がそこかしこを行きかっていた。


「……どうかされまして?」


 外へ出るなり周囲の光景に目を奪われた聖を、クインが不思議そうに見ている。


「あ、いえ、別に」


 彼女達にとっては日常の光景が珍しかったので、とは言えない。


「そうですか?なら、いいのですけど」


 クインは聖の言葉を疑う様子もない。聖を見つめたまま小首を傾げ、何やら考え込んでいる。


「デートをするよう言われましたが……そもそも、デートとは何をするものなのでしょうか」


 クインは真剣そのものといった表情で聖を見つめている。どうやら冗談ではないらしい。


「うーん。まあ、ショッピングしたり、食事したり、とかじゃないですかね」


 聖は聖でクインの本心を図りかねており、無難な回答をするに留めた。この世界の医療やら薬やら、京平に指示された情報について聞きたい気持ちはあったが、迂闊な事を言ってまた殺すモードに入られても困る。


「ショッピング……」

「クインさんお勧めの店とかあれば是非」

「……私のお勧めですか?……分かりました。ご案内いたします」


 案内すべき店に思い当たったクインが先に立ってさっさと歩き出したので、聖も慌てて後を追う。

 クインは狭い路地を迷うことなく進んでいった。ネオンの数がドンドンと減っていくにつれ、建物の荒れ具合はドンドンと増していく。

 先生のラボを出た時点で既に治安の悪さを感じていた聖だったが、まだまだ序の口だった事を思い知らされる。

 不意に側の暗がりでガタガタと激しい音が鳴ったかと思うと、聖達の前に小さな影が飛び出してきた。その影はそのまま二人の前を通り過ぎどこかへと走り去ったが、聖は驚きのあまりクインの腕にしがみついてしまう。

 そんな聖を不思議そうに見つめるクイン。


「ああ、これは失礼いたしました。デート中は肉体的な接触が必要、という事でございますね」


 やがて一人で納得したクインは、そのまま歩き出す。言ってることは強ち間違いでもない気がするが、女性の腕にしがみついたままウロウロすると言うのは、異世界とは言え気恥ずかしい。


「それなら手を繋ぐか、腕を組むで……」


 堪らずアピールした聖に、クインは思案顔で頷いた。


「それは構いませんけど……」


 聖が身を離した事で自由になった左手をそのまま聖に差し出す。その手を取ろうと聖が右手を伸ばすと、クインが心配そうに尋ねてきた。


「聖様は左利きですの?」

「えっ?」


 意図の分からない質問に、聖の手が止まる。


「このまま手を繋いでしまいますと、私が聖様の右手を封じてしまう事になります。もし敵の襲撃にあってしまいますと、とても危険な事になるのではないかと」


 クインの表情からは冗談ではなく、心から心配しているのが伝わってくる。おそらくこの世界では普通に心配すべきことなのだろうが、残念ながら聖の右手が空いていたところで何が出来る訳でもない。


「本来でしたら利き腕の区別のない私が右手を差し出せれば良かったのですけれど、今日は右手にしか武装がありませんので……」


 申し訳なさそうに頭を下げられ、聖は慌てて顔の前で手を振った。


「いやいや、大丈夫ですよ。どうせ右手空いてたところで武器持ってないし」

「丸腰ですの!?」


 ラボで先生に武器を取り上げられた時もそうだが、クインの丸腰に対する拒絶反応が凄い。そんな世界だから、と言ってしまえばそれまでだが、それにしても限度を越えている気がする。


「ま、まあ、そう言う事でしたら……」


 気を取り直したクインが左手を差し出してくる。その手を握ろうとした聖だったが、そこで改めてクインの顔を見てしまい実感する。

 美人だ、と。

 一皮剥けば自分に殺意を向けてきた金属の塊なのだし、そもそも外見なんていかようにでも作れる存在だし、と頭の中では理解しているのだが、一旦意識してしまうとそんな考えはどこかに飛んで行ってしまう。

 嬉しさ、恥ずかしさ、後ろめたさ。色々な感情が渦巻くのを感じつつ、クインと手を繋ぐ。当然、ここは思い切って恋人繋ぎだ。


「なるほど。指の間も利用して接触面を増やしているのですね。実に合理的です」


 予想もしない方向から感心されると、別の意味で恥ずかしくなる。

 色んな意味で赤くなった聖をよそに、並んで歩くクインは考察を続けていた。


「なるほど。こうやって歩くと、手だけでなく腕が体に触れたりもするのですね」


 わざと言ってるんじゃないかと思わなくもないが、そっと窺ったクインの横顔は真剣そのものだ。

 暫く無言で歩く二人。物理的な距離は近いが、まだまだ恋人気分と言うにはほど遠い。


「さ、もう着きますわよ」


 辺りの風景がいよいよスラムと見間違うほどにまで荒れ果てている。クインが指し示しているのも、今にも崩れ落ちそうなビルだ。


「ここでショッピングですか?」


 クインを疑うわけではないが、それにしたって酷すぎる風景だ。クインは意に介せずビルの中へ入っていった。

 奥に一台のエレベーターが見えるが、そこへ通じる通路以外は殆ど瓦礫で埋まっている。

 クインは迷うことなくエレベーターの前まで歩みを進める。すると、その動きに合わせたかのように扉が開いた。躊躇なく乗り込むクイン。手を繋いだままの聖も否応なしだ。

 二人が乗り込むと、エレベーターは下降を始めた。


「私の恋人ですから滅多な事はないかと思いますが、油断だけはされませぬよう」


 耳元でクインに囁かれ、一人身悶えした聖は、危うく内容を聞き逃すところだった。


「油断?」

「ええ。聖様は非常に珍しいですから」


 どういう意味かと聞き返す間もなく、扉が開いた。目に飛び込んできたのは所狭しと並べられた銃器の類である。


「武器……屋?」


 クインに任せた時点で予想しておくべきだったと後悔するが、後の祭りである。冷静に考えてみれば、いわゆるデートで向かうような店に案内される可能性が低いことくらい分かったはずだが、完全にその外見に騙されてしまっていた。


「ええ。この街で一番の品揃えですわ。お勧めのお店ですわよ。聖様が丸腰だって仰ってましたから、ちょうど良かったですわ」


 当然クインに悪びれた様子はない。


「おう、クインビー。連れがいるとは珍しいな」


 奥から店主らしき男が声を掛けてくる。体の至る所にゴリゴリとサイバーなパーツを付けているが、まだ人間の部分も多く目立つ。顔には特に改造の跡が見えなかったが、聖には自分に視線が向けられた際、その目が少し光ったように感じられた。


「私の恋人の聖様ですわ」


 クインの紹介に店主は少し眉を上げて反応したが、それ以上何も言わず、聖への興味も失ったようだった。

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