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アンドロイドは甘い夢を見るか? 3

「先生?」


 訝し気な表情で先生を見るクイン。先生はその視線を意に介さする様子も見せず、クインの手から刀を取り上げた。


「まあ、別にこの子がどうなろうと私には関係ないんだけど……」


 そう言いつつ辺りを見回す。


「ここが汚れたら掃除するの私なのよ。それ、面倒だからやめてくれると嬉しいんだけど……」

「……先生がそう仰るなら、そういたしますけど……では、私が受けた辱めはどうやって晴らせば……」

「そうね……ああ、そうだ、いい方法があるわ」


 先生がポンと手を打つ。


「あなた達、付き合っちゃいなさいよ」

「はっ?」

「ええっ!?」


 軽く言い放たれた先生の言葉に、聖もクインも驚きを隠せない。


「そんなに驚くことかしら。どこの馬の骨とも知れない奴だから素体を見られたくないんでしょ。愛し合っていれば素体の一つや二つ見られたって平気になるんじゃない?」

「……そういうものでしょうか?」

「そういうものよ」


 早速言いくるめられそうになっているクインを聖は呆然と眺めていた。言いたいことは山ほどあったが、迂闊に口にするとじゃあやっぱり殺すになりかねない。今は流れに身を任せるしかない。


「あなたの務めももうじき終わるしね。その先の事を考えたら、恋人くらいいた方がいいってものよ」

「……その先?」


 先生の言葉がピンと来なかったのか、クインが首を傾げる。それを見た先生は、何でもないとでも言うかのように顔の前で手を振った。


「ううん、何でもない。今はそれより、そいつを愛するかどうかよ」

「私が、この男をですか……」


 自分を納得させるかのようにつぶやいたクインに対し、先生はうんうんと頷く。それを見たクインは、聖の顔にグッと自分の顔を近づけた。


「……まあ、悪くはありませんわね」


 間近でクインの顔を見る羽目になった聖は、その美しさに見惚れてしまう。


「いいでしょう。私はコードネーム『クインビー』。今この瞬間から、あなたを愛しますわ」

「えっ?」


 展開の速さに思わず間抜けな声を上げてしまう。異世界でロマンスを期待していなかったといえば嘘になる。だが、こうも急転直下で話が進んでしまうと気持ちが全く追いつかない。


「あらっ。バイタルが乱れていますわ。やはり、私のような存在では不満という事でしょうか」


 そう言って聖の額に自分の額を押し付ける。目の前にいるのはさっきまでの金属の塊だと必死に思い込もうとする聖だったが、現金なもので命の危機が去りつつある今、既に美女と認識してしまうようになっていた。もう、動悸が止まらない。


「先生、どうしましょう。どうやら、私は愛してもらえないようです」


 その動悸を嫌悪と受け取ったクインが先生に相談を持ち掛ける。


「男なんて、乳の一つでも揉ませてやったらイチコロよ」


 先生のアドバイスは本気とも冗談ともつかない投げ遣りな物だったが、クインは真に受けたらしい。聖の手を掴んだかと思うと、力強く引っ張り自分の胸に押し付けた。


「これで、いいのかしら?」


 クインにそう問われても答えようがない聖。あまりに強く押し付けられているからか、手に伝わってくるのは金属の硬い感触だけだからだ。


「これでもダメですか……」


 目に見えて落ち込むクイン。


「まあ、その体、戦闘用のアンドロイドの物だしね。乳だって一皮剥いたら強化パーツの固まりでしょ」

「えっ?では、どうして……」

「いや、ホントにやるとは思わなかったから……」


 先生の言葉に、クインも言葉を失ってしまう。


「じゃあ、デートでもして来たら?二人の初めての共同作業よ」

「デート、ですか……承知いたしました。では、参りましょうか」


 真面目にアドバイスする気があるのか判断しがたい先生の言葉だが、クインは素直に従おうとする。掴んだままの聖の手を引っ張り、立ち上がらせる。


「ちょ、ちょっと、服、服!」


 そのまま出かけようとするクインを、聖が必死で止める。


「えっ?あらっ!」


 ようやく今の自分の姿に気付いたのか、驚きを露にするクイン。感情豊かにコロコロと変わるその表情は、とても作り物とは思えない。

 クインはポッドの方へと戻っていくと、畳んで置いておいた服を手早く身に着けた。


「……」


 その姿を見た聖が無言で先生へと視線を向けるが、先生は知らないとばかりに顔の前で手を振った。


「どうかしましたか?」


 不思議そうに訊いてくるそのクインの服は、ワスプのレーザーを受けたのだろう。至る所が焼け焦げてボロボロになっている。


「いや、まあ、替えの服とかないのかなって……」


 暫く自分の姿を眺めていたクインは、やがて情けなそうな顔で先生を見た。


「私をそんな顔で見られても……」


 その言葉にがっかりするクインを見た先生は、ガスマスクの奥で大きなため息をつくと、雑多に物が置かれているラックを漁り始めた。


「確かこの辺に……ああ、あったあった」


 そう言いながら取り出したトランクケースをクインに投げてよこす。


「こんなこともあろうかと用意しておいた物よ。それに着替えなさい」

「こんなことがあると予想してたんだ……」


 どこの世界でも科学者は凄いなと、感心する聖。


「女性たるもの、いついかなる時でも戦えるよう、準備は怠ってはいけないもの」

「つまり、あれが先生の勝負服なんですね」


 聖の言葉を先生はあっさりと否定する。


「私?私はあんなの着ないわよ。似合わないもの。あれはクイン用よ。言ったでしょう?こんなこともあろうかとって」


 その言葉通り、サイズはクインにぴったりだった。本当に先生はクインがデートをする可能性に備えていたという事なのだろうか。


「……防御力が……全くありませんわ……」


 白いロングのワンピース姿で恥じらう姿は、とてもアンドロイドには見えない。どこからどう見てもお嬢様である。


「ある程度のレーザーは皮膚でも弾けますけど……これで、どうやって戦えば……」


 スカートの裾を揺らしながら先生に訴える。


「何と戦うつもりなのよ。デートなんだから、それでいいの」


 そう言われても暫くはスカートをいじりながら逡巡を見せていたクインだったが、直に覚悟を決めたらしい。


「それでは、参りましょうか」


 そう言いつつ、さっき取り上げられた刀を手に取り、腰に差そうとする。


「ちょっと、ちょっと。デートなんだからそんな物騒な物持って行かない」


 すぐさま先生に取り上げられる。


「そんな……丸腰で外へ出ろなんて恥ずかしい!そのような目に遭うくらいでしたら、やはりこの男を殺します!」


 クインの恥ずかしがる基準が分からないが、武装の有無で殺されるのも納得がいかない。懇願するような二対の目に見つめられた先生は、ため息をついてまたラックを漁る。


「……分かった分かった。そんなに言うなら一つだけ武装つけてあげるわよ。すぐに使える単純な奴だから、あんまり期待しないでね。近接と遠距離、どっちがいい?」

「では、近接でお願いいたしますわ」

「じゃ、右手出して」


 クインはポッドに潜り込むと右手を外へと差し出した。先生に操られたロボットアームが器用に動き、ラックから引っ張り出されたパーツを取り付ける。


「出し入れしてみて。単なる単分子のブレードだから、特に問題なく使えると思うけど」


 クインは先生の言葉に従い、手首の辺りから鋭い刃を数回出し入れしてみて、嬉しそうに頷いた。


「問題ありませんわ。ありがとうございます、先生」

「出来る限り使わないようにね」


 その言葉を聞いているのかいないのか、ポッドを出たクインは涼しい顔で聖に手を差し出した。


「お待たせしてしまいましたわね。では、参りましょうか。えっと……」

「ああ、聖です。直江聖」


 差し出された手を取り立ち上がる聖。


「そう、聖様、ね」

「それで、あなたの名前は?」


 聖の質問に、クインは明らかにムッとした。


「……クインビーですわ。先程名乗ったつもりだったのですが、覚えていただけなかったのでしょうか?」


 不機嫌さを隠そうともしない。


「いや、そうじゃなくてですね。クインビーってコードネームでしょ。でもそれじゃ味気ないから、本名で呼ぶ方がいいかなって」


 クインの口調の剣呑さに聖が必死でフォローを入れると、クインは激しい動揺を見せた。


「何のつもりですか……」


 名前を聞いただけのつもりの聖には何のことかさっぱり分からない。


「素体を見ただけでなく、本名まで知って私を辱めようというのですか……」


 肩を震わせながら聖を睨みつけてくる。


「えっ?それは真名的な何かみたいな話で、聞いたらまずかったとか?それならすいません」


 頭を下げる聖だったが、顔を上げると遠くで肩を震わせている先生が目に入った。クインとは違い笑っているらしい。


「違うわ。単に名乗りたくないだけなのよ、ね」

「……いえ、別にそういう……」


 何か言いたそうに先生を見たクインだったが、やがて諦めたらしく肩を落とす。


「……」


 そして聖に対し何か言いかけたのだが、結局何も言わず、眉を寄せ何か考え込むかのように動きを止めてしまった。


「クイン?」


 その様子を見ていた先生がクインに声を掛ける。どことなく心配そうに感じる声だ。


「えっ、ああ、申し訳ありません。少し、ぼーっとしてしまいました」。


 アンドロイドもぼーっとする事があるのかと聖が驚いていると、クインが改めて聖に対して名乗る。


「エ……いえ、私はクインビー。それ以上でも以下でもありませんわ。それでよろしくて?」


 違う名を名乗りかけたようにも見えたクインだったが、結局はクインビーとしか答えなかった。何か名乗りたくない理由でもあるのだろうと、聖もそれ以上追及しようとはしなかった。


「クインビーさん」

「随分とよそよそしいですわね。せっかくなのですから、クイン、とお呼びください」

「クインさん」


 その呼びかけに満足そうな笑顔を浮かべたクインは、聖を引っ張って歩き出した。


「それでは、行って参ります、先生」

「うん、楽しんでおいで」


 情けない顔で引きずられる聖の姿を見送った先生は、二人の姿が見えなくなるとマスクの下で小さく息を吐いた。


「楽しんで、か。どの口が言ってるんだか」


 そう独り言ちると、面倒くさそうに立ち上がり、ワスプのレーザーで荒れた部屋の片づけを始めた。

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