アンドロイドは甘い夢を見るか? 2
レーザーは相変わらず部屋の中を縦横無尽に飛び交っている。そんな中、床に座り込んだ聖は冷静にその光景を眺めていた。
これだけ撃って一発も当たらないって、撃ってるのは相当なドジっ子だな。涙目になりながら必死で撃ってるんだろうな、等と妄想もしてみるが、現実に撃ってきているのは赤い目を光らせた金属である。これではテンションの上がりようもない。身の危険こそ感じなくなっていたが、かと言ってこの状況を打開できるような有効な手が浮かぶわけでもない。時折難しい表情を浮かべて見せたりしているが、実際のところ成り行きに身を任せるしかなかった。
そんな聖の目の前で壁の一角が音も無く自動ドアの如く開いた。テクノロジーが進むと扉と壁を一体化したがるんだ、と何処かで見たことのある光景に聖が思いを馳せていると、白衣を着た人物が入ってきた。フードを目深に被りガスマスクを被っているせいで、顔は全く見えない。
「どうかしたの、クイン。何を騒いでるのかしら」
声は女性のようだが、ポッドの中の存在の例もある。聖は過度な期待は禁物としつつ、それでもやはり若干のそれを込めて新たな人物の様子を窺う。
「ちょっ、クイン、落ち着いて」
入って来るなりレーザーの洗礼を受けかけたその女性は、慌ててポッドの中に向けて声を張り上げた。その声でようやく白衣の人物に気付いたのか、クインと呼ばれたポッドの中の存在がレーザーの乱射を止める。辺りを無秩序に飛び回っていた機械の蜂達は、てんでバラバラに近くの作業台の上へと戻っていった。
「ああ、先生。どうしましょう。ワスプの狙いが全然定まらないのですよ」
「それはそうよ。同調回路が不調だって話してたじゃない」
先生と呼ばれた女性の表情はガスマスクで見えないが、呆れた感じは言葉の端々から伝わってくる。
「そうでしたっけ?」
これまた機械の表情は分からないが、クインは心から不思議そうに言っているようだ。
「これだけ撃てば当たるかと思ったのですが、上手くいかないものですね」
「普通はこんなに撃つ前に気付くと思うんだけど。まったく、部屋の中ぐっちゃぐちゃじゃない」
クインが赤い球体だけをぐるりと動かす。
「ほんとですね。一体何をすればこんな事に……」
「クイン、それ本気で言ってる?まあ、別にいいけど。ここ、どうせあなた専用のラボだしね。困るのはあなただけよ」
「ごめんなさい。私が悪かったです。早急に直してください」
ポッドの中のクインの頭が少し揺れるように動いた。どうやら頭を下げたらしい。
「分かればいいのよ。で、何でまたワスプなんか飛ばしたの?」
「……そこに、曲者が……」
先生はその言葉で聖に初めて気づいたらしい。不審がられているのはガスマスク越しでも分かる。
「……素体を見られた、と言うか見られ続けてるから……もう、殺すしかありません」
何度聞いても分からない理論だが、先生には納得の理由らしい。
「そうか、なら仕方ないわね」
納得されても困るが、だからと言って聖に何か出来る訳ではない。先生の空ろなガスマスクから浴びせられる視線に耐えるしかない。
「おっ、何、この子。電脳用のジャックはおろか、ドラッグ用のインジェクターすら無いじゃない。この年で百パーセントナチュラルなんて、レア物中のレア物よ」
ナチュラルと言うのは、おそらく機械の部分を持たない人間を指す言葉だろう。見ただけでわかるという事は、ガスマスクにセンサーでもついているのだろうか。
「……ナチュラル。最近斬ってませんわ……上手く斬れるかしら……」
クインはどうあっても自分を殺すつもりらしい。その殺意の高さに聖は天を仰ぐしかなかった。
「まあ、斬るかどうかは別として。調整はまだだけど、一度出る?これ以上、ワスプで部屋を滅茶苦茶にされても困るし」
先生の提案に対し、クインは少しの間の後、同意するかのように金属のボディを揺らした。
「お願いいたしますわ」
「うん」
先生がポッドの横のコンソールを操作する。直ぐにロボットアームが動き出し、置かれていたパーツをクインに取り付け始める。
「見ててもいいですわよ。あなたがこの世で見る最後の光景ですから、その目にしっかり焼き付けて死になさい」
死の宣告はともかく、見学の許可自体は朗報だ。金属生命体の組み立て作業はとても興味深い。パーツが次々と装着されていくと、徐々に人の姿に近づいていく。
「……そんなに見つめられると落ち着きませんわね」
食い入るように見つめる聖の視線に耐えかねたのか、クインは身を捩ろうとするが狭いポッドの中ではそれも叶わない。
「自分で見てもいいって言ったんでしょ。諦めて最後まで見られてなさいな」
「そうですわね。どうせ殺すのですから、気にすることはありませんわね」
先生の言葉に対し、自分を納得させるようにそう言ったクインは装着されたばかりの瞼を動かし、目を閉じてしまう。
それでも視線はクインに釘付けの聖。思ってたものとは違うが、これはこれで目を離すことが出来ないでいた。
そうこうしている間にクインのボディが組み上がる。引き続きアームはその金属ボディに人工皮膚を纏わせていく。瞬く間に、クインの姿は人そのものになっていた。
「すげぇ……」
思わず声が漏れる。
「本当に最後まで見やがりましたわね」
呆れたように言いながらクインがポッドから出る。最後の仕上げに金色に輝く髪を生やすと、どこからどう見ても妙齢の美人だ。均整の取れたプロポーション。完璧な裸体と言っても過言ではないその体を隠そうともせず、聖に近づいてくる。
「さて、先生。私の武装、何を使ってよろしいのかしら?」
クインのその質問に、先生は肩を竦める。
「内蔵のは全部調整出来てないからダメよ」
「えっ?」
クインはその答えに明らかに心細そうな表情を見せた。
「そんな……それでは、どうやって戦えって仰いますの?」
「どうしてもって言うなら、外部兵装使いなさいよ」
その手があったかと顔を明るくしたクインは、いそいそと武器を探しに行った。その姿を視界の端に捉えつつ、聖は先生を恨みがましい目で見る。
「止めてくれはしないんですか……」
「まあ、女性の裸体をガン見してたしね。助けてあげる義理はないと思うけど」
「裸体……」
「服着てなければ裸体じゃないかしら?」
そうは言われても、あの体を見たから殺されると言うのはやはり納得がいかない。
「改造させてくれるなら考えてあげてもいいわよ」
改造と言う響きには危険しか感じない。それに神は現世に戻る際も何も足さない、何も引かないと言っていた。つまり、改造された場合はその姿で現世に戻されるのだろう。それだけでも御免蒙る話だが、改造に使われたパーツが現世で使えるとも限らない。
「それはちょっと……」
聖が断ると、先生はガスマスクの向こうで残念そうに舌打ちした。
「ああ、これがいいですわ」
そうこうしている間にクインが抜き身の刀のような物を持って戻ってくる。
「超振動ブレードなんて置いてたっけ?」
「私が前に修理をお願いしたものですわ」
「直ってる?」
先生の質問に、クインは数回刀を振り回してみる。
「問題ありませんわ」
満足そうに笑うと、聖に歩み寄り、その刀の切っ先を突き付けた。
「覚悟は宜しいかしら。素体を見られたこの屈辱。晴らさせていただきます」
頷く聖。実際は覚悟のかの字も出来ていなかったが、事ここに至ってはどうしようもない。この二人を相手に逃げられるとも思えない以上、クインの為にも斬られるという選択肢しか思いつかなかった。
「いい覚悟です。それでは、苦しまないよう一思いに斬ってあげます」
クインが刀を振りかぶる。だが、彼女がその手を振り下ろす前に、先生がその手を抑えた。




