表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
310/328

アンドロイドは甘い夢を見るか? 1

「ん?……おお!もしや、これはっっ!」


 何処かへ転生してきた聖の視界を覆うのは白い靄。視界の利かなさに一瞬怯むが、すぐにそれが湯煙らしき事に気づく。もしやと期待に胸を膨らませ目を凝らしてみると、靄の向こうは深い緑が広がっているらしい。耳を澄ましてみれば、背後からは水面が風に揺れ縁石に当たっては小さく波立つ音が聞こえてきた。


「来たよ、来た来た。温泉、キター」


 京平が体験した温泉に来たとは限らないが、それっぽい場所に転生してきたのは間違いないだろう。ようやく自分にも運が向いてきたと、テンションも上がろうというものである。


「……先生?……もう、終わったのですか?」


 騒いだ聖の声を聞きつけたのだろう。背後から声がかけられた。掠れていてひどく聞き取りにくいが、女性の声のようだ。さらに上がる聖のテンション。


「いや、すいません。ちょっと道に迷ってし……」


 こんな場所で道に迷ったも何もないだろうが、聖は適当な言い訳をしながら振り返る。


「まっ……て……」


 だが、振り返った先の光景に聖は絶句した。

 温泉、はあった。磨き抜かれた御影石に囲まれた、高級旅館にでもありそうな温泉だ。その奥に目をやれば、そこにも深い緑が広がっているし、肌では微かな風を感じる。勿論、その風に揺れる樹々の音も聞くことが出来る。

 だが、聖は二度三度と目をこすっては、目の前の光景を確認せざるを得なかった。残念ながら変化はない。湯船の中央に浸かっているのは人ではなく、円筒形の半透明のポッドが寝かされるように置かれていたのだ。中はうっすらとしか見えないが、人が一人横たわっているように思える。

 違和感しかないその光景をしばらく唖然と見ていた聖だったが、そこで更なる違和感に気付く。ポッドと水面の境に水飛沫が立っていない。波はポッドに当たっても砕けず、ポッドの中へ吸い込まれるかのように見えている。


「立体映像?」


 目を凝らして見ても本物にしか見えない。だが、違和感の正体を確かめるべく聖が温泉に近付く。そしてその手を湯へと伸ばすが、水面に触れても何の感触もない。


「マジか!」


 再び周囲の風景へと目を転じる。疑いの目で改めて見ても、本当にそんな風景が広がっているようにしか見えない。だが、おそらく緑に囲まれるこの風景も、偽物なのだろう。


「……あなた、誰?」


 先ほどの女性の声が、また聞こえた。聖が声の方へと目を向けると、そこにはポッドの中でぼんやり光る赤い小さな二つの球があった。


「いや……その……」


 聖もゲーマーの端くれである。当然ファンタジー系以外のゲームにだって手を出している。この空間が妙に進んだテクノロジーで支配されている事に気付いた時から、ポッドの中身についても薄々察しがついていたと言ってもいい。

 それは人の形こそしているが、それを構成するのはメタリックに輝く金属パーツやコード、チューブの類である。余分なパーツを取り去っているのか、姿かたちとしては随分と華奢だ。

 ロボットなのかサイボーグなのか詳細は分からないが、概ね予想通りの光景である。それでも想像以上の金属成分に思わず驚き、尻もちをついてしまった。何となくそのまま後退ろうとする聖。

 赤い球体が揺れる。恐らく目なのだろうが、視線はどこを向いているか分からない。自分の姿を捉えているのかすら判断つかない。


「動かないでください」


 女性の声が警告してきた。同時にどこからか小さな物体が幾つか聖の方へと飛来する。金属の蜂のようなその物体は、聖の近くに浮かんだ状態を保つ。


「……見ましたか?」


 見たも何も、今でも見続けている状態である。今更視線を逸らしたところで白々しいだけだが、今からでも逸らすべきなのかどうかの判断すらつかない。期待したシチュエーションだが、期待した結果は何一つ得られていない。にもかかわらず、リスクだけはひしひしと感じる。


「えっ、あっ、見た、と言えば見たとも言えるし、見てないと言えば見てないとも言える気が……」


 見えている物は見たかった者ではない。なら見てないと言えるのではないかという、聖の苦し紛れの理論だったが、当然女性に通用するはずもなかった。


「……見たのですね……」


 ため息交じりのその言葉に、どこか恥じらいを感じた気がした聖だったが、次の台詞で気のせいだったかもと思い直す。


「素体を見られたからには殺すしかありません」


 近くを飛んでいた蜂の針が聖に向けられた。


「えっ、いや、なんで素顔を見られてから殺すみたいな感じになってるんだよ!素体って言ってもき……」


 何やら弁解を喚きたてる聖に向かって針から眩い閃光が発射される。だが、その閃光は大きく逸れて森の方へと迸ったかと思うと、何かにぶつかり激しいスパークを引き起こした。


「れーざー?」


 聖の驚きをよそに、辺りの風景は激しく明滅したかと思うと、プツンと消えてしまった。後から現れたのはいかにもサイバーパンクな研究所の一室だ。ポッドを取り囲むように複数のロボットアームが待機しており、近くには取り外されたと思しき様々なパーツが置かれている。


「動かないでください」


 再び女性から警告が飛ぶが、聖が動いたから外れた訳ではない。蜂達は聖に狙いをつけるよう飛び回り、レーザーを発射してくるが、いずれも明後日の方へと飛んでいく。聖はただ、身を竦めて辺りを飛び交うレーザーが当たらない事を祈るしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ