新たな決意の朝
そして翌朝。
早々に異世界へ行くべく、昨日までより少しモチベーションが高い三人は、早朝にも関わらず元気に京平の家に集まった。だが、そこに居るはずの転生の神の姿はない。
「……もう、おはようの瞬間から寄り添うつもりないじゃん、あいつ。いったい何処へ行ったのよ」
怒っているのか、呆れているのか。穂波がうんざりしたように吐き捨てる。
「シェフ転生の神としては日々の研鑽を怠る訳にはいかないのです、だとよ。で、近所に出来たモーニングが評判の店に行ってるよ」
京平の言葉に穂波はこれみよがしに大きなため息をつくが、残念ながら当てつけたい相手はここには居ない。
「……自分の本分を何だと思ってるのよ、あいつは……」
だが、すぐに気を取り直す。
「まあいいや。いちいち腹立ててたらこっちの身がもたないもんね」
その点については聖達も同意するしかない。
「でさ、昨日家に帰ってから冷静になって少し考えてみたのよ」
「何をだよ」
急に話を変えてきた穂波に、聖達は困惑の表情を浮かべる。
「『聖女』ってどっちかと言うとメジャーに分類される存在じゃない?」
「まあ、そうだな」
「でしょ。にもかかわらず、私達の誰も『聖女』に出会った事は無い」
「……そうだな」
「これってさあ、私達の引きが悪いだけなのか、それとも実は『聖女』様の存在がレアなのか、どっちだと思う?」
「それは……」
京平が答えに詰まる。どちらを選んだところで、『聖女』に出会える確率は低いと言ってしまっているようなものだ。それに対し、聖は昨日に引き続き自説を譲らない。
「俺は師匠が『聖女』だと思うんだけどなぁ」
「じゃあさ、仮にその師匠が『聖女』だったとするじゃん。すると聖は聖騎士になるチャンスを得ただけでなく、『賢者の石』に導いてくれるかもしれない『聖女』にも出会ったって事でしょ。その上、その『聖女』は聖騎士の師匠を引き受けてくれている。これはもう、最高レアって言っていい世界だよね。そんな世界、引けると思う?」
「神様はガチでやってるって言ってる以上、当たる確率はあるんじゃないかな」
穂波が一気にまくしたてるが、聖も引かない。
「本当にガチならね」
「そこを信用する気はないんだ」
「後出しでピックアップやってましたとか言ってくる運営なんか信用に値するわけないじゃない。……とは言うものの、私達は引いた世界に行くしか無い訳で」
穂波が肩を竦める。
「で、諸々ひっくるめて考えると、エフィさんの言う『おねリン』そのものが私達に与えられた試練だって言うのが一番しっくりくるのよね」
「それはまあ、分かる」
「でしょ?じゃあ、その場合。『聖女』兼聖騎士の師匠なんていう都合のいい存在が用意されると思う?」
「そこを突かれると辛いな」
都合が良すぎるという自覚は聖にもある。
「ようはさ。まだまだ先は長そうだから、あんまり浮かれず気を引き締めて行こうってこと」
その言葉に、聖達は無言で頷く。
「で、今後は『賢者の石』と『聖女』について調べていくことになると思うんだけど、気を付けないといけないと思うんだよね」
「気を付ける?」
「うん。そもそも、この情報って京平の行った世界の誰かが調べてたものでしょ?その人が生きてるかどうかは分からないけど、少なからずアーティファクトを追い求めてる人はそれならるに存在してるんだと思う」
「アーティファクトだもんなぁ……」
「……つまり、誰かと競合する可能性があるって事だな」
京平が導き出した結論に、穂波は真剣な表情で頷いた。
「そう。特に『賢者の石』は手にした者によって性質を変えるって言われてるんでしょ?私達と正反対の目的で探している誰かがいるとしたら、確実に敵対する事になるんじゃない?」
「確かに」
「だからさ、これからはなるべく慎重にいこう。私も含めてだけど、今までは結構脇が甘かったと思うし」
思い当たる節のある京平達は黙って同意するしかない。
「そんなとこかな。難しいとは思うけど、頑張ろう」
穂波は笑って、そう締めた。
「なかなか厳しいな。やっぱり俺は師匠が『聖女』に賭ける!」
ゲームでも情報収集が苦手な聖は渋い表情で宣言する。
「そこは好きにしてくれたらいいけどさ」
呆れたように穂波が笑うと同時に、三人の耳に玄関の扉が開く音が聞こえてきた。程なくして、鼻歌交じりで上機嫌な転生の神が三人の前に姿を現した。
「おや、これはこれは皆さまお早いお集まりで」
その暢気な物言いに反射的に噛み付きかけた穂波だったが、深呼吸して何とか抑えた。
「もうログインも済ませてるから、さっさと転生させてよね」
「ログ……いい加減、参拝と認めてもらいたいものですが……」
神はブツブツと文句を言いながらも、転生の準備を始める。
「それで、本日はどうされますか?本日はピックアップの御用意はございませんが」
「ピックアップに期待なんかしてないから別にいいわよ。今日は、全員ノーマルでいいわ」
「承知致しました」
わざとらしく恭しいお辞儀をして見せた神は、さっそく右手を振り上げた。
「それでは参りましょう。レッツ異世界ガチャ!」




