帰還者たちの午後 2
「じゃあ、俺からでいいかな」
量しか自信のない聖が真っ先に手を挙げる。
「とは言え、実は全部を把握している訳じゃないんだよな……」
手を挙げたはいいが、いきなりのトーンダウンである。
「どういう事?」
穂波が不思議そうに尋ねるのも無理はない。
「三階級特進した分は目録貰ったんだけどさ。ほら、俺達、現地語読めないだろ。だから……」
「ああ……」
納得の『おねリン』ルールに頷いた二人だったが、続く聖の言葉にはツッコまざるを得なかった。
「後は単純に量が多くて覚えきれなかった」
「……」
「……そんな目で見るなよ。結構な頻度でレベルが上がっては、業務目標達成ボーナス貰ってたんだよ。仕方なかったんだ」
そう訴えかける聖だったが、穂波達はそうは思っていないらしい。呆れた様子で弁解する姿を見つめている。
「……車とかボートがあった事は覚えてるし、昇進とボーナスステージもあった」
何とか絞り出そうとする聖だったが、すぐに尽きてしまう。そんな聖を見てやれやれと首を振った穂波は、テレビに夢中の神に視線を向けた。
「ねえ、確か私達が貰ったアイテムって、幽世に保管してるんだったよね?」
「勿論です。一声かけていただけましたら、いつでもどこでもお渡しいたしますよ」
「お渡ししてくれなくてもいいから、聖が何貰ったのか教えてくれない?」
その言葉に神は露骨に嫌そうな表情を見せるが、すぐに穂波にかみつかれた。
「何よ、その顔」
「だって、めんどくさいじゃないですか」
「ついさっき、おはようからお休みまで寄り添うって豪語したばっかりじゃない」
「えっ?そうでしたっけ?」
とぼけて見せる神だったが、そんな事で穂波が容赦するわけもない。
「そうよ。だいたい、転生先で文字が読めないっていうルールのせいでこうなってるんでしょ。じゃあ、文字を読めるようにするか、教えるか、どっちかしなさいよ」
「全く、穂波さんは面倒な事ばっかり言いますねぇ……」
恨みがましく呟く神に対し、穂波は穂波でうんざりした表情を隠そうともせず言い返す。
「色々面倒にしてるのそっちじゃん」
その言葉に神はとぼけた表情で肩を竦めると、何処からか墨と硯を取り出す。
「何する気?」
「何って、教えろ教えろと仰っているのは穂波さんですよ。ですので、その準備を……」
「口頭でいいじゃない」
「それはそれでめんどくさいじゃないですか」
「どう考えたって墨書の方が面倒だと思うけど」
「何を仰います、穂波さん。公式文書と言えば墨書きと決まっているではありませんか!」
手にした墨をぐっと天に翳したかと思うと、次の瞬間には早速磨り始めている。穂波は助けを求めるかのように京平達の方へと振り返るが、そこに見えたのは諦めの境地に達している二人の友人の姿だった。
「とりあえず、聖は後回しにしよう」
京平の言葉に、穂波達は力無く頷く。
「じゃあ、松永かな」
聖に促された穂波は自分が体験した『走れヒメス』を掻い摘んで話す。当然、聞かされている側は何を聞かされているのか、と言った表情を見せた。
「まあ、異世界だしな……」
話を聞き終わった聖が雑にそう結論付けると、京平も同意するように頷いた。
「それを言われると身も蓋もないけどね」
荒唐無稽さは話した穂波本人も自覚している。異世界の一言で納得してもらえるのならば、これほど楽な事もない。
「それで、松永は何を手に入れたんだよ」
聖が気になるのは、やはりそこらしい。
「賽銭箱」
「さいせん……ばこ?」
穂波の答えに、聖達は思わず振り返った。そこにあるのは京平宅を占拠する社と、その正面に堂々と置かれた賽銭箱だ。
「あれ?」
聖の問いに穂波は少し考えてから答えた。
「多分ね。出してないから分かんないけど」
「……異世界からも課金を要求されるのか……」
呆然と呟く京平に、穂波はあっけらかんとした声で更なる事実を告げる。
「そう言われたらそうかもね。でも、それでヒメが呼べるのならお得じゃない?」
「ヒメが……呼べる?」
「そう。じゃじゃーん、てやってくるんだって」
「櫛名田比売が?」
「だから、そうだって言ってるじゃん」
京平と聖が顔を見合わせる。暫く呆気にとられた様子で見つめ合ってた二人だが、やがて理解が追い付いたのかはっと我に返る。
「穂波はヒメ、ヒメって軽く言ってるけど、相手は神様だぞ。それが呼べるってどんなチートだよ!」
「んー、でも、田畑専門って言ってたし、ボクっ娘だったしなぁ」
「田畑専門だろうが、ボクっ娘だろうが、神様はかみ……ボクっ娘?」
京平が引っかかったのはそこらしい。
「うん、とっても元気なボクっ娘」
「櫛名田比売が?」
「うん」
「マジか……」
イメージとの乖離に衝撃を受けた京平だったが、すぐに立ち直る。
「ま、まあ、例えボクっ娘だとしても神様は神様だろ?神様なんて呼んで大丈夫なのか?」
チラッと転生の神の様子を窺う。あまりな物は持ち込むなと言われていたが、神が呼べるなど、そのあまりな物に該当するとしか思えない。
「……仕方ないじゃないですか。この世界の、ではないにしても櫛名田比売様のご意向で、素戔嗚尊様の承認を得ているアイテムなんですよ。わたくし如きにどうこう出来るわけもなく」
筆を走らせつつ、神が愚痴る。
「なるほど。上位の神の意向には逆らえないって訳か」
「悲しき神カーストね」
京平達に図星を突かれた神は顔を上げムッとした表情を見せたが、すぐに一覧の作成作業に戻る。
「それにしたって、神を呼べるのはチートが過ぎるだろ……」
「そんな事言われても……」
穂波は少し困ったように頭を掻く。京平の言いたい事は分からなくもないが、ヒメはヒメで転生の神とは別の意味で神らしさがないのも事実だ。
「ヒメはヒメだし、私達ソウルメイトらしいしさ」
「神様とソウルメイトって、ますます訳分かんねぇよ……」
信じられないと言った面持ちで穂波を見つめる京平の横で、別の意味で信じられないと言った表情を見せているのが聖だ。
「神様呼べるのかよ……もう、バイトの報酬じゃ勝てる訳ないじゃないか……」
そう呟き頭を抱える。
「勝てる気でいたのかよ」
呆れたように言う京平に、聖は顔を上げ反論した。
「……レベルだけは結構上がったからな。数で何とか出来る可能性はあったと思うんだよ」
「そうですね。確かに数はありましたよ。全く、面倒ったらありゃしませんよ」
転生の神が口を挟んでくる。タイミングよく聖の獲得したアイテム一覧を書き終えたらしく、くるくると手早く巻物に仕上げていく。
「……数はって……嫌な言い方するなぁ」
神が差し出している巻物を受け取りながら聖が愚痴る。勿論、そんな事を意に介する神ではない。
「では、わたくしは少々買い物に出かけますので」
そう言っていそいそと外出の準備を始めてしまう。その姿を冷めた目で見つめつつ、穂波が冷たく言い放つ。
「……怪しい。散々ダラダラしていたくせにいきなり出ていこうとするとか、壮絶に怪しい」
その言葉に一瞬動きを止めた神だったが、すぐに動きを速めて準備を済ませてしまう。
「ハハハ、何を仰います、穂波さん。そんな訳……」
何か言い訳しかけた神だったが、あっさり穂波の視線の圧に負けてしまう。
「いや、だって次は一覧を見て、これは何だ、あれは何だの質問が飛んで来るに決まってるじゃないですか。三十六計逃げるに如かずとも言いますし、そうなる前に、ねぇ」
「……心底、おはようからお休みまで寄り添う気がないわね」
呆れる穂波に胡散臭さ全開の笑顔で応えた神は、そのまま足取りも軽く部屋から出ていってしまう。
「別に帰ってきた時に聞けば済む話だと思うけど……」
聖はそう言いつつ、手にした巻物を広げる。神に問い合わせるかはともかくとして、何を手に入れたかはやはり気になる。
「なになに?」
それは穂波達も同じらしく、巻物を覗き込もうとしてくる。聖はそんな二人が見やすいようにと、巻物を勢いよく床に広げた。
「……えっと……車、モーターボート、ヘリコプター、マイクロバス、漁船、セスナ……凄い、陸海空制覇じゃん」
「何作ってる工場なんだよ」
「知らねーよ。俺がいたラインは、何だかよく分からない部品で何だかよく分からない少し大きな部品を作ってただけだし。もしかしたら、もっとレベルが上がれば後工程にいけるかもしれないけどさ」
その言葉に穂波の瞳がキラリと光った。その期待に満ちた光に、聖は自分の失言に気付く。
「いやいや、絶対にもう行かねぇぞ」
慌ててそう言うが、話は勝手に進みだしている。
「そうは言ってもさ。やっぱり、最終的に何になるのか気になるじゃない?もしかしたら、物凄い医療システムに行きつくかもしれないし」
「いやいや、乗物から医療システムは遠いだろ!」
聖の反論も穂波には届かない。
「でも異世界だし、もしかしたらもしかするかもしれないじゃん」
「そんなに言うなら、松永が行けばいいだろ」
「私が今から行ってもレベル1からでしょ。じゃあ、次回も特進スタート出来る聖の方が効率的じゃない」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
聖の旗色は相当悪い。京平は、やれやれと言った感じでやんわりと割って入る。
「陸海空揃ってるのはいいけど、これ、結局誰が動かすのかって話だよな」
「……確かに。陸はともかく、海空はどうしようもないよねー」
車は問題なく運転できる三人だったが、それ以上は資格も経験もない。
「下手したらその陸も怪しいんだけどな」
バイクを呼び出した時の事を思い出しつつ京平が付け加える。幸いにも動かす事は出来たが、自分達の知るバイクとは全く別の代物だった。
「そうなの?じゃあ、あんまり計算に入れない方がいいのかな」
「難しい所だな、どんな世界でも乗物はあるに越した事は無いだけにな」
「ワイヴァーンに追いかけられた時とかね」
そんな会話をしつつ、残りのアイテムをチェックする二人。
「乗物らしき物以外だと……後は、謎のナイトシリーズね」
「ナイト・ショーン、ナイト・ダニエル、ナイト・マイケル、ナイト・アンソニー……」
「つまり、ナイトが呼べるって事かな?」
顔を見合わせ考え込む二人に、聖がため息交じりに告げる。
「……仮にそうだとしても、ナイトじゃ神様に勝てないだろ」
「それはそうだけど」
あっさり認める穂波。
「ナイトが何かやってくれるかもしれないじゃん」
「何かってなんだよ」
「それは分かんないけどさ」
やはりあっさり認める穂波。
「神が説明をめんどくさがったのって、多分このナイトシリーズだろ?じゃあ、説明するのが面倒な何かがあるのかもしれない」
京平が前向きな意見を出すが、穂波はにべもない。
「何もなくて詰められるのが嫌なだけじゃない?」
「……かもな」
そしてそれには、京平もあっさり同意する。
「課金に神一推しアイテムってのがあるのよ。その場で一番有効と思われるアイテムを、あいつがお勧めしてくれるってやつなんだけどね。そこでお勧めされる事があったら、使えばいいんじゃないかな」
「あれば、な」
聖は既に投げやりだ。
「やっぱり数だけだったか。ブラックバイトは辛いよ」
がっくりと肩を落とす。
「終わってみなければ分からないけどね。もしかしたら何処かでナイトが大活躍するかもしれないし。で、自信ありな感じの京平はどうなの?」
一応、聖に対しフォローを入れた穂波は、そのまま話を京平に振る。




