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荒野の妖精 25

「身体が冷えるのだけはどうしようもねぇけどな」


 アジトに着いたバルドファルグリムは懐にしまっていたエスをそっとテーブルに置くと、びしょ濡れになった服をさっさと脱ぎ始める。


「ちょっ……」


 いくらなんでもデリカシーに欠けるだろと非難の声を上げかけた京平だったが、目の前の光景に言葉を失う。


「ん?なんだ?」


 バルドファルグリムが怪訝そうに訊いてくるが、京平は魅入られたかのように彼女の体を見つめるだけだ。


「ああ、これか」


 不躾と言っていいレベルの視線にすぐに気づいたバルドファルグリムだったが、気を悪くした様子はない。寧ろもっと見ろとばかりに、惜しげもなくその裸体を京平に晒して見せる。


「どうだ?」

「……畏しい位に綺麗です……」


 バルドファルグリムの身体は、その顔と同じく色鮮やかな紋様に彩られている。それが何を意味するか京平にはさっぱりだったが、目を離せないほどの強烈な何かを感じ取っていた。


「畏しい位に、か。嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 そう笑ったバルドファルグリムは、紋様が良く見えるようにとその場でゆっくりと回ってみせた。


「これは、ワタシの偉業の証だからな」

「イギョウ?」

「そう、偉業。ほら、最初に名乗ったろう?旧き紅い竜を屠るバルドファルグリム、と」


 そう言いつつ左を天へと掲げ、そこに描かれている紅い紋様を指差す。


「これがその証。旧き紅い竜を屠り、その血で刻んだ標さ」

「えっ?それ、血で描かれてるんですか?」

「ああ。偉業にまつわるモノで描くことで、ワタシ達は力を得る事が出来るのさ。例えば、ほら……」


 バルドファルグリムはそう言うと、何かに集中するかのように表情をわずかに引き締める。左腕を彩る紅い紋が鮮やかさを増したかと思うと、二人の間に球体の炎が産み出された。


「こうして竜の炎を操る事が出来る」


 そして次は右腕を掲げる。左腕と違いその手首には太めのバングルがはめられている。バングルに刻まれた紋様は、まるで右腕全体へと拡がるかのようなデザインだ。更に今度は左手が良く見えるようにと、京平の方に突き出す。その中指の付け根は紋が無い。僅かな幅ではあるが、褐色の肌が逆に不自然に思える。


「『扉』と『道標』に導かれた『境界を歩く者』は彼方へと歩みを進める。それが最初の偉業」

「その腕輪が『扉』か『道標』なんですか?」

「これは『扉』さ。彼方への道を開いてくれる。で、こっちが彼方へと導いてくれる『道標』と言いたいところなんだが……」


 渋い表情でバルドファルグリムが見せてくるのは、左手の中指だ。


「もう随分と昔に無くしちまった」


 自嘲気味に笑う。


「えっ?物凄く大事な物っぽく聞こえてたんですけど、無くして大丈夫なんですか?」

「見ての通りこうしてやっていけてるだろ?じゃあ、大丈夫さ」


 そう嘯くバルドファルグリムだったが、肩を竦めそっと付け加えた。


「ロクでもない世界にしか行けてないけどな」

「ダメじゃないですか」


 その呟きを聞きつけた京平が冷静にツッコむ。


「そうだな。『道標』に導かれ神殺しを果たしてりゃ、今頃この顔にその血で標を刻み込んで旅も終わってたんだろうけどよ……」


 髪をかき上げ、紋様の無い綺麗な額を見せる。


「無くした時点で、もうどうしようもなくなってたしな。これがワタシの道だったんだろうさ」


 そう言って笑ったバルドファルグリムだったが、その笑いには翳があった。


「どうせなら、オマエの道を示してやれれば良かったんだが……」

「十分ですよ。『賢者の石』の情報が手に入りましたし」


 エフィはアーティファクトを探すのも手だと言っていた。真偽は不明なれど、『賢者の石』という具体的な名前を得れたのは大きい。それこそ、これからの世界での道標となる可能性のある情報だ。


「そうかい?ならいいけどよ。ただ、その『賢者の石』までの道を示してやれたかもしれねぇって思うとなぁ……」

「それは、どうですかね……」


 京平が首を傾げる。


「『賢者の石』は手にした者によってその力を変える、ってなってたんですよ。つまり、バルドファルグリムさんが手に入れていれば、神殺しの力を持った『賢者の石』だったかもしれない」

「で?」

「にもかかわらず、バルドファルグリムさんが手に入れられなかったって事は、結局その『道標』は石への道を示してくれないんじゃないかって……」

「なるほどなるほど。ハハハ、言ってくれるねー」


 京平の言わんとしたことが分かったバルドファルグリムが不敵に笑う。


「すいません」


 言い過ぎたと慌てる京平だが、バルドファルグリムは全く気にしていないようだ。


「結局、ワタシの運の無さが『道標』の導きより強かったって事か。じゃ、どうしようもねぇな」


 お手上げとでも言うように肩を竦め、軽く笑い飛ばす。


「で、オマエはどうするよ。もう帰るのか?」


 その問いに京平はすぐに答えを返せない。確かにこの世界で得れる物はもう無いかもしれない。だが、このまま帰るのは気が引ける。


「エスさんが復活するまでどれくらいかかるんですか?」

「そうだな……この世界は本当に厳しいからな……最悪、一月くらいは見ておいた方がいいかもな」


 答えを聞いた京平が首を捻って考え込む姿を見たバルドファルグリムは、呆れたように大きなため息をついた。


「気にする事はねぇよ。一人には慣れてる。オマエはオマエのやるべきことをやれ」


 確かにバルドファルグリムの言う通りだろう。だが、確たるやるべきことはまだ見えていない。もしかしたらこの世界にもやるべきことが残っているかもしれない。


「旅は道連れ世は情け、ですよね。嫌だと言われても無理やり残りますよ」


 京平がニヤリと笑う。


「ほう?」

「それに、もしかしたら叡智の墓場がまだあるかもしれないですしね。さらに『賢者の石』の情報が手に入るかもしれない」


 僅かではあるが、今までの世界では感じられなかった手応えがあったのだ。さらに深掘りする価値はある。


「なるほどね。そう言う事なら、もう暫く付き合ってやるとするか」


 バルドファルグリムが笑顔で右手を差し出す。京平がその手を握ると、バルドファルグリムは急に力を込め京平を引き寄せた。


「そうと決まれば、バルドファルグリムさんなんて他人行儀は止めにしな。もっと親しみを込めて呼びかけな」

「えっと……何と呼べば……」

「それは自分で考えろよ。正解は一つ」


 悪い笑顔を浮かべるバルドファルグリムを前に、京平は必死で頭を働かせる。この聞かれ方からして、捻った愛称では無いだろう。であれば、バルドファルグリムから導き出される答えはそう多くはない。


「……ファル?」


 覚悟を決めて絞り出した答えに、ファルはその肩をバンバンと乱暴に叩く事で応えた。正解だったのかどうかは分からないが、とりあえず満足してもらえたらしい。ホッとした京平は、気が緩んだのか正大なくしゃみをしてしまう。


「いつまでも濡れた服着てると風邪ひくぜ。ほら、さっさと脱ぎな」

「一応、こう見えて男子なわけですが……」

「男子だろうが何だろうが、風邪は引くだろうが」


 力づくで脱がしにかかってきたファルに、一応抗議する京平だったが全く取り合ってもらえない。圧倒的な力であっさりと身ぐるみはがされてしまう。


「この世界じゃ焚火程度の力けどよ。暖を取るには十分だろ」


 そして消えずに残っていた竜の炎の近くへと押しやる。


「……そうですね」


 男として見られていないとしても、京平にしてみれば男女が全裸で二人きりと言うのは落ち着かない状況である。だが、ファルは全く気にしていないらしい。同じく暖を取るよう炎の側に寄ってくると、改めて笑顔で右手を差し出してきた。


「それじゃ、暫くの間よろしく頼むぜ。相棒」


 京平は諦めたように一つため息をつくと、その手を握った。


「こちらこそ、よろしく」

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