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荒野の妖精 23

「げっ」


 状況を一番最初に把握したのは京平だった。最初に跳んだ時のバルドファルグリムの言葉が甦る。如何に自分の引きが悪いとはいえ、こうまで見事にとんでもない所を引き当てるとは思わなかった。


「……やっちまったな……」


 続いてエス。その声音は諦めの境地に達しているのが感じられた。


「……いけると思ったんだけどな」


 バルドファルグリムはこの結果に満足してないらしい。


「いや、いけてねぇし……」


 エスのツッコミも流石にキレがない。


「どうするんだよ……」


 京平達は暗闇の中にいた。エスが言っていた石の中、では無い事は幸いにもすぐに分かった。何故なら跳んで以降、ずっと自由落下を続けているからだ。


「どうって言われてもな……もう逆さにしたって何もでないぜ」

「逆さで落ちてる状態で言うんだからそうなんだろうけどよ」

「このまま落ちていくしかないだろうな」


 エスの皮肉に、バルドファルグリムは笑顔で応える。何か打開策があるのか、悲壮感の欠片もない笑顔だ。


「……すいません」


 そんな彼女に対し、京平は申し訳ない気持ちで一杯だった。自分が巻き込まなければこんな事にはならなかっただろう。


「だから、気にするなって。さては、オマエも引き弱だろ?」

「確かに強くは無いですけど……」

「だと思ったぜ。ま、ワタシもそうなんだけどよ。二人もいれば、そりゃこうなるって訳さ。だからまあ、責任は半々だな」


 責任が減っても、落下が止まる訳では無い。下を見ても地表は見えないが、いつまでもこのままという事もないだろう。


「……で、どうするんだよ」


 相変わらず笑っているバルドファルグリムにエスが声をかける。少なくとも、彼女よりかは危機感を持っていそうな声だ。


「だから、もう何も出ないって言ってるじゃないか……ワタシはな」


 含みのあるバルドファルグリムの言葉に、エスは大きなため息と共に答える。


「あー、結局そうなるのかよ……」

「このまま地面で潰れるよりかはマシだろ?頼むぜ」

「ハイハイ。やりゃいいんだろ?やりゃ。ったく、いつも最後はこれだから……」


 エスが何やらブツブツ言っているが、状況が理解出来ない京平は首を傾げるばかりだ。


「えっと……」


 何がどうなっているのかとバルドファルグリムに問いかけようとするが、彼女は笑ってはぐらかした。


「まあ、見てなって。面白いもんが見れるからよ」

「は?何言ってやがる。見せもんじゃねぇんだぞ」


 なおもブツブツ文句を言い続けているエスが淡く光り始めた。身体の内から甲羅を突き抜けて輝くその光は、徐々に明るさを増していく。益々状況が掴めずだた呆然とその光景を見ているしかない京平の前で、エスの放つ輝きは目も眩むほどの明るさとなる。


「一体何が……」


 余りの眩しさに声を上げかけた京平だったが、次の瞬間目にしたエスの変化に思わず息を呑んだ。


「っ!」


 蟹の甲羅が上下に開き、中から羽の生えた小さな女性が姿を現したのだ。


「……あー、やっぱりこの世界はしんどいな……」


 驚く京平を尻目に、女性はエスの声で呟くと、仄かな輝きを残す羽をはばたかせ甲羅から完全に抜け出した。そのままバルドファルグリムの落下に合わせて寄り添うように翔んでいる。


「思った以上に削られてるわ」

「……みたいだな。いけるか?」


 そう言ったバルドファルグリムに先程までの笑顔はない。心配そうに眉を顰め、エスを見ている。


「これでダメだったら笑い話にもならねぇよ。ま、何とかなるだろ。後はよろしく頼むぜ」

「ああ」


 エスが笑って言うと、つられてバルドファルグリムも僅かに笑顔を取り戻す。


「えっと……エス……さん?」

「見りゃわかるだろ……って、分かんねぇか。そうだよ、オレ様だよ。見せもんじゃねぇから、あんまり見るな」

「あっ、はいっ……と言うか、何がどうなって……」


 京平は律儀にエスから目を逸らしつつも、状況が把握出来ず首を傾げ続けている。


「悪いがあんまり時間の余裕がねぇんだ。生きてりゃ後であいつが説明してくれるさ」


 そう言うなり詠唱に入る。バルドファルグリムの激しさとは違う、どこか儚さを感じさせる歌声だ。


「あー、ちょっと離れ過ぎだ。お前ら、もっと近寄れ」


 だがエスはすぐに詠唱を止め、急かすように京平達の周りを翔び回る。


「ほらほら、早くしろって。今は少しでも時間が惜しい。タイムイズパワー。時は力なり、だ」

「そんな、急に言われても……」


 残念ながら京平にスカイダイビングの経験はない。それでも記憶にある映画やドラマのシーンから動きの最適解を取り出そうとするが、そう上手くいくものではない。不格好に空中でもがいていると、バルドファルグリムがスッと近付いてきた。そのまま正面から京平に抱き着く。


「……何も前からって事は無いんじゃないです?」


 またもやいい香りが京平の鼻腔をくすぐる。今度は彼女のぬくもりどころか、今度はその存在全てを全身で感じる事が出来た。


「くっついてりゃいいんだから、前だろうが後ろだろうがどっちでも一緒だろうが」


 バルドファルグリムは事も無げに答える。


「じゃあ、後ろからでもいいじゃないですか」


 聖なら大喜びしてるのだろうけど、と思いつつ京平は僅かに顔を顰める。ラッキーだと思う気持ちが無い訳では無いが、やはり知り合って間もない女性の顔が目の前にあるのは極まりが悪い。


「最短距離で来たらこうなったんだから仕方ないだろう。文句があるならオマエから来れば良かったんだよ」


 そう言われてしまうと、京平は何も言い返せない。空中で無様を晒した自分が悪い。


「……確かに、それはそうですけど……」


「だろ?とにかく、今は少しでも力の消費を抑えないとだからな。離れるなよ」


 その言葉に不承不承頷いた京平だったが、せめてもう少し落ち着ける体勢をと身体を動かす。だが、運悪くそのタイミングで突風に煽られてしまった。


「おい、ちょ、暴れるなって」


 離れそうになった京平の体を、慌ててバルドファルグリムがきつく抱きしめる。


「離れるなって言ったろうが。しっかり掴まれよ」


 またもや己の失態で窮地へと陥る京平。その様子を見ていたエスは呆れかえっていた。


「おいおい。イチャイチャするのは構わねぇけどよ」

「……イチャイチャしてるように見えるんですかね」


 京平の恨み言にもエスはお構いなしで言葉を続ける。


「いよいよ、地面が見えてきてるぜ」


 まだ遥か下ではあるが、いつの間にかエスの言う通り赤茶けた大地が眼下に見えてきている。


「なんだ、イチャイチャしたかったのか。それならそうと言えば良かったのに」


 エスの軽口に乗ったバルドファルグリムは、何か思いついたのかニヤリと笑う。


「なあ、ちゃんと優しく抱き締めてくれよ」


 そう京平の耳元で囁く。今までとは違う蠱惑的な声音には、流石の京平も太刀打ちできなかった。驚きの表情を浮かべて完全に固まってしまう。


「ハハハ。ワタシもまだまだ捨てたもんじゃないな」


 思い通りの結果に満足げに笑うバルドファルグリムだったが、すぐに表情を引き締めた。


「まあ、何でもいいから掴まれって。じゃないと、死ぬぜ」


 うって変わってシリアスなトーンの台詞に我に返った京平は、破れかぶれの勢いで彼女にしがみつく。


「よし、いいぜ、やれっ!」


 バルドファルグリムの声を合図にエスの詠唱が再開する。儚げなその声はやがて朗々たる歌声へと変わり、地表を目の前にしたところでクライマックスを迎える。京平達は白い光に包まれたかと思うと、その場から消えていた。

少しイメージと違ったので修正しました。5/14

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