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荒野の妖精 22

「叡智の墓場、か。こうやって見ると、確かに言い得て妙って気はするな」


 言葉を失ったままの二人に代わり、バルドファルグリムの肩から辺りを見渡すエスが感想を述べる。


「個人的には、もうちょっとスケール感があってもいい気はするけどよ……まあ、十分な叡智はあるんじゃねぇか?」


 そして大きなため息と共に絶望的な一言を付け加えた。


「無事ならよ」


 元は書庫のような場所だったのだろう。書架や書斎机を見る事出来る。だが、そのどれもが古く、この場が打ち捨てられて久しいであろう事を示していた。

 書架の殆どは倒れ、詰め込まれていたであろう本の類は辺りに散乱してしまっている。どれ程の時を経たのか、中には風化してしまっているように見受けられる物すらあった。


「なるほどな……」


 呻いたバルドファルグリムの声音からは落胆が見てとれる。ようやく引いた当たりがこれでは無理もない。


「そうですね。墓場ですもんね」


 それに対し、京平にはそこまでの落ち込みは見られなかった。何せ、これは『おねリン』なのである。そう簡単に当たりが引けようはずもない。寧ろ、本当に叡智の墓場が存在した事の方に驚いているくらいだ。


「もしかしたら何かあるかもしれませんし、少し調べてみませんか?」


 京平はしゃがみ込むと、足元に散らばる本へと手を伸ばした。触れるや否や崩れてしまう物がほとんどだったが、中にはページを捲れる物もあった。だが……


「やっぱり、読めないか……」


 力無く呟く。会話は出来ても文字は読めないという『おねリン』の分厚い壁がそこにはあった。


「ん?何だ、読めないのか?」


 バルドファルグリムが怪訝そうに尋ねてくる。異世界人同士がここまで何の苦も無くコミュニケーションが取れていたのである。文字も読めると思われても不思議はない。


「ええ、まあ、『おねリン』ではそう言う事になっているみたいで」


 苦笑いを浮かべつつ肩を竦める京平を、バルドファルグリムはどこか同情するように見つめる。


「ホント、神ってのは面倒な事しかしやがらねぇな。……ったく、ちょっと待ってな」


 そう言いつつベースを構えるバルドファルグリムだったが、その手がはたと止まった。そのまま眉を寄せ、首を捻る。


「どうかしたか?」


 そのまま動かなくなってしまったバルドファルグリムにエスが声をかける。


「……いや、読解のコードってどんなんだったっけなって……」

「……コードなんだ……」


 京平がボソッと呟くが、バルドファルグリム達は意に介する様子はない。


「何だよ、忘れたのかよ」

「あんな不便な代物、そうそう使わねぇんだから仕方ねぇだろうが」

「……確かに独り身だとそうなるか」

「あん?やけに引っかかる言い方するじゃねぇか」

「あん?何がだ?独り身か?独り身が気になったのか?」

「……ちっ」


 エスの煽りに顔を顰めたバルドファルグリムだったが、反論する代わりに短いフレーズをベースで奏でた。微かな音の余韻の後、分厚い本がその手の中に現れる。


「そうそう、そうやってさっさと譜を見りゃ済む話だろう」

「……譜なんだ……」


 そんな京平達の言葉に構わず、バルドファルグリムは譜をパラパラと捲っていく。やがて目的のページを見つけると、鼻歌交じりにコードを確認した。


「あー、うん、そうそう、こんなんだった」


 そう独り言ちると再び短いフレーズを奏で、譜をどこかへとしまい込む。


「じゃ、行くぜ?」


 特に説明もなくベースを構えなおしたバルドファルグリムの姿に、京平はやれやれとばかりにタオルを回す準備を始める。


「おいおい、何のつもりだ?」

「へっ?」


 バルドファルグリムに呆れた口調で訊かれた京平は、不思議そうに彼女を見返した。


「いや、詠唱するんですよね?」

「そりゃ、するけどよ」

「じゃあ、《同調(シンクロ)》しないと駄目なんじゃ……」

「は?オマエ、《同調(シンクロ)》しながらそのボロボロの本を読めるのか?」

「それは……無理ですね」


 《同調(シンクロ)》しながら本を読もうとしようものなら、そのノリで辛うじて保っている形を粉砕しかねない。


「だろ?だから、大人しくしてなって」

「それは構いませんけど……《同調(シンクロ)》無しで大丈夫なんですか?」

「心配ない」


 バルドファルグリムは京平の疑問を笑い飛ばす。


「読解なんて、そんなに難しくないからな」


 そう言いつつ早速ベースを弾き始める。今までの激しい曲調とは違い、バラードのような旋律だ。


「おおっ!」


 その曲を耳にした京平は、思わず感嘆の声を上げた。視覚的な変化は無いが、いきなり何が書かれているかが分かるようになったのだ。


「やっぱすげーな」


 そう呟きつつ辺りを見回す。掠れたり、崩れたりと、一部が読めなくなってしまっている本に関しても頭の中に情報が浮かんでくるが、その大部分は意味の分からない文字列だ。固有名詞の一部なのか、クプヌヌのように完全に知らない物を指す言葉なのか、そこまでは理解出来るわけではないらしい。


「なるほど、そうなる訳か……」


 何がなるほどなのか、京平自身もよく分かっていなかったが、そう呟かざるを得なかった。完全な文章ならいざ知らず、一部分の文字だけが読めても効果は薄い。


「となると、無事な資料がどれだけあるかの勝負か……」


 とは言え、せっかくバルドファルグリムに詠唱してもらっているのだ。少しでも成果を出せなければ、口の悪いエスに何を言われるか分かったものではない。

 残骸の海から比較的な無事な資料を引き上げては目を通す。

 どうやらこの部屋の主は、神話や伝承について調べていたらしい。それもこの世界の物だけではなく、どうやって集めたのか異世界の資料としか思えない物すらあった。


「……まあ、稀によくある話って事か……」


 エフィルロス然り、バルドファルグリム然り。異世界を渡り歩く存在と出会っている以上、他に似たような存在がいたとしても驚く事ではない。その中には異世界に行っては、神話伝承の類を集める者だっているだろう。

 京平は納得したように頷きながら、部屋を埋め尽くす書架を見渡す。


「ん?」


 書物ではなさげな物が収まっている棚が目に入った。何かと思って近付いた京平は、その正体に驚く。


「これ……映像メディアか?」


 自分の知るVHSやDVDに近しい形態の物から、正体不明の物まで。書物と同様、ありとあらゆる世界で集められたであろうメディアがそこにはあった。


「……ホント、稀によくある話なんだな……」


 謎の物体も多い中、京平が映像メディアだと判断出来たのには理由がある。最初に目にした物、それは自分の世界で最も有名とも言えるファンタジー物語の実写映画のパッケージだったからだ。何度見返したか分からない、その見覚えのあるパッケージを手に取ろうとした京平だったが、触れた途端にボロボロと崩れてしまった。


「プラだし仕方ないか……」


 少し残念な気がしながら、改めて部屋中の資料を見回す。どれ程の労力をかけて、どれ程の世界から資料を集めたのだろうか。その熱意には頭が下がる思いの京平だったが、残念ながらそこまで役に立つ情報が手に入りそうではない。神話伝承だけならいざ知らず、フィクションまで混ざっているとなると、まさに御伽話の世界だ。それに高坂を助けられそうな神話、伝承であれば、自分達の世界にも五万と転がっている。


「……後は、あの机か」


 部屋の主が何かの目的を持ってこれだけの資料を集めたのだとしたら、その手掛かりになる物が残されているかもしれない。僅かばかりの期待を胸に机に近付く。


「……うーん」


 机の上の風化は、書架の本よりも激しい。メモ、のような残骸は見受けられるが、内容が分かる物は何一つない。


「ですよねー」


 自分の引きの弱さを考えると当然とも言える結果だけに、然程ショックもない。そのまま軽い気持ちで袖机の抽斗を開ける。


「おっ……」


 そこにあった物を目にした京平から、思わず声が漏れる。ご丁寧に日記と書かれた豪華な装丁の書物がポツンと置かれていた。一目見た限りでは、保存状態も良さそうに見える。

 恐る恐る手を触れると、ビロードような感触が伝わってくる。そのままそっと持ち上げ机の上に移動させるが、今までの書物のように崩れる様子はない。その事にホッとしながら、慎重にページを捲り内容を確認していく。


「これは……」


 読み進めていくにつれ、京平の表情に真剣みが増していく。この部屋の主が追い求めていた物。明確な記述こそないが、どうやら京平達がエフィから聞かされたアーティファクトと呼ばれる物らしい。

 勢い込んで読み進める京平だったが、残念ながら主の探索の結果は芳しい物ではなかったらしく目ぼしい情報は何も出てこない。


「ですよねー……」


 一瞬期待しただけに落胆の色が無いとは言えない京平。


「まあでも、アーティファクトを探すってのも悪くはないのかもなー」


 日記の最後には『賢者の石』について書かれていた。何でも手にした者によってその特性が変わるらしい。力を求めるものには力を、知恵を求めるものには知恵を与えてくれるのだと言う。


「金を求めるものには金を、って事か?」


 自分の世界での『賢者の石』に思いを馳せる。当時の錬金術師にしてみれば切実な望みだったのかもしれないが、たかが金を産み出す為にアーティファクトの能力を使うというのは勿体ない気がして仕方がない。


「……癒しの力も有り、だったりするのかな……」


 だとすれば、自分達の目的の一つにするのも有りだろう。

 再度日記へと目を向ける。主の調べたであろう『賢者の石』の情報は、最後に書き殴られたような”聖女?”の記述で終わっていた。


「聖女ねぇ……」


 龍の巫女なら会ってるけど聖女って感じではなかったよな、と心の中で呟く。本人達に聞かれれば殴られる事間違いなしだろう。


「どこかで出会えるものなのかね……」


 これ以上の記述は何処にもない。一つのキーワードとして胸の内に留めつつ、日記の続きが無いかと次の抽斗を開ける。

 その瞬間、カチッという嫌な音が辺りに響いた。バルドファルグリムの耳にも入ったのだろう。詠唱を止め、訝し気に京平を見る。


「おいおい、一体何の音……」


 エスの問いかけが終わるよりも早く、三人は答えを知った。ゴゴゴ、という音と共に部屋が揺れ出していた。


「崩れるな」


 バルドファルグリムが冷静に現状を指摘する。


「すいません」


 これ見よがしに置かれた書斎机の抽斗。罠の一つや二つあっても不思議ではない。そこに思い当たらなかった自分の迂闊さを呪う。


「まあ、抽斗開けた程度で坑道を吹き飛ばそうとするとは思わないさ。気にするな」


 バルドファルグリムはそう慰めるが、それで事態が改善されるわけでもない。揺れは激しくなる一方だ。


「どうしましょう?」


 仮にこのまま坑道と運命を共にしたところで自分は元の世界に戻るだけだが、バルドファルグリム達はそうもいかない。とは言え、自力ではどうする事も出来ない身としては、彼女に頼るしかない。


「仕方ねぇ、跳ぶぞ」


 バルドファルグリムはそう言うなり詠唱に入る。それを見た京平は慌てて頭を振りだす。


「……いけるのか?」


 いつになく不安そうなエスの声。


「今日は相当使ってるぜ?」


 だが、バルドファルグリムは詠唱の合間にその不安を笑い飛ばした。


「問題ない。今日はノリのいいオーディエンスがいるからな!」


 京平のヘドバンと共に、詠唱は続く。そして辺りの揺れが最高潮に達すると同時に、バルドファルグリムの詠唱も最高潮に達した。


「行くぜ!」


 轟音と共に部屋が崩れ落ちる。だがそれより僅かに早くバルドファルグリムの気合の乗った声と共に、京平達の姿は消えていた。

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