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石が為に金は要る 1

「おはよう」


 翌朝、穂波が京平の家にやって来たのは朝の十時だった。それも事前に連絡を入れて、である。


「おー、おはよう。ちゃんと普通の時間に来てくれて嬉しいよ。穂波の持ってる常識の二割でいいから、あいつらに分け与えたい……」

「だから、二割はやめろって」


 出迎えた京平は少々眠そうだ。今日もまた早朝から聖の訪問を受け、眠いと文句を言っている間に神もやって来たのだった。


「お邪魔しまーす。聖は?」


 穂波は家に上がり込みながら廊下の奥へと目をやる。奥の部屋からはテレビの音が聞こえてくるだけで、聖の姿はない。


「朝っぱらから来て、もう死んでるよ。あいつ、朝練があった頃よりも早く来るんだから堪ったもんじゃないぜ、まったく……」

「えー、私、今日から参加するって言ったよね」


 穂波のその言葉に京平が頷く。神が来るなり転生しようとした聖に対し、京平は穂波が十時に来る事を伝えた。だが、聖は後は任せたとばかりにさっさと転生していったのだ。


「せっかくなんだから、待っててくれたっていいじゃん」


 そう憤る穂波だったが、その表情は少し緩んでいる。最初だから三人でと思ってはいたが、京平と二人でと言うのも大いに有りだ。

 別に聖が気を利かせたという訳でもないだろうが、今回ばかりは聖らしい行動に感謝する。そんな感じで上がりかけた穂波のテンションだったが、奥の部屋に入るなり一気に下がってしまう。

 そこには、すっかり寛ぎながらテレビを見ている神の姿があった。

 そもそも自分達が三人であろうが二人であろうが、この神とやらは必ず付いてくるのだ。それを忘れて一瞬でも京平と二人っきりと浮かれた自分が恥ずかしい。


「おっはようございます、穂波さん。今日から『おねがいリンカーネーション』に参加頂ける、という事でよろしいですか?」

「よろしいけど?」


 自分では抑えたつもりの穂波だったが、腹立たしさが声に出てしまったらしい。思った以上に険のある声になってしまった。


「えっ?何でいきなり怒られてる感じになってるんです?わたくし、何かしましたっけ?」


 神は助けを求めるように京平を見るが、京平はただ黙って肩を竦めただけだった。

 何かしたかと問われれば、何もしてないと答えざるを得ない。ただ、他人の感情を逆撫でするテンションではあるな、と困った様子の神を見ながら京平は思う。あの困った様子すらわざとらしく、見る人によってはイラっとするだろう。慣れてきた自分は割と落ち着いていられるようになってきているが、穂波にはまだまだ難しい境地だ。

 そもそも穂波にしてみれば最悪のファーストコンタクトの印象のままなのだから、多少の事でもイラっとしてしまうのは致し方の無い事だろう。

 味方がいない事を察した神は、早々に話題を変える事にする。


「えっ、えーっと、では、早速転生と参りましょうか」

「えっ?私、何の説明もされてないけど?」


 穂波の鋭い視線に、思わず後退る神。


「えっ?いや、先日お会いした時にご説明させていただいたと思うのですが……」

「あんなの、あんたが勝手に喋ってただけじゃん。だいたい不審者の話なんて、今日日幼稚園児でも耳を貸さないわよ」

「あっ、はい、すいません……」


 そう謝った神は、穂波の迫力に押され身を竦めて小さくなっている。到底神とは思えない姿だ。


「今日はとりあえずあんたの事を神と認めて、その『おねがいリンカーネーション』とやらの説明を聞いてあげるわ」


 そう言うとさっさとテーブルの前に座り込む。


「と言うか『おねがいリンカーネーション』って。もっとまともなネーミングなかった訳?」

「えっと……」


 既に不穏な空気を発している穂波。助けを求めるように京平に視線を向ける神だったが、京平の方が一足早く視線を逸らせてしまった。触らぬ穂波に祟り無しである。


「はい、さっさとする、なう!」


 バンバンとテーブルを叩く音にビクッと身を震わせた神は、渋々と言った体で穂波の方へ向き直ると、京平達にも見せた紙の束を取り出した。

 そこからやるんだ、と呆れる京平。自分達相手に失敗した掴みが穂波相手に上手くいくとは思えない。

 暫くすると、冷たい穂波の声が聞こえてきた。自分達以上に辛辣な言葉で神のプレゼン資料を非難している。予想通りの光景に、思わずため息が漏れる。

 神が再び視線を京平に向けてきているのを感じるが、取り合うつもりはない。やがて助けを求める事を諦めた神は、『おねリン』の説明を始めた。

 話自体は京平達が聞いた内容と差は無さそうだったが、穂波は時折質問を挟んでいる。その度に口籠ったり目が泳いだりしながらも答えを返していた神だったが、やがて音を上げ直接助けを求めた。


「京平さーん、何とかしてくださいー。穂波さん、真面目に聞いてくださるのはいいのですが、一々細かすぎるんですよー」

「当たり前でしょ。こっちは毎回毎回死ぬって言われた訳よ。そりゃ、色々と気になるでしょうが」

「だから、その点については安心安全だと何度もご説明……」


 神のいつもの台詞を、穂波がテーブルを叩いて遮る。


「安心安全についてはいいわよ。仮にも神がやる事だもん、信用してあげるわ。でもね……」


 再度テーブルを叩き、そのまま神の方へと身を乗り出す。


「ガチャについては提供内容も提供割合も開示されないってどういう事よ!消費者庁もビックリなガチャじゃない!」

「そうは言われましても、『おねリン』は、皆様に先入観なく様々な異世界を体験していただきたいと企画されていますので、その辺は伏せさせていただいています」


 満面の営業スマイルで穂波の抗議を受け流す神。


「それに、わたくし神ですから、別に消費者庁の管轄でもありませんし……」


 そう言われてしまうと穂波に返す言葉はない。神の決めた事だ。消費者庁に何が出来ようか。


「京平も京平よ。よくもまあ、こんな訳の分からないガチャ、命を懸けて引く気になったわね」


 いきなり向けられた穂波の矛先に、京平は苦笑いをしながら肩を竦めた。京平達にしてもガチャだと知ったのは転生の直前な上、ある意味命懸けだと知ったのは昨日の話である。その事を穂波が知ったら、さらにヒートアップする事だろう。


「まあ、そう言われるとそうだけどさ。じゃあ、引かない選択肢があるかって話な訳よ」

「それはそうだけど……これじゃあ、当たりが入っているかどうかも分からないじゃない」


 宥めるような京平の口調で、穂波も少し落ち着きを取り戻した。

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