荒野の妖精 19
「さてと。じゃ、行くとするか」
呆然とする京平に構わず小声ながらも機嫌よく詠唱を続けていたバルドファルグリムは、最後に軽く一本の弦を鳴らす。そしてエスを京平に向けて放り投げた。
「いくらなんでも雑過ぎんだろうがよ!」
慌てて受け止めた京平の手の上でエスが抗議の声を上げるが、バルドファルグリムは気にする様子もない。無造作に陰から出ると、廃坑へと歩き出す。
「ったく。使い魔に対する思いやりってもんが無さ過ぎだろ」
エスはぶつぶつ言いながら京平の肩へと移動すると、鋏を振り回す。
「ほらほら、ついていかねぇと置いて行かれるぜ」
「えっ?透明化は?」
自分とバルドファルグリムそしてエスの姿を見比べつつ、京平は慌ててバルドファルグリムの背を追う。誰一人として透明になっているようには思えない。
「問題ない。もう連中からは見えなくなってるさ」
振り返ることなく答えたバルドファルグリムは、軽快な足取りで先へと進む。
「足音には気を付けろよ。音はどうしようもないからな」
続いて飛んできた注意に、京平の足が止まる。足元は砂利道だ。足音を立てずに歩くというのは神経を使う。恐る恐るといった足取りで何とか音を立てずに歩みを進める京平だったが、さっさと進むバルドファルグリムからはどんどんと離されていく。
「……どうせすぐにバレるんだしよ、キリキリ歩けって」
エスが呆れたように言うが、状況を把握しきれていない京平にしてみれば、はいそうですかと決断出来る事でもない。
「ったく」
変わらずゆっくり歩く京平に対しエスはこれ見よがしにため息をついて見せるが、それ以上は何も言わず肩で揺られている。そうこうしている間にバルドファルグリムが廃坑の入口へと辿り着いた。そのままくるっと振り向くと、見張り達の間から京平に手を振って見せる。
「……気付いてない?」
すぐ近くにバルドファルグリムが立っているにもかかわらず、二人の見張りは相変わらずやる気なく座り込んだままだ。
「そりゃ、術が有効だからだろうよ」
当然だろうと言うようなエスの言葉に京平は納得の頷きを返す。これなら大丈夫そうだと、少し足を速めバルドファルグリムの元へと急ぐ。
「ん?」
だが、後少しという所で見張りの一人と目が合ってしまった。
「えっ?」
お互いから思わず出た驚きの声に、もう一人の見張りも京平に目を向ける。その視界に京平を捉えるや否や、自分の役割を思い出したのか脇に置かれた武器へと手を伸ばした。
「あー、やっぱり全然もたなかったな」
予想の範囲内だったのかエスが慌てることなく呟くが、京平はそれどころではない。次の瞬間には銃口が自分に向けられるのは確実だ。
「ちょっ……」
京平はバルドファルグリムに助けを求めようと声を上げかけるが、ベースの音がそれをかき消す。その音は衝撃波を生み、二人の見張りを吹き飛ばした。
「入口くらいは突破したかったな」
そんな見張り達の姿には目もくれず、エスがバルドファルグリムに声をかける。彼女は次の詠唱への準備なのか、新しい旋律を奏で始めながら笑顔で答えた。
「こんなもんだろ。予定通りさ、何の問題もない」
「えっと……」
京平は派手に吹き飛ばされた見張りを心配そうに見る。
「死なない程度に手加減はしてるさ。余計な軋轢は生まないに限るからな」
先に手を出しておいて軋轢も何もない気はするが、それでも少しは気が軽くなる。
「満額の力が出ないだけだろうがよ」
エスの身も蓋もないツッコミに、バルドファルグリムが眉を顰める。
「心外だな。得物を狙ったりと、それなりに気を遣ってるんだぜ」
そう言えばと、京平は酒場での乱闘を思い出す。確かに彼女の放つ光線は男達の銃を吹き飛ばしていた。たまに撃たれている奴もいた気はするが、それでも致命傷になりそうではなかったように思う。
「まあ、そう言う事にしておいてやるよ」
恩着せがましく言ったエスを軽く一睨みしたしたバルドファルグリムは、改めて京平に向き直る。
「さて、と。ここからはオマエの出番だぜ」
「へ?」
意味が分からず首を傾げる京平に、バルドファルグリムは呆れたようなため息で応えた。
「ここから先は強行突破だからな。オマエの《同調》にかかってくるんだよ」
「ああ……」
バルドファルグリムの言葉を肯定するかのように、廃坑の奥は騒がしくなっていた。
「さっきみたいに頼むぜ」
エスに鋏で肩を叩かれるが、ヘドバンしながら前進出来る自信は無い。
「……ヘドバン以外じゃダメなんですかね?」
「あん?」
不思議そうに見つめ返され、慌てて言葉を続ける。
「その、ジャンプだったり、タオル回したりとか……」
琵琶湖の神の使徒のライブでの様子を思い出しつつ、京平が代替案を提示する。
「別にノッてくれるなら何でもいいんだけどな……タオル回してノれるのか?」
呪文の詠唱中に周りでタオルを振り回すのは、異様な光景と言っていいだろう。バルドファルグリムが疑うのも無理はない。だが、京平にとって一番負担が無い手段ではある。
「それはもう、大丈夫です!」
まさかここであのライブの経験が生きるとは思わなかった京平だが、ここぞとばかりに大きく出る。
「オマエがそう言うならそれでもいいぜ。だけどよ、オマエ、タオル持ってるのか?」
根本的なバルドファルグリムの質問に、京平はしまったと首を横に振る。辺りを見回しても代わりになりそうなものは何もない。
「……しゃあねぇな」
そういうや否や、バルドファルグリムはポンチョの袖を破り取ると京平へ投げて渡した。
「どうよ?」
着古されたその布は柔らかく、如何にも振り回しやすそうだ。一度二度と軽く回した京平は、満足そうに頷く。
「ばっちりです」
「よし、じゃ、行くぜ」
バルドファルグリムが奏でる旋律が激しくなる。薄っすらとした光が一行を包む。そしてその光は、京平のタオルの回転と共に輝度を上げていく。
「いいね、その調子だ!」
バルドファルグリムの詠唱が始まる。眩いばかりの光に包まれた京平達は、廃坑の奥へと進みだした。




