荒野の妖精 18
「もういいぜ」
目的地に到着したことに気付かず一心不乱に頭を頭を振り続けていた京平は、バルドファルグリムの揶揄い交じりの言葉で我に返った。目の前には肩を震わせ、こみ上げる笑いを我慢するバルドファルグリムの姿がある。どうやら暫くの間、無意味になったヘドバンを見られていたらしい。
「……何ですか?」
思わず文句が出る。その表情には隠しきれない不満が浮かんできている。
「いや、素直ないい奴だなって思ってただけさ」
バルドファルグリムの答えに、京平の表情が益々不満気になった。
「……あんたに比べりゃ、この世の人間の殆どが素直でいい奴だよ」
例によって呆れたようにエスが言うが、バルドファルグリムには例の如く肩を竦めて受け流されてしまう。
「だとすれば、世界は平和だろうさ」
そう言いいつつバルドファルグリムは自分の背後を親指で指す。そこにあるのは今にも崩れそうな廃屋の壁だ。
「覗いてみな」
言われるがままに壁の陰からそっと首を突き出す。少し離れた山肌に廃坑の入口が見える。入口にランタンがかけられているが、その光は弱い。こちらからはやる気なく座り込んでいる二人の見張りを見る事が出来るが、向こうは少し先を見る事も難しいに違いない。
「あそこですか?」
言わずもがなな京平の質問だったが、意外にもバルドファルグリムは真面目に答えた。
「ああ。見るからに外れだろ?」
そうバルドファルグリムの声が聞こえてきたかと思うと、フッといい香りが京平の鼻腔をくすぐった。気付けば背中に人のぬくもりも感じられる。どういう状況かと訝し気に振り返ると、彼女は背後から覆いかぶさるようにして壁の向こうへと顔をのぞかせていた。
「ん?どうかしたか?」
京平の視線に気付いた、バルドファルグリムが尋ねる。
「いや、その……近くないですか?」
「そうか?十分、離れてるだろ?連中の体たらくを見てみろよ。これだけ遠けりゃ、気付かれやしねぇって」
質問の意味を取り違えたのか、バルドファルグリムから見当違いの答えが返ってくる。そういう事じゃないと思った京平だったが、諦めたように首を振って話題を変える。
「さっき見るからに外れって言いましたよね?じゃあ、外れって事ですか?」
自分の引きの悪さを考えれば十分にあり得る話だけに、ショックもない。
「さあな」
だが、返ってきたのは肯定でも否定でもない素っ気ない言葉だ。
「さあなって……」
「仕方ねぇだろ。ワタシだって当たりを引いたことがねぇんだからさ。見張りにやる気があろうがなかろうが、今のところは漏れなく外れなんだよ」
「……それは、そうですね」
言われてみればもっともな話に、京平は頷くしかない。
「少しくらい違う展開でもありはしないかと期待したんだが、世の中そんなに甘くはねぇな」
がっかりした様子もなく淡々と言い放ったバルドファルグリムは、京平から身を離すと壁の陰へと引っ込んだ。
「それで、ここからはどうするんですか?」
後を追うように京平も壁の陰に引っ込む。一人で廃坑を見ていたところで、何が出来る訳でもない。
「さて、どうしたもんかねぇ」
首を捻りつつ京平を見るバルドファルグリムの目は、問題はオマエだと言わんばかりだ。
「すいませんね、足手まといで」
「いや、別にそこまでは言ってねぇよ。ただ、ワタシも誰かと行動を共にするのはいつ以来かって話だからな。上手くやれるかどうか」
最後に共にしたのは、おそらく今では不倶戴天の敵だという友人なのだろう。苦い表情で頭を掻くバルドファルグリムに、京平はかける言葉を見つけられない。
「……一人ならエスを持たしておけば、正面からでも何とかなるか」
どうやら展開をシミュレーションしていたらしいバルドファルグリムが雑に結論付けようとするのを見た京平は、慌てて口を挟んだ。正面突破に付き合わされると、そこそこ大変な目に遭う事はジェノ達との一件で身に染みている。
「透明化!透明になる魔術とか、無いですか?」
「透明?そりゃ、あるけどよ……」
バルドファルグリムの返事は歯切れが悪い。何か引っかかると思った京平だったが、まずは正面突破回避とばかりに言葉を続ける。
「じゃあ、それで忍び込む方向で行くってのはどうですか?」
「……お前、こいつが魔術使う姿見てたよな」
呆れた声で口を挟んできたのはエスだ。
「えっ?それは勿論見て……」
そこでエスの言わんとしている事を理解した京平が縋るような目でバルドファルグリムを見るが、彼女は軽く肩を竦めてその視線を受け流す。
「……詠唱、するんですね」
「当然」
事も無げにいうバルドファルグリムに、諦めきれない京平が食い下がる。
「それだと居場所もろバレじゃないですか!」
「もろバレだねぇ」
「そんな透明化の魔術に何の意味があるんですか!」
「勿論、やりようはあるんだよ」
バルドファルグリムはそう言うとベースを手元に引き寄せる。そしてゆっくりと一弦一弦、小さくつま弾いて見せた。
「予めこいつに術を籠めてやればいい。そうすりゃ、一度鳴らすだけで済む」
そう言われてみると確かにショウガ野郎達との戦いでも、最初は一本の弦を弾くだけで魔術を発動していた。
「じゃあ、その方法で……」
「別にいいけど、あんまり意味ないぜ」
そう言いつつも、バルドファルグリムは軽く弦をかき鳴らしつつ詠唱を始める。
「お前、オレ様との話をもう忘れたのか?」
代わりに話しかけてきたエスは、さっきと同じように呆れたような口調だ。
「話?」
眉を顰め少し考えこんだ京平だったが、すぐに答えにたどり着き肩を落とした。
「……効きが悪いんですね」
「ごめーとー」
エスが揶揄うように言うが、京平にはムッとする気力も無かった。
「あいつだってそれくらい試してみてるさ。まあ入口突破するくらいは持ったから、やってもいいかもしれないが……いや、二人だとそれも厳しいな。うん、無駄だな」
実体験を基にしたエスの予測に、京平は項垂れるしかない。
少しイメージと違っていたので修正しました。5/14




